第151話「ミス・パープル」
とある半島、『北側の国』。首都・平城。
ホテルの1室で交渉が白熱していた。
両者共に女性。
1人は李ミリ。この国の偉大なる指導者、李ウンジョンの妹で、『象徴』である兄を『実務』で支えていた。
「11セント以下なら、労働者の食糧費すら出ないわ! 我が国を東南アジアの田舎者と一緒にしないで。13.5セント。設備投資の初期費用はそっちが全額持つこと。今すぐこれで手を打ち、来週中に第一陣の部品を平城へ送りなさい!」
対するは張イーピン。『人民の国』に本社を置く世界規模の電機メーカー、ハイワン(海王)グループの役員である。先月まで別の役員が担当だったが、急遽役員に抜擢された。リスクのある仕事に「トカゲの尻尾」という言葉が滲む。だが、本人は野心に燃えているようだった。
「これ以上は一歩も引けません、ミリ女士。1台あたり12セント。これが我がハイワンの最終提示です。インフラも保証されない、制裁リスクもある場所に、それ以上出す理由がありません。……それなら、今すぐ東南アジアへ飛びます」
テーブルの上のお茶はとうに冷め、2人から『愛想笑い』や『営業スマイル』のような仮面は剥がれ落ちた。
争っているのは扇風機1台あたりの組み立て工賃。モーターやファンを『無償提供』のカタチで送り込み、『半島北側の国』で組み立てる。完成した製品は『人民の国製』として世界各地に売られる。それによって『外貨』を、もう一方は『安い労働力』を得られる仕組みだった。
「張イーピン……ッ! 今月末に迫った『お兄様』の記念式典を前に、私が手ぶらで引くと思っているの!?」
(『ミリ。駄目だね。脅しても何も読めない」)
(ミサキが読めないなんて……まさか、異能少女?)
(「違うね。同じ系統の異能少女だとノイズが入って読めない感じ。多分、何か『対策』してる」)
テーブルの下に潜み、相手の心理を読み取ろうとしていたのはミサキ。半島解放軍、第ニ独立部隊・異能少女小隊の指揮官で李ミリの『右腕』であった。ミサキの『能力』で脳内で音を介す事なく会話が可能だった。
「フッ……フフフ!」
ミリが怪訝な顔でイーピンを見る。突然、下を向いて笑ったのだ。
「なぁんだ。やっぱり、『まだ』あるじゃない。この国に『異能』が」
張イーピンが今までと声も、顔つきもまるっきり別人のように変化する。
「1台20セントでいいわ。ただし条件付きよ」
その声のまま、信じられない事を言い出した。
だが、ミリは動じない。国内にも『異能少女』はいるのだ。しかも、控えの部屋にも数名待機させている。だから、冷静に交渉を続ける。
「条件を聞いても?」
「ええ、『魔導石』を5つ。高純度で5cm以上のものよ」
ミリはその条件に息を飲む。普通に近郊の川底で採集できるものだったからだ。
(「明日には用意できる」)
ミサキも背中を押す。
「了承したわ。明日には準備できるわ」
「商談成立ね。それではまた、明日」
窓を開け、飛び降りる。ここは20階だ。
思わず目を剥くミリにフワリとホウキに乗ったイーピンが遠ざかっていった。
「行ったわ」
それを合図にミサキが机の下から出てくる。
「別の国の『異能少女』?」
その問いにミリは答えない。
いや、ブラウスに染みるほどの背中の汗が幼少の頃から『頭脳』で渡り歩いてきた彼女に直感させる。
「似て非なるものだわ。多分、『魔女』……しかも『人民の国』、そしてあの別人になりきれる演技力」
そこまで言えば、ミサキも気づく。
「……『ミス・パープル』!」
「そう。紅青よ。『人民の国』初代書記長の妻。『異能』によって数万人を直接粛正した稀代の殺人鬼よ」




