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魔法少女はおむつが必要だなんて聞いてません!  作者: 062
第5章「公安」編

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第130話「上下」

伊都子の内心の焦りなど気にせず、状況は進んでいく。


「宮本会頭、今日は不在のはずでは?」


都留留美子の疑問に微笑んで答える。目元の皺が年齢を重ねた女性だと物語っている。


「関西圏の支援者集会が延期になったの。それに今回は、異様に金額が増えたって聞いたから本部から飛んで来たわ」


宮本会頭は伊都子の方を見る。


「あなた、椎葉ユウさんだったかしら?……今日のお礼に食事でもどう?」


(……どうやら、『正体』はバレてないみたいね)


相変わらず思考は読めない。ただ『伊都子』ではなく『椎葉ユウ』としているところを見ると、完全に見透かされている訳ではないと判断した。


「……光栄です。ですがまだ入会して日も浅くーー」


思考が読めないのは、伊都子にとって目が見えないのと同じだった。だから、日を改めようとした。


「いいじゃない。若い人の話も聞きたいの」


そう言って、長い髪をかき分けた。


「それに、最近は『現場』から離れていたから、どういう『支援』が必要かも知りたいし」

「ユウさん、行ってらっしゃい。たまには贅沢も必要よ」


留美子までそう言って背中を押す。


(……ここで断るのも不自然か)


そう判断する。


「……わかりました」


♦︎♦︎♦︎


元々、支援者や留美子たちと会食の予定だったので、ホテルを出ると辺りは日が落ちている。


エントランスには黒い高級ワンボックスカーが出迎え、宮本会頭と伊都子が乗り込む。


運転手の男性は無駄のない動きでドアを閉めると、滑らかに車を発進させた。


「西麻布まで」


短く宮本会頭が指示する。それだけで飲食店がわかるという事は、『行きつけの店』という事だろう。


元々、会合のあったホテルは広尾だったので西麻布には10分とかからず到着する。


外苑西通りから路地を1つ入ったガラス張りの3階建てのビルだった。


店に入って、伊都子は驚く。

ビルが丸ごと1つのフレンチレストランなのだ。当然のように最上階である3階に通され、席に座る。テーブルが8つ程あるが、他に客の姿は見えず、貸し切りのようだった。


渡されたメニューと思われるものを見るとドリンクしか載っていない。『ジャスミン茶2000円』という表記に目眩がする。来る時に留美子に買ってもらったペットボトルのそれは180円だった。

ただし、明王義塾学園ではこういう時、どうすればいいかはテーブルマナー講座で教わっていた。


「……コースの邪魔にならない、ノンアルコールのものを」

「かしこまりました」


と黒服の男性がメニューと共に下がっていく。


「青森県出身だそうね?」


そう言ってスマホをバックに仕舞う。


「……はい」

「大学生の頃、1度行った事があるわ。夏休みに車で」


そこまで言った時にドリンクが運ばれてくる。

どうやらワインを注文したようで先程の黒服とは違う男性がコルクを開けてグラスに注ぐ。伊都子には果実水のような透明だが果汁の香りがする飲み物が出てくる。


「寄付の成功に」

「……乾杯」


そう言って口をつけた。どうやらライチ果汁の炭酸割りのようだ。


「あの頃、こんな店に来るようになるなんて思ってなかったわ。青森の旅行だって車を持ってる友達と4人でガソリン代を割り勘して素泊まりの旅館と車中泊だった」


芸術的な盛り付けの前菜と、時間をかけたのが一口でわかるスープを味わいながら会話は進んでいく。


「それで私、妊娠したの大学2年の時だった」


黙って伊都子は聞く。

宮本孝子は『宗教の教祖』というより、政治家か経営者のように見えてしまう。


「その時、救われたの。この『世界調和協会』に」


それは資料として、伊都子も知っていた。


「……という事は『前は』別の方がされていたのですか?」

「ええ、先程の集会でも言ったけれど、『協会』は1987年設立で、私は1997年に加入。会頭になったのは2020年のコロナ禍だったの。『先代』はコロナで急に亡くなったわ」


ワインを少し揺らしながら、宮本会頭は静かに続ける。


「さっきのあなたみたいに『集会』に呼ばれてね。そこで『先代』と知り合った。それまでは広島県の田舎町で病院のパート兼シングルマザーをやっていたわ」


唇を湿らせるように、ゆっくりとグラスを傾ける。


「『先代』に声をかけてもらえなかったら、今でもそうかも……」


宮本会頭が窓の向こうを眺めた。


「あなたは私に似てるわ。『人の前に立つと不思議と皆、耳を傾ける』。これも『先代』の言葉。そして、今日あなたを誘った理由よ」


ふと、何かを思いたったようにこちらを見た。


「そうだわ!ユウさん、あなた、私の仕事を手伝わない?」


伊都子は、喉の奥が少しだけ乾くのを感じた。


思考が読めない。

相手の手札が見えない。


それなのに、自分だけが値踏みされている。

逃げ道のない面接のようだった。

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