第157話「イントロダクション」
長崎県の西部海岸から10キロ。『軍艦島』と同じように炭鉱で栄え、無人島になった島がある。
『月島』
いや、最近になって鉱山会社から島ごと買い取って住み始めた者がいるので、厳密に言えば無人島ではなくなった。
「本当に沙織ちゃんは先見の明があるわね。佐藤大臣限定だけど」
この島のオーナーである三月沙織に、呆れながらも高野舞が言った。
「魔法少女引退後の余生を過ごす島として買ったんだけどね。まぁ、レンタル料は支払われるからいいけど」
「大阪支部と合わせたら、月1000万よ?」
その時だった。
何もない空き地に突然、トレーラーハウスが現れる。
その数10台。
「サオリ!久しぶり!」
10歳前後のショートカットの女の子が笑顔で言った。スワトーリ=ハル。以前からの留学生でルマニア共和国出身だった。
「これで2人部屋として、20人は受け入れ可能だよ」
「上下水道は?」
「ハルちゃん、お願い。資材はあそこのプレハブ」
「了解!『ワープ』!」
派手ではないが空き地脇にあったプレハブ倉庫から鋼管と塩ビ管が消える。
「電気は屋根の太陽光パネルと蓄電池、水は海水濾過施設が既にあるから、そこから引いたよ。学校も同じ」
「……魔法を公表したら、人手不足なんて解消しそうね」
「どうだろう?仕事を奪われた人から恨まれる未来しか見えないけど?」
長年、放置された鉄筋コンクリートの建物は撤去されて、学校だけが残る島に寮としてのトレーラーハウス。
「ここでなら、半径2キロに一般人はいないから、思いっきり魔法が使えるよ」
「そうね。沙織ちゃん。夏樹ちゃんや梓ちゃんの時みたいに自衛隊の訓練場を1ヶ月貸し切りとかしなくて済むわね」
舞が自信有り気に笑った。
「さあ、これで世界中から来る魔法少女の受け入れは準備OKね」
♦︎♦︎♦︎
「『古代魔石』確かに受け取ったよ」
広井夏樹が紅青に言った。
「ねぇ、本当にいいの?私達は好き勝手にやらせてもらって」
紅青は聞いた。
「ええ。とあるバイオ関連企業があなた達を極秘裏にコールド・スリープしていた。それを企業ごと買い取って、目覚めさせたのは私。でも、あなた達にはこれ以上何も望まない。好きにやればいい」
また夏樹は笑って答える。
「助かったわ。でもまだエマ=ブラウンなんかは疑っているでしょうけど。それでその魔石、何に使うの?」
「恩人を助けたいんだ。それにあなた達が好き勝手にやるだけで、私の行動の陽動になる」
そこへ。勢いよくドアが開かれる。
「へぇ、アンタが黒幕?それとも私らのボス?」
エレン=チャウシェだった。
「どちらでもないよ。ただし、『キッカケ』とか『トリガー』かもしれないけどね」
「気に入らないわね。こんな餓鬼が私達に影響力を持つなんて!」
言うや否や。即、行動に移る。
「!エレン!やめなーー」
「『ゴムゴムの遠投』!」
紅青の静止も虚しく、夏樹が伸びた手で掴まれ、投げられた。窓のサッシを破壊して飛んでいき、そのまま見えなくなった。
「エレン、広井夏樹は今年の魔法少女ワールドカップの準優勝者だぞ?泳がせて利用するつもりだった…」
こめかみを押さえながら紅青が言う。
「あら?気づかなかったの?あの子は危険よ。だから排除した。それだけよ。それに誰にでも『バカ』だと思われていた方が相手の油断を誘えていい」
「現在では『権力で論文を書かせたバカ女』だと言われる、あなたらしいわね」
「それでもいいのよ。科学が前に進んだなら」
現代の科学者が合成ゴムのルーツを辿ると彼女の名前に行き着く。ダキア公国の国家予算をジャブジャブと使って、一流の科学者を集め、当時の最新鋭の機材で研究したからだ。
「そう言えば、日本が魔法少女を集めるらしいわ」
「紅青、あなた警戒されているのね」
「違うわ。日本に集めて『育成』する気なのよ」
「『若者』か。ならばエマの独壇場だな」
「ええ、私達の年代にはなかったSNSがある。SNSというのは実に素晴らしい。かつて人間は井戸端会議で悪口を言っていた。ところが現代では世界中に向けて悪口を発信できる。文明の進歩だ。しかも本人は正義を執行しているつもりだ。これほど低コストで万能感を得られる娯楽を私は他に知らないわ」
紅青が一気にまくし立てた。
「私達の年代はラジオだけだった。エマはそれだけで国を傾けた。SNSがある今なら、世界を傾けかねないわね」




