第142話「神楽坂の紙ナプキン」
「改めまして、自由平和党幹事長の山岡龍馬と申します。本日は村岡都議連と同行するつもりでしたが、突然の病により私一人で応接させていただきます」
山岡幹事長がそう言って頭を下げた。
「同行しましたのは、秘書のナツミです」
ユウがそう言って頭を下げた。
どうやらそういう『設定』らしい。
「はじめまして、山岡幹事長。『宗教法人・世界調和協会・会頭』の宮本孝子と申します。こちらも秘書の椎葉ユウです」
そう言ってこちらも頭を下げた。
こういう場合、秘書同士で名刺を交換する。
(「スーツ、良く似合っているね」)
名刺を交換しながら、ユウがそう思考して伊都子にそれを読ませる。
「君達はまだ若い。すまないがこれで終わるまで別の場所で食事を済ませてきたらいい」
山岡幹事長がそう言ってユウにお札を握らせる。伊都子は孝子の目配せで従う事にする。
「……それでは私は失礼します」
そう言って店を出た。
♦︎♦︎♦︎
神楽坂は会員制や料亭だけではない。普通にファミリーレストランもある。
席に座り、ドリンクバーのアイスティーを少しだけ飲んでユウに尋ねた。
「……どういう事?」
テナントビルの2階にあり、窓際のこの席からは地名の由来になった坂道を見下ろしている。
ユウは答える代わりに、席にあった紙ナプキンを1枚だけ取り出す。
「コレ、なーんだ?」
ユウはアイスコーヒーをブラックで飲む。
「……紙ナプキン」
「正解。では、こちらを表とするとーー」
紙ナプキンをひっくり返す。
「ーーこちら側は?」
「……裏面」
「残念。正解はどちらも表なんだ」
そう言って紙ナプキンを広げる。先程見た表面の横折り目を隔てて隣の面がひっくり返した時に見えていた面になっていた。
「伊都子さん。多分、今日1日で見えたものは全て『表面』だ」
伊都子は黙って、アイスティーを飲む。ユウに続きを促すように。
「『ハピネス病院・箱根』は4月から『ハピネス会』傘下に入ったのは知ってる?」
「……今日、経営会議で聞いたわ」
「それなら、伊都子さんが医院長や事務長の立場だったら、どうする?」
ようやく伊都子はユウの言いたい事を朧げながら察する。
「……上手くいっているように偽装してるって事?」
「彼らは『ハピネス会』に見限られたら『終わり』なんだ。だから、積極的に変化してるように『見せてる』。実際にはどうかはわからないけどね」
伊都子はまた黙る。ユウの言う事も一理ある気がするからだ。
「それを見越して、宮本孝子は伊都子さんをあそこに連れて行った可能性もある」
「……わかった。気をつけるわ」
♦︎♦︎♦︎
「今日は難しい話は抜きで、ここの大将は博多出身で変わった魚が楽しめます。料理を楽しみましょう」
山岡のその声を合図に瓶ビールにグラスが2つ、それと先付けが運ばれてくる。
「香箱蟹です。上にかかっているのは土佐酢のジュレです」
女将さんらしき人がそう言って料理を置き、ビールを注いでいる。孝子もグラスを1つ受け取ってビールを注いでもらう。
「「乾杯」」
ビールに口をつけ、料理もいただく。
「天下の与党幹事長が、何もなくて私達に近づかないでしょう?」
蟹を炭火で炙り、蟹の甘さが引き立っている。そこに土佐酢のジュレが絶妙にマッチしている。
「少し心外ですな。もちろん下心はある。しかし、初対面でそれを言う程、若くはないです」
山岡幹事長が笑って言う。孝子とて、わかっている。山岡幹事長がオブラートで何重にも包んだような物言いも、短いながら町議会議員をやっていたのだから。
「山岡幹事長も何万の議員の率いているのでお分かりでしょう、その鈍重さが。こちらも同じなのです。『貧困』を扱っていると特に」
孝子はそう返した。
カウンターに前菜盛りが運ばれる。陶製だが幾何学模様の皿がモダンでここが神楽坂である事を示しているようだった。皿の上には銀杏と柿の入った白和え、もう1つはパッと見ではわからない。
「おっしゃる通りです。ならば単刀直入に言います。来年の参議院選挙、『世界調和協会』から1名立候補させませんか?数多くの市町村議会、県議会に議員を送り込んでいるなら、参議院全国区でも当選は堅い」
単刀直入と言いながら、この話は目の前と同じ『前菜』にすぎない。山岡龍馬という与党幹事長が今年1月の総選挙で少数与党に落ちた前政権の『尻拭い』をしている。そのための会合だと孝子は思った。
つまりは、1月に行われた衆議院選挙では1,000票以内の落選が多く見受けられた。ここに『世界調和協会』の票が入ればその候補者は当選できた。それがおそらく50議席、惜敗率での比例復活を加算すればもっとかもしれない。その選挙協力の第1歩が先程山岡の言った参議院議員選挙の比例区であろう。
その意味で『山岡龍馬』は紙ナプキンなのだ。
『誰の』かはわからないが。




