第137話「可能性」
現在、山形県天童市、特別養護老人ホーム『天童高原の里』
「ーーこれでワタシの知ってる話は以上だ。人から聞いた話もあるし、正確かどうかは保証しないよ」
途中で煙草を5回ぐらい吸いながら、上田ヨネさんの回想が終わる。
ボクはいつしか握っていた掌が、汗でびしょ濡れになっていると気づいた。
「次はアンタの番だよ。なに、難しい話をしろって言うんじゃない、『アンタにとっての長田洋子。もしくは上田理子』だよ」
まだ頭の中が整理できていない。けれど、ヨネさんのその問いには答えられた。
「『母親』ですね。2番目の。ボクは1年前まで男で長田さんに『魔法少女』にしてもらった。魔法の使い方も、家を飛び出したボクに衣食住を与えてくれたのも。全部まとめて『母親』です」
「……あの子は95年まで公安の中心にいたが、いきなり辞めて海外へ行った。それがアンタみたいなのを助けたなら、良かった。あの子は他人を不幸にしてばかりだからね」
そう言って6本目の煙草に火をつける。
「幼少から長田さんを見ていて、『怖い』とか思わなかったんですか?」
「それはアンタが『戦後』を知らないからさ。例えば、地上100mにクレーンで吊られた鉄骨がある。アンタはそれに両腕でぶら下がっている。この時に今日の晩ご飯を考えるかい?毎日が『鉄骨にぶら下がり』さ。それが『戦後』の日常だ」
そう言って、紫煙を細く吐き続ける。
「ただし、誰にでもチャンスがあった。銀座でパンパンやっていた奴が大統領夫人になったり、日本一有名な占い師なんかも大物と出会ったからさ。その分、誰でも『落ちる』可能性もあった訳だけどね。理子だって同じさ」
でも、ボクは気づいてしまう。
「今出た3人って、長田さん(理子)も含めて『元魔法少女』ですよね?」
「なんだい、他人に話を聞きに来ただけのガキかと思ったら、しっかりと『予習』してきてるじゃないか」
そう言って笑う。
「それならもう1つ、教えてやろう。『巣鴨プリズン』で理子は普通なら東條英機の方で待つと思わないかい?」
「長田さんらしいですね。最初から岸川信男総理狙いだったんでしょ?」
「そうさ。それを5歳でやってのけるから『怪物』なのさ。そこで才能を見せつけ、政治に深く関与していった。だから95年まで権力を維持できた訳だ」
「石田茂学校と鴨山・岸田グループどちらにも顔が効いたんですからね」
灰を落としながら、ヨネさんが笑う。
「よく予習しているじゃないか。だが、それだと半分正解だね。最近あったって言う、長田洋子と佐藤ゆりあの抗争。あれはその時代から続く、イデオロギーの争いでもあった訳だ。そこをわかってないと長田洋子と佐藤ゆりあが一緒になっちまう」
そこで火のついた煙草を灰皿に投げ込む。
ジュっと音を立てて、火が消える。
「それと『戦後』には誰でも『可能性』があったって話だ。アンタは無自覚に気づかないフリしてるだろ?その『可能性』に」
ボクの心臓が跳ねる。
前にゆりあ大臣に『長田さんの最後』を尋ねた時、ボクはそれを知っていた。
魔法少女に銃弾は通用しない。
上田理子の母親も父親も沖縄戦にいった。
『戦後』という、『可能性』の塊。
(そこから導き出される結論はーー)
思考が、止まる。
いや、違う。
(そんなはずがない)
一度、そこで打ち切る。
けれど。
——それでも、辻褄が合ってしまう。
それは上田理子や長田洋子が『もう1人』存在する『可能性』だった。
「アンタは確証が持てないみたいだが、ワタシは『いる』と思ってるよ」
そう言ってヨネさんが笑う。
その笑顔は長田さんにそっくりだった。




