第168話「情報分析官、椎葉ユウ」
アジア・ルマニア共和国、首都・ルピアール。大統領官邸。
「ユウ。何かわかった?」
岸川梓大統領補佐官。あるいは大統領夫人でもある。彼女が大統領執務室に入ってきた椎葉ユウを見るなり、そう問いかけた。
「100%ではないけれど、余白を埋められる確証も掴めたよ」
「流石ね。では、ブリーフィングを始めましょうか」
参加者がうなづいた。
「まず初めに、『自由の国』の中間選挙とは何なのか?ここには海外の政治システムに詳しくない人もいますから、概要から説明させていただきます」
ユーリ=シトロエン大統領が口を開く。
「頼む。俺も何となくは知っているが、他人に説明できる程ではない」
「わかりました。自由の国の中間選挙は4年ごとの大統領選挙のちょうど2年後、大統領任期の折り返し地点に行われる大規模な連邦議会選挙・地方選挙です。現職の大統領や政権に対する『通信簿』としての意味合いが非常に強く、その後の政権運営や世界の経済・政治に大きな影響を与えます」
それを補足するのがルイス=ジョンソン商務大臣。MBAを取得した後、アフガンで戦死した兄に代わって『自由の国・国防軍』に入り、国防長官まで登りつめた人物だった。
「連邦議会だけでなく、多くの州で州知事選挙や地方自治体の首長・議会選挙、住民投票なども同時に実施されます。また、11月の第1月曜日の次の火曜日と定められています」
ユーリ大統領が質問する。
「それで今回、何が問題なんだ?」
「通常なら接戦になっても再集計になる州は1〜2州程度です。しかし今回は20州で同時に再集計基準へ入りました。しかも自由の国では州ごとに選挙法が異なります。つまり20州で接戦なら、20州それぞれで訴訟や再集計が始まる可能性があります」
「ここまでは現状確認ね。それでユウ、あなたは情報分析官としてどう見たの?」
梓がそう聞いた。
「代表例として、2つのアカウントを表示します」
ユウがスマホを操作すると、リンクしている大きなモニターに2つのSNSが表示される。
@BlueVoice_US
『まだ未開票なのは都市部の郵便投票だけ。過去のデータから見ても、ここから国民党がひっくり返すのは数学的にほぼ確実。政和党の連中が負けを認めたくなくて「再集計だ!」って騒ぎ始めてる。見苦しいぞ。 #CountEveryVote』
@RealPatriot1776
『深夜2時になって20州で同時に集計が止まり、一斉に僅差になった。こんなの偶然で済むか?また2020年の再現か?集計所の窓に段ボールを貼って中を見せなくしてる動画まで出回ってる。何を隠してる?#StopTheSteal』
「この2つのアカウントは彼女たち、おそらくはエマ=ブラウンが運用しているSNSのアカウントです」
ユウがそう言った。
「私から補足説明します。両アカウントとも郵便投票について言及していますが、保守寄りの政和党は投票所に行っての投票が多く、対するリベラル寄りである国民党はどちらかと言えば郵便投票が多い。だから開票作業序盤で圧倒的リードしていた政和党候補が終盤の郵便投票の開票で逆転するのはよくある現象です」
ルイス商務大臣が食い気味に補足説明する。
ユーリ大統領が大きく1つうなづく。彼が理解した時の癖で次の質問をする合図でもあった。
「質問は2つだ。『どうやれば』こんな結果になる?もう1つはこの先、自由の国はどうなる?」
「前半の質問にはボクが答えましょう」
そう言うとユウはまた、モニターにSNSを表示させる。
「まずは選挙前。自由の国を含む全世界が政和党不利。と分析していました。プラント政権は政和党で、景気・失業率は悪化。いわゆる『プラント関税』は最高裁によって止められ、返還訴訟によって、1000億ドルの政府支出が確定分だけで決定している。
これが10月初旬の空気感で、前提条件です。その時の先程のアカウントの投稿を見てみましょう」
@BlueVoice_US
『プラント政権は念入りに墓穴を掘ったな。中間選挙は国民党躍進確実。ようやく普通の自由の国が帰ってくるよ』
@RealPatriot1776
『古き良き自由の国を取り返すためには、今回の選挙は重要だ。プラント関税を実現するためにも下院だけじゃなく、上院も大事になってくる。最高裁判事を罷免して、強い自由の国を再び!』
「……なるほど、『アナウンス効果』ね」
梓がつぶやくように言った。
「そうです。選挙の世界では『優勢』と言われれば支持者は安心して投票に行かなくなる。一方で劣勢と言われた側は危機感を持って投票所へ向かう現象がそう呼ばれています。さらにSNSでは『エコーチェンバー現象』も起こります」
「……平たく言えば、おススメ機能だな?」
今まで黙っていた張交通大臣がボソリと言う。
「そうです。繰り返し、有権者はそれを聞く事になる。結果、20州だけでなく、残りの30州のうち、10州が再集計ギリギリの接戦でした。つまりエマ=ブラウンは選挙そのものに細工するのではなく、有権者が見る情報を操作したのです」
その後を継ぐように、ルイス商務大臣が今度はゆっくりと説明を始める。
「古い話ですが、2000年、マッシュVSノアの大統領選でフロイト州で再集計が行われた事があります。この時、自由の国は1ヶ月以上マヒしていました。それが今回は20州です。それ以上の混乱は避けられません」
ルイス商務大臣の家族はいまだ、自由の国にいる。彼自身も自由の国の国民であった。
それを気遣ってか、ユーリ大統領の声は穏やかに響いた。
「君にとって、辛い現実かもしれないが、聞いておきたい。具体的にはどんな事が起こる?」
「まず確実なのは立法と人事の凍結です。これは大統領がいても議会の承認ができないため起こります。
次が20州の再集計現場に両党から数千人の弁護士が送られます。
『この郵便投票の署名は本人のものか?』
『この機械のバグではないか?』
といった細かい不備をめぐり、各州の裁判所で同時に数千件の訴訟が起こされます。司法システムも混乱するでしょう。
更にはニューアーク市場では株安・ドル安から金融危機になる可能性もあります」
そこで一拍、ルイス商務大臣は深呼吸するように息を吸い込んだ。
「1番の懸念事項は国民のフラストレーションが暴発する事です。再集計会場の周囲では両党支持者によるデモが行われるでしょう。罵り合いからの暴動、『今がチャンス』とばかりに凶悪犯罪が起こるかもしれません。
更に最悪な想定をしておくと、自由の国の選挙制度はタイムリミットがあります。今回なら来月15日までです。集計が終わっていなくても、裁判中でもその日はやって来ます。そして『誰か』が決まります。
結果として、どちらが勝っても『国民の半分が政府を泥棒だと信じている、絶望的に分断された自由の国』が出来上がってしまうかもしれません」
「それがエマ=ブラウンの狙いか……ユウ、エマの動きが読めた君に聞きたい。君が大統領ならどうする?」
ユーリ大統領の指名にユウはニコリと笑う。
そして、言い放った。
「何もしません」
一瞬の間。いや、沈黙。
「は?」
「え?」
「おい!」
「何だと?」
全員が驚く。
大統領執務室に再び沈黙が訪れた。




