第166話「ワールドサタデーグラフィティ」
土曜日、19:00。
長崎県沖、月島。
日はとっくに落ち、付近の島にある灯台と貨物線だけが水平線上にある灯りだった。
黄=リンシャンは周囲に誰もいないのを確認して、スマホを取り出した。
「周首席。突然失礼します。本日の訓練でフジワラ=サクラが負傷しました。ドクターヘリで運ばれましたが命に別状はないそうです。ただ、治療は1月程かかるようです」
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現地時間18:00。
人民の国、首都・京北特別市。
人民労働党本部、書記長室。
「そうか。それで原因は?そうか。ただの事故なら仕方がないな。何かあればまた連絡をくれ。今回は助かった。知っているかいないかで判断が変わる事もある情報だった」
日は落ちたが、付近のビルには煌々と明かりが灯り、車や人々が行き交っている。
週末を前に、誰も彼も浮かれていた。
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現地時間17:00。
ルマニア共和国、首都・ルピアール。大統領官邸。
「そう。連絡ありがとう。ハルちゃん」
大統領官邸の北側、小さな窓から外を眺めながら、岸本梓はスマホをスピーカーモードで通話していた。
日が傾き、一斉に夜市のあかりが灯る。
それを見ながらワインを口にする。
「ゆりあさんの演出か、本当に事故なのか、わからないけれど、他の生徒をよく見ていて。欧州の生徒は特に。きっと慌てているはずよ」
笑いながら、そう告げた。
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現地時間、12:00。
ロクライナ、首都・キウイ。とあるカフェ。
「さくらちゃんがケガって本当なの?」
旧市街の古い街並みに溶け込む、アンティーク調の店内。それを台無しにしているのがマリア=ティモシェンコが持ち込んだ銀色のノートPCだった。
土曜日の休みをハンドメイドのチョコレートとコーヒーで楽しむ人々の中で、オンライン会議をするマリアだけが浮いていた。
「やっぱりさくらちゃん、『魔法』が使えないのね。使えていれば身体強化でケガなんてしてないはずだもの」
今日のチョコレートはやけにビターに感じた。
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現地時間、11:00。
欧州最大の工業国、首都・リーンベル。
ユンゲラ=メルケンは少しだけため息をついた。視線の先にはスーパーの紙袋。
この国では空港などの1部の例外を除いて、明日の日曜日はスーパーは閉まってしまう。
スーパーから帰りついた時、ちょうど通信が入ったのだった。
『やっぱりさくらちゃん、『魔法』が使えないのね。使えていれば身体強化でケガなんてしてないはずだもの』
生ものだけでも冷蔵庫に入れてしまいたい。特に明日の昼のロースト用の塊肉だけは。それを個人的事情と受け止め、『欧州3大魔女』であるという責任感がそれを許さない。
「やはり失策でしたね。3ヶ国のうち、どこか1つ、1人でも送り込んでおくべきでした」
モニターには2人の別の魔女が映る。
『一応、7:MIに情報収集を頼んでいるが離島ゆえに難しいらしい。ただし、運ばれた病院の医療データは手に入った。全治1ヶ月らしい』
流石に女子中高生の中に潜り込む事は、世界最高の諜報機関でも難しかったらしい。
「一応、『森林の国』経由で情報は入っています。魔法の訓練中に水蒸気爆発が発生。爆風で枝が刺さったようです」
まだまだ会議は続きそうだった。
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現地時間、10:00。
連合王国、首都・ドンロン。バーミンガム宮殿。
窓の外は霧が立ち込め、輪郭すら掴めない。
確認はできないが、この霧でもドンロン市民はカフェやパブに向かい、思い思いの朝食を取り、談笑し、時には議論を交わしているだろう。
そこから最も遠い人物である女王エリザードはパソコンでオンライン会議の真っ最中だった。
『「森林の国」経由で情報は入っています。魔法の訓練中に水蒸気爆発が発生。爆風で枝が刺さったようです』
彼女の在位中に世界は目紛しく変わった。
ラジオからテレビへ。そして、インターネットやSNSへ。Wi-Fiさえあれば、後は電源さえあればいいパソコンは非常に便利だと思う。
何しろ、築200年以上なのだ。電話線の工事をしては無駄になったし、テレビのアンテナ線だって同様だ。
その点、パソコンやスマホはいい。どこでも繋がる。しかも擬似的に対面で会議までできてしまう。
「とにかくだ。マリアの言う通り、さくら女史が魔法を使えないと言うのは事実だろう。つまり日本は。いや、ゆりあ女史は我々を信用し、情報を公開したのだ」
『そう捉えるしかないわね』
『わたしもそう考えます』
マリアとユンゲラも同意する。
「2期があれば我々も参加すべきだな」
『それまであちらが待ってくれれば。だけどね』
マリアが皮肉で返した。いや、最悪を想定しておくのも政治家の本懐というべきだろうか。
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現地時間、5:00。
自由の国、首都近郊。アーリントン州、リングレー。CIF(Central Intelligence Freedom-country)本部。
3ヶ月前にCIF長官をプラント大統領が突然、罷免した。新任のポーター=コールマンは目の回るような忙しさだった。
早朝だというのに駐車場は車で埋まり、不眠不休で対応する情報分析官やサイバー部門の者たちの呪咀にも似た弱音がそこかしこできこえる。
もうすぐ夜が明ける。
それは選挙前、最後の週末。
不意に東京のエージェント・スポットから報告が入る。
『日本でワールドカップ優勝者の魔法少女が負傷した』
ポーターは優先度が低い判断した。
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現地時間、19:00。東京都千代田区永田町、第2議員会館。
「さすがさくらちゃん、上手いわね」
佐藤ゆりあが報告を聞くなりそう言った。
「各国とも、想定通りの反応をしているわ」
水田マリがさらにそう報告する。
そして、ここからがマリの本音だった。
「これをチャンスと思って仕掛けてくれれば嬉しいけれど、そうは問屋が卸さない。でしょうね」
「そうね。20世紀のレジェンド達ですもの。それでも魔法少女側では一枚岩にはなったはずよ。私が向こう側なら、分断させて各個撃破を狙うもの」
東京は不夜城のようにどこも明るい。
週末の夜は特に。
かもしれない。
世界は今日も回り続けていた。




