第169話「誰がため」
アジア・ルマニア共和国、首都・ルピアール。大統領官邸。
大統領執務室に沈黙が訪れる。
「……説明してもらっていい、ユウ?」
何とか梓が言葉を出す。
いつも冷静な彼女にしては珍しい。
「説明の前にボクは情報官として、言ってはいけない事を言いました。さて、どこでしょう?」
ユウがわざとらしく笑って言った。
「さっきのエマ=ブラウンのアカウントだろう?違和感があった」
ユーリ大統領は情報部出身なので即答する。
「そうです。より正確には、あのアカウントをなぜエマのアカウントと断定したか?ですけど」
「確かに。それは気になるな」
その答えにユウが満足気に笑う。
「簡単ですよ。日本の『公安』のアカウントと連合王国の『7:MI』のアカウントを割り出したのです。どちらも推測ではありますが。その2つのアカウントがフォローしていたアカウントこそ、エマが使っているアカウントでした」
張交通大臣が険しい顔になる。
「だが、その方が難しいだろう?」
「詳しくは企業秘密ですが、最後の1ピースだけ、お見せします。このアカウントです」
little shooter1982
『Even though it’s a rerun, Lucy Scatman’s TV show still makes me laugh (lol)』
「これが何だ?ただのテレビのリアタイ投稿だろう?」
そう言うユーリ大統領。
「……なるほど、『 (lol)』だな」
張交通大臣にはわかったようだ。
「そうです。日本語だと『(笑)』のニュアンスです。『lol』自体は英語圏で広く使われていますが、カッコ付きは日本人の可能性が非常に高いです」
「それだけで、日本人とは断定できんだろう?」
張交通大臣が否定的に言う。
「ごもっともです。そこに至るまでに、『sorry』や『thank you』を多様している。ビジネスでもない、日常の投稿にです。最後の極めつけがさっきの『(lol)』です」
「なるほど、このアカウントが日本人であるのは認めよう。しかし、留学生や単身赴任の可能性もある」
今度はユーリ大統領だった。
だが、ユウは動じない。
「8年間、延べ1万回近い投稿が全て英語です。読んでいると東海岸で自動車整備の仕事でもしていそうな感じを受けます。
けれど、中身は日本人で日本のアカウントは一切関わらない。そんな人間がいるとすれば?」
「確かに、『潜入調査員』か『犯罪者』ぐらいだろうな」
「そして、フォローするのは政治的発言をするアカウントばかり。犯罪者なら、もっと別のアカウントと絡みそうなものです。最後に答え合わせをしましょう。先程の公安だろうと思われるアカウントでログインしようとします」
SNSのログイン画面でIDを入力する。IDはフォロー相手なので判明している。適当にパスワードを打ち込む。
「ログインできないぞ」
「当たり前です。本題はここからです」
『パスワードを忘れた場合』と表示された部分をタップする。すると画面に『パスワード再設定URLを****a@sakuradamon.jpへ送ります』と伏字ではあるがメールアドレスが表示されている。
「このドメイン。公安である可能性が高いと思いませんか?」
全員がユウを見ていた。そこに少しの恐怖が滲む。
なぜなら、ユウは15歳の女の子。その見た目で、一線は退いたとはいえプロ(ユーリ大統領)を上回る分析力。
「そこまではいいわ。大きくは外れていないでしょう。私が知りたいのはなぜ我が国は『何もしない』となるのかよ」
梓が痺れを切らしたように言った。
「それこそ、さっきのアカウントが絡みます。連合王国の『7:MI』も日本の『公安』も察知済みなんです」
その指摘で梓は気づく。いや、全員に納得の表情が浮かんでいた。
「……なるほどね」
「つまりは2カ国の諜報機関が察知済み。対応は彼らに任せましょう。ルマニア共和国は人口約890万人・GDP約120億ドルの発展途上国です。むしろ、彼らの動きを先読みして、漁夫の利を狙う方が建設的でしょう」
「なるほど、ここで動くのは『火中の栗を拾う』だな」
同意するように張交通大臣が言った。
「そうだな。俺は『ルマニア共和国大統領』だ。ルイス商務大臣には悪いが、ここで行動を起こすのは『誰のため』にもならない」
ユーリ大統領はそうまとめる。
「あ、ルイス大臣。1つ気になった事があります。それこそ、当事者であるはずのCIFは全くノータッチ。どころかエマに気づきもしていません。そちらに情報を流すぐらいはいいでしょう?大統領?」
ユーリ大統領がうなづくと、ルイス商務大臣はスマホを握りしめて、大統領執務室を飛び出した。




