第138話「前田先生」
東京都渋谷区渋谷、『蛍光出版社』
「昨日は『お休み』とか言って、山形まで『個人的調査』したんでしょ?何かわかった?」
数十名が出入りするこの出版社は『公安部』の擬態機関らしい。売り上げの殆どが『教科書』で数年に一度しか変わらないから、ここにいる社員は全員が公安部所属との事だった。
そんな中で田中奈津美管理官(階級は警視)が出社するなりそう聞いた。
「しかし、長い公安の歴史の中で、『あの人』に話を聞いたのはあなただけじゃない、けれどレポートを見た限り、あなたのヒアリングが1番『深い』」
「ヨネさんも『元・公安』ですから、100歳を超えてやっと口が軽くなったって事じゃないですか?」
「そうかもね」
と、笑い合った時、電話が鳴った。表向き『会社』なので全くない訳ではない。事実、乱丁本の交換依頼などはボクも受けた事がある。
「はい。蛍光出版社・教科書編集部です。ーー」
その報告は突然だった。
「上田ヨネが死んだわ。今朝、介護職員が朝食を持って行ったら、冷たくなってたって。一応、警察が動いているわ」
「警察って?」
(タイミングが良すぎる!)
「落ち着きなさい。自然死でも、この場合警察が動くわ」
そういう田中管理官の顔色も悪い。ボクと同じ『可能性』を考えているのだ。
「とにかく、私達にできる事をしましょう」
田中管理官のその言葉は、自身に言い聞かせているようでもあった。
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渋谷駅から代々木で乗り換えて飯田橋駅で降りる。目指す場所は文京区だが、小石川なので飯田橋駅が利便性が高い。10分も歩くと目指す施設の門が見えてくる。
『私立・明王義塾学園高等部・中学部合同 なでしこ寮』
門柱にそう書かれている。魔法少女の歴史を知って『なでしこ』にも意味を感じる事ができた。
テンペストを門のセンサー部分に近づけると、ゆっくりと開いていく。
「おかえりなさい。『任務』は終わったの?」
出迎えたのは寮母である水野妙先生。まだ若く、20代前半である。
「いいえ、『魔法』を結構つかちゃったから『メディカルチェック』ですよ」
そう言うと、笑って清掃の仕事に戻っていく。今日は平日で、今は授業の真っ最中のはずだ。リサやユミちゃんに会わずに済むのでこの時間を指定した。
渡り廊下を超えて、教室棟の3階に目指す場所はあった。軽く扉をノックする。
「どうぞ」
その声を合図に扉をスライドさせる。視界に診察室のような部屋が広がる。いや、『ような』
ではなく診察室だ。
ここは魔法少女の診察を行う、『保健室』である。一般的な保健室と違うのは目の前にいるのが養護教諭ではなく、本物の医者という事だ。
「いらっしゃい」
穏やかに笑って迎えるのは前田優子先生。『魔法少女』という生物に関しては長田さんより、ゆりあ大臣よりも詳しい人間だった。
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「長田洋子は流石ね。あなたが元は『男の子』だったなんて、わたしでも気づけないわ……」
検査結果をモニターで確認しながら、前田先生はつぶやいた。
「先生、お聞きしたい事があるんですけど」
ボクの言葉に前田先生はこちらを向く。
「なに?さくらちゃんの事ならーー」
「違います」
そうキッパリ言ったボクを少しだけ驚いたように見て、また穏やかな笑顔に戻る。それにさくらの事はこの人に言ってもしょうがないのは明らかだ。
「『魔法少女』の妊娠についてです」
その言葉にさっきまでの穏やかな笑顔が少し気持ち悪い笑みに変わる。
「なになに?妊娠しちゃ……ってないわね。さっき診たもの」
「兄弟・姉妹ってDNAはどのくらい一致するものですか?」
「一般的に50%ね。振れ幅的に45%〜55%といったところかしら」
そこで一拍置いたのは、前田先生がボクの意図を理解したからだろう。パソコンを操作して、フォルダからPDFファイルを開いている。
「これは昨年まで『チーム・オータム』にいた、橋本花乃ちゃん、風乃ちゃん姉妹のDNAデータよ」
確か今は配置変更で仙台に行ったチームだった。ボクは直接あった事はない。
このPDFファイル自体が前田先生の研究レポートのようだ。
「75%?これって凄い事なんですか?50%が平均値で上振れとかは?」
「自然界では起こり得ない現象よ。だから研究して、レポートになった。部外秘だけど、ここで読む分には問題ないでしょ」
時間をかけて、レポートを読む。
最初はさっき聞いたこの姉妹のDNA一致率が75%でそれが天文学的奇跡である事が書かれている。注目すべきは中盤以降、なぜこれが起こったか?という部分。
・通常、受精した瞬間、精子由来の23本・卵子由来の23本の染色体が合わさり、46本になる。これがこの受精卵、つまり子どもの『設計図』となる。
・だが、2人の母親Aは身体が弱く、日常的に『魔法(身体強化能力)』を使用していた。
・この『特殊環境』がDNAの選別にある種のフィルターをかけた可能性がある。
ボクは『まただ』と思う。
可能性は否定しようとすればするほど、高くなっていくようだった。




