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魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
第5章「公安」編

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第140話「普通の人々」

東京都渋谷区恵比寿。


JR恵比寿駅東口から少し歩いたところに、タコの形をしたすべり台のある公園がある。

そこから道路を一つ挟んで、そのビルはあった。『恵比寿ビジネステラス』と名づけられた、20階建てのオフィスビル。弁護士事務所や行政書士事務所が名を連ねる中で15階と16階をレンタルして『世界調和協会』本部があった。


公園とビルの間の道路に孝子と伊都子が乗る、高級ワンボックスが滑り込んだ。


ビルに入る直前で、孝子が振り返る。


「ユウさん、これゲストパスよ。これがないとエレベーターも動かないからね」


そう言ってICカードを渡される。孝子のものは顔写真に名前まで印字されているが、受け取ったものには『guest pass』と印字されているだけだ。どうやら、セキュリティのしっかりしたビルのようだった。


ビルに入ると、駅にある改札機のような機械があり、ICカードを通して通過する。更に、エレベーターを呼ぶにもICカードのタッチが必要で、孝子でさえ、15階と16階以外にはエレベーターのボタンが反応しないようになっていた。


(……厄介だわ。流石、本業の『公安』が手間取る訳ね)


そんな事を考えているうちに、16階でエレベーターの扉が開いた。


「会頭、おはようございます」


スーツ姿の男性が出迎える。一瞬、伊都子の方を向いてたじろぐ。


(……これが『鎧』の効果ね)


「……はじめまして、椎葉ユウと申します。今日は1日、宮本会頭の傍で勉強させて頂きます」


その瞬間、男性は柔らかい笑みを浮かべる。


「ご丁寧に。私は『世界調和協会』事務局次長の塚本です」


そう言って名刺を差し出す。


(……普通の会社員みたいね)


「ああ、塚本君。10枚でいいからこの子の名刺を作っておいて。さすがに秘書然とした人間が名刺も持っていないのはカッコがつかないでしょ?」


「わかりました」と塚本は踵を返す。


そのまま、1番窓際の席に孝子が座る。朝から持っていたタブレットをキーボードと接続して、メールを返信しているようだった。


30分と自分の席に座らず、塚本が「お時間です」と呼びに来る。


15階に階段で降りて、ミーティングが始まる。


「まずは昨日、大阪の支援者集会が台風接近による交通機関の乱れで開催を延期しました」


孝子から質問が飛ぶ。


「延期による機会損失は?」

「ほぼゼロです。延期日の来週水曜に全員参加予定です」


そんな報告が続き、


「昨日、北関東エリアの支援者集会で昨年比10倍を達成しました」


参加者の1人に都留留美子がいた。伊都子に気づいているが、各地域の代表としてあまり気にかける余裕もないようだ。


「各地域、全体として言える事ですが、ボランティアへの動員が落ち込んでいます。協会運営上、ここは『要』の部分ですので、各役員・職員で協力してください。それから、新業態の『子ども食堂』ですが、モデルケースを大阪と福岡から初めていきたいと思っています」


(……普通にNPOとか福祉団体の会議みたいね)


各エリアの報告や問題提起があり、会議も終盤に差し掛かる。


「それから、『新規事業』のアイデアを募集します。メールでもFAXでも構いません。お金を稼げればその分、全員の生活が向上します。

よろしくお願いします」


最後にこう孝子が結んで会議が終了した。


♦︎♦︎♦︎


高級ワンボックスは首都高を東名を目指して走っている。


「会議はどうだった?退屈しなかった?」

「……『宗教法人』に見えませんでした」

「正直でいいわね。バブルの頃、先代の代表がお寺の僧侶でね。景気が良かったから税金逃れで寄付する人も多かった。そこから輪が広がって全国規模になったらしいわ」


孝子がコンビニで買ったサンドイッチのフィルムを開けて、頬張る。


「……孝子さんはどうして『会頭』を引き受けたのですか?」

「先代が言っていたのは昔はお寺って『宗教』って言うより、役場であり、『寺子屋』…つまりは学校だった。『駆け込み寺』って言われる事もある。つまりは『何でも屋』だったのよ。私もそれで救われた。だから恩返しして次の世代に引き継ぎたいだけよ」


それを聞きながら、伊都子はゼリー飲料を飲む。


車は東名の厚木ICから西を目指して走る。

やがてお正月の駅伝で有名な山道に差し掛かる。大平台のヘアピンカーブを過ぎたあたりで右折して、少し登ったところが目的地だった。『医療法人ハピネス会・ハピネス病院・箱根』と玄関に掲げられた施設にたどり着いた。


「会頭、お疲れ様です」


スーツ姿の中年男性が出迎える。名札を見ると『事務長・岡村総一』となっている。


「岡村さん。秘書見習いの椎葉ユウちゃんよ。私は会議だけど、軽く病院を案内してあげて」

「賜りました」


と仰々しくお辞儀する。


「それでは椎葉様、こちらへ」


岡村事務長は執事とかホテルマンのように、病院内を先導する。


エレベーターで3階へ案内される。どうやら3〜5階はほぼ同じつくりのようだ。


「ベッド数は300です。その殆どが後期高齢者になります」


見舞い客は少ないがそれでもゼロではない。談話室で話したり、患者同士で将棋を打っているところもある。


(……ここも普通。いや、案内で変なところは見せないか)


「実はウチは一度、破綻しているんです。山奥でしょう?患者が集まらなくてね……」


建物は中庭を囲うように建っている。3階を1周する頃にポツリと岡村事務長が言った。


「そこを買い取って、職員ごと継続させて下さったのが『ハピネス会』で、そのままではまた赤字経営になる。『患者』を送り込んで下さるのが『世界調和協会』なんですよ。だから、宮本会頭の手腕に感謝しているんです」


その言葉がやけに伊都子の耳に残った。


階段を降りると2階は重篤患者用のハイケア病室やICU(集中治療室)とリハビリルームの2つが南北で分かれている。

北側の方は消毒液の匂いが鼻をついた。


「無理せず、チャレンジしていきましょう」


リハビリルームでは理学療法士のやけに明るい声が響く。


(……やっぱり普通ね)


伊都子たちの前を車椅子の患者が横切っていく。そこで伊都子はふと疑問に思った。


(孝子さんは『何を』私に見せようとしてるの?そしてこの『組織』の何が問題で公安は捜査しているの?)


答えはでないまま、見学は終わりを告げた。


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