第167話「11月の第1月曜日の次の火曜日・その翌日未明」
自由の国。
東部時間2:00。
『FBS(公共放送) ニュースアワー特別編:選挙の夜』
差し色として赤と青を取り入れた木目調のスタジオに、メインキャスターである、アミシュ=アルカンダーが立っている。
「東部時間の午前2時を回りました。視聴者の皆様、長丁場のお付き合いをありがとうございます。現在、全米の20の州で、両候補の差が文字通り数千票、あるいは数百票単位の極めて異例な僅差となっています」
その口調に焦りはない。自動音声のようにゆっくり、はっきりと伝える事を意識したような口調だった。
「ここで一度、冷静に法律を確認しましょう。これら20州の多くでは、得票差が0.5%以内となった場合、州法によって『自動的に再集計』を行うことが義務付けられています。つまり、現在起きている混乱に見える状況は、アメリカの選挙制度が定められたルール通りに機能している結果でもあります」
カメラが少し引き、MC以外のもう1人の男性が画面に入る。
「スタジオには選挙法が専門のアルカン州大学のペターソン教授にお越しいただいています。教授、歴史的に見て、再集計によって数千票単位の結果がひっくり返った前例は極めて稀ですが、今回の20州という規模において、最終的な結果が確定するまでにはどれほどの期間を要すると見ておくべきでしょうか?」
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一方、同じ時間。
『ANN・エレクトション・ナイト・イン・フリーダム』
背景には赤と青が明滅する全米地図。メインMCのクーパー=アンダーソンにカメラがパンしていく。そこに緊迫感を煽る重低音のBGM。さらに『DEMOCRACY IN THE BALANCE(揺らぐ民主主義)』というテロップが踊る。
「ご覧の皆さん、今まさに私たちは、この国の選挙史上、最も緊迫した、そして奇妙な夜を目撃しています。現在、未開票のまま大接戦となっているのは20州。そのすべてで、得票差がわずか0.5%を下回っています。これは、法的な『自動再集計』の対象となる数字です」
巨大なマジック・ウォールと呼ばれるタッチパネル。その前に立つのは選挙特番名物のジョン=ラング。
「ジョン、画面を切り替えてください。特にウォールソー州。まだ数万票の郵便投票が残っていますが、政和党側はすでに『集計を停止せよ』と訴訟の準備を始めています」
いつもならジョンの分析が冴え渡り、早口のノー原稿で前回比較などが聞けるのだが、今回はただの操作員となっている。
「私たちが今夜直面しているのは、単なる大接戦ではありません。政和党陣営による、正当な開票手続きに対する組織的な『異議申し立て』、つまり民主主義の手続きそのものを遅らせようとする戦術です。私たちは朝まで、1票たりとも見落とさずにこの行方を追い続けます」
クーパーは自分の正義を疑う事なくそう言い切った。
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その一方。同じ時間。
『OX・ニュース・デモクラシー202X』
赤を基調とした、自由の国のプライドを刺激するようなスタジオに、テロップで「ELECTION CHAOS(選挙の混乱)」という激しいグラフィック付きで流れる。画面下部には、開票率が99%で止まったまま動かない国民党優勢の州の数字が赤く点滅する。
MCの1人である、ローラ=イングラハムが語気を強めて言う。
「またですよ、皆さん。信じられない光景です。真夜中を過ぎ、国民のほとんどが眠りについた時間になって、突然20もの州で集計が『ストップ』、あるいは『異様な僅差』へと数字が動き始めました」
画面が各州の開票率を表示している。
開票が終わった州は当選者の支持政党の色(赤か青)で色分けされ、まだのところは赤と青に点滅している。
「保守派候補がリードしていた州で、深夜になって大量の郵便投票が集計対象となり、激しい追い上げが始まっています。政和党陣営は『この票の取り扱いは極めて不透明だ』と主張しています。そして『20州で再集計だ』と大騒ぎする。なぜ毎回、左派が負けそうになると開票プロセスが不透明になるのでしょうか?」
映像がスタジオのローラに切り替わる。
「我々政和党の監視員が、集計所の部屋から締め出されたという報告がすでに現地から入っています。ANNなどの主要メディアはこれを『民主主義のプロセスだ』などと言い繕っていますが、国民はバカではありません。私たちは、すべての合法的な票が正しく数えられ、不正が暴かれるまで、徹底的にこの闇を追及し続けます!」
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現地時間15:00。人民の国、東部の島。
「ふふん。上々の出来だわ」
エマ=ブラウンがそう言って笑う。
目には少しだけクマができ、目は真っ赤に充血している。
「連日深夜まで作業していたようだが、何をすれば選挙結果をここまで均等にできるんだ?」
マグカップに入ったコーヒーを渡しながら、エレン=チャウシェが尋ねた。
「あら、心外ね。投票を行ったのはあくまで『自由の国』の人達の意思よ。私はこうなるといいなと扇動しただけ」
「その結果がこれだと?選挙コンサルタントでも不可能だ。どうやった?」
マグカップに口をつけていたのを、ゆっくりと置いてエマは得意気に笑った。
「SNSを運用しただけよ。見る?」
スマホにSNSが表示される。
@BlueVoice_US
『まだ未開票なのは都市部の郵便投票だけ。過去のデータから見ても、ここから国民党がひっくり返すのは数学的にほぼ確実。政和党の連中が負けを認めたくなくて「再集計だ!」って騒ぎ始めてる。見苦しいぞ。 #CountEveryVote』
「これも」と別のアカウントを出す。
@RealPatriot1776
『深夜2時になって20州で同時に集計が止まり、一斉に僅差になった。こんなの偶然で済むか?また2020年の再現か?集計所の窓に段ボールを貼って中を見せなくしてる動画まで出回ってる。何を隠してる? #StopTheSteal』
「コレ、どっちも私」
そう言って、エマが笑う。
「普通にやっていれば現職大統領の政和党陣営が議席を減らしていたでしょうね。だから国民党支持者向けには『移民は必要だ』『人工妊娠中絶は自由であるべきだ』ってアカウントも作ったし、その逆も作った」
「逆?」
「そう。政和党支持者向けにも『もっと強硬に移民を規制しろ』『妊娠中絶は禁止すべきだ』ってアカウントを何十個もね。同じ記事を引用して、言葉だけ変えて投稿する。反論用のアカウントも作る。議論が始まったら、また別のアカウントで煽る」
「それで票が動くのか?」
「票が動くかは未知数。でも、人は同じ意見を何度も見れば『みんなそう思っている』って錯覚するものよ」
「エコーチェンバーか」
「そう。おすすめ機能は親切だからね。一度反応すると、似たような投稿ばかり流してくれる。」
そこで一拍、エマはコーヒーを口にする。
そして意外な言葉を吐いた。
「正直、ここまで均衡するとは思っていなかったわ。私は数州が接戦になれば十分だった。でも、お互いがお互いを憎み始めたら、SNSが勝手に増幅してくれた」
困ったように、そうつぶやく。
「そうなのか?てっきりこの結果が狙い通りかと思っていたが?80年前よりスムーズに進んだじゃないか?」
エマは少し笑った。
「80年前は新聞社やラジオ局、映画館まで押さえなければならなかった。演説の原稿を書き、宣伝相を動かし、総統には自分で決めたと思わせる。世論を一つ動かすだけでも大仕事だった。」
コーヒーを一口飲む。
「でも今は違う。私は投稿しただけ。」
「……」
「人は自分で似た意見を探し、おすすめ機能はそれを何度も見せる。私は火をつけただけ。燃え広がらせたのはアルゴリズム。」
「だからおすすめ機能か。」
「ええ。繰り返すけれど、ここまで均衡するとは思わなかった。本来ならあと2・3年かけてじっくりと『分断』を深めたかった。それでも結局、1番優秀だったのは私じゃない。おすすめアルゴリズムよ。」
「だが、ファーストラウンドとしての結果は上々だ。セカンドラウンドは任せてくれ」
自信有り気にエレンが今度は笑った。




