第146話「継承」
「陸奥伊都子さんですね?『協会』までご同行していただけますでしょうか?」
少し前に支援者集会を開いたホテルのロビーに、伊都子は今日は『陸奥伊都子』本人としてアイスコーヒーを飲んでいた。そこに声をかけたのは塚本だった。宮本孝子の秘書役をしていた、事務局次長である。
「……宮本会頭からお話は伺っています。よろしくお願いします」
それだけ言って、ロータリーで高級ワンボックスカーに乗る。
「こちらが宮本会頭からの手紙です」
生前、宮本孝子は塚本に手紙を預けていた。それを昨日、精神感応で読み取り、今日は宮本の擬態を体調不良を理由に休んだ。その代行として、塚本が動いたのだった。
(孝子さん、本当に『知っていた』のね)
手紙を開封する。
『陸奥伊都子さま。
挨拶は省かせてもらうわ。それから、忠告を1つ。『潜入』してるなら『本来の正体』につながる持ち物は持って来ちゃ駄目よ。『明王義塾学園、高等部1年の陸奥伊都子さん。私の家に泊まった時に見ちゃったの。ゴメンね。
そして『ただの高校生』が戸籍や住民票まで用意はできない。だから、あなたは公安の潜入調査だと思ってる』
ここまで読んで、一度目を逸らした。ほぼ最初からわかっていたのだ。それでも孝子は伊都子の『椎葉ユウ』としての潜入に乗ったのだ。
(……敵わないわね)
そう思いながら、手紙の続きを読んでいく。
『さて、そんな伊都子ちゃんにお願いがあるの。「世界調和協会」を私がいなくなった後、引き継いで欲しいの。あなたは普通の高校生ではない。きっと「公安」かあるいは私の知らない「国家的組織」と繋がっているはず。
協会員数20万人の組織、「悪意」のある人に渡れば公安の懸念通りになってしまうわ。
その点、国家ともつながる伊都子ちゃんなら私も国家も安心でしょう。私がいなくても、すでに組織は回るようにできてる。
だから、お願いね。 宮本孝子』
(……孝子さんらしいわね)
少しだけ感傷的になりながらも、宮本孝子から陸奥伊都子へと、組織の継承が上手くいくように動かなければならない。
そのための今日は役員数名へのあいさつ周りである。
「……ところで塚本さん、宮本会頭の容態は?」
「医者からは『春は迎えられないだろう』と」
つまりは塚本は『知っている側』である。
孝子が末期がんに冒されてい「た」事をだ。
「……そう」
短くそれだけ言って、窓の外を見た。
『本物』の宮本孝子は既に旅立った。
それを知っているのは『世界調和協会』の中でも伊都子だけなのだ。
短い車での移動で協会の入るビルに辿り着く。
数日前にもらったゲストパスを首から提げる。
♦︎♦︎♦︎
「ーー以上が、私の提案です」
会議室に3名の役員と原田顧問弁護士、塚本の5名が伊都子の提案を聞いた。
「既に埼玉と神奈川でテストを行なっています。協会の支援者の店です」
塚本の補足説明に全員が資料に目を移す。
「たった25人の動員で売り上げが30%アップか!これは昨年対比かそれとも前月比か?」
「ああ、注釈が抜けていてすいません。前年比です」
そして、原田顧問弁護士の口から、『それ』は伝えられる。
「この提案をした『陸奥伊都子』さんが、宮本会頭に何かあった場合の『後継者』になります。既に、『秘書見習い』として同行をご覧になった方も多いでしょう」
それに3人の役員はそれぞれの反応を返す。
「僕は賛成だ。この新規事業だって既存事業に上乗せでほぼ負担も変化もない。それでいて『我が協会』の存在感を向上させる素晴らしい案だと思う」
中部地方の代表役員だった。この中では比較的若い。さらに東北地方の役員が少しだけ付け加える。
「私は現在の『世界調和協会』は宮本会頭あってのもの、と考えていた。しかし、この子は負けず劣らず支援者集会で存在感を示した。だから『後継者』というより、『ニューリーダー』とした方がいいのではないか?」
「……東北の佐々木役員の言う事もごもっともです。アタシに宮本会頭の『代わり』なんて務まりません。ただ、会頭の病状を鑑みると、ここで静かにリタイアしていただくのも一考に値すると思います」
伊都子があくまで孝子の病状の心配というスタンスで押し返す。
そこに口を開いたのが唯一の女性代表である、関東地方代表役員の都留留美子である。
そして、伊都子にとって1番の『障害』であった。なにしろ『椎葉ユウ』として自己紹介しておきながら、現在は『陸奥伊都子』を名乗っている。つまりは『偽名』の使用が明らかになり、不信感だけを抱いているからだ。
「ところであなたは『どこの誰』なの?最近加入した『椎葉ユウ』という協会員に『ソックリ』だけど?」
(……本当にユウちゃんは『長田洋子』になりつつあるわね)
想定済みであった。
伊都子は1枚の書類と2枚の運転免許証を出す。
「……孝子さんの提案です。離婚した元・夫が何かで『会頭』となった事を聞きつけるかもしれないと……」
書類は改名の届けの写し、免許証は1枚は『椎葉ユウ』として、使えないように穴が空いている。もう一枚は『陸奥伊都子』と改名したものである。当然、公安が作成した『贋作』だが『本物』と同じ作りをしている。国家公安委員会が発行するものなので当然と言えば当然である。
(……『感情』で納得はできない。でも反論できる証拠はない。だから黙る)
静かに留美子の『思考』を読んだ伊都子がそう判断する。
結局、この会議で伊都子は宮本孝子の後継と承認された。
♦︎♦︎♦︎
1週間後。
東京都港区芝公園。
『東京のシンボル』としても、電波塔としての役目も静かに終えて、それでもやはり『象徴』としての存在感を放つ鉄塔がある。
『東京タワー』
特別展望台の上、そこに伊都子は『それ』を呼び出した。
「待たせたわね。『真犯人』さんーー」
ゆらりと炎が揺れるように相手は笑った。
「ボクも今来たところだよ。伊都子さん」




