第120話「椎葉ユウの生き方」
「……東京に戻るんじゃなかったの?」
伊都子さんが聞いた。
(伊都子さん、このままだと第2の事件が起こるかも?って時、どうする?)
微妙に聞かれたくない話だったので、心の中だけに留める。それだけで伊都子さんは『読んでくれる』はずだ。
「……わかったわ」
伊都子さんの玄関にあったホウキを掴んで飛び立った。
♦︎♦︎♦︎
新潟県村上市。
お寺に黒い喪服姿の人が集まっている。田舎であるからなのか、お年寄りが多い印象を受ける。
事件Aとして出された、『村上市主婦殺害事件』は遺体発見から今日で1年。被害者である今村智美さんの一周忌が寺では行われていた。
寺の様子を遠くから見る若い女性がいた。
「はい。ストップ」
ボクはその女性に声をかけた。
「今村里見さん。魔法少女になって今田由梨絵さん……だよね?」
ボクが手を掴んでそう言うと、彼女はビクッと肩を振るわせた。
魔法少女の隠れ家である、『明王義塾学園』生徒なら、誰でも過去の卒業生のデータにアクセスできる。進路指導用にそうなってるのだ。
「……ユウちゃん、説明してほしいわ。思考が跳躍しすぎて、アタシも追えない」
なるほど、そういう事もあるのかと思う。
「被害者である今村智美さんと夫の郷さんの間には2人の子供がいた。1人はお寺で今、焼香してる悟さんで、もう1人がーー」
彼女の腕を掴んで伊都子さんを向かせる。
「この里見さんだ。ただし、戸籍上は『死んだ事』になってる。魔法少女はほとんどそうだ。だから今の名前が今田由梨絵さん」
ここで、初めて里見さん、いや由梨絵さんが口を開いた。
「だから何?ワタクシは母親の一周忌を出席できないから遠くで見てただけよ?」
一瞬、伊都子さんを使って、『口を割らせる』事も考えた。けれど、ここは相手に付き合ってもいいだろう。
「まずは司法解剖の結果、犯人は地蔵背負いで智美さんを殺害している」
地蔵背負いとは相手の首にロープを回して、柔道の一本背負いのように絞殺する方法である。
「これは犯人が『非力な女性』か殺害時に苦しむ顔を見たくない、つまりは『親しい関係』のどちらかだ。由梨絵さんはそのどちらも当てはまる」
「……動機は?」
伊都子さんが聞いた。どっちの味方なんだって言いたくなる。
「まずは由梨絵さんの状況。3年前に魔法少女を18歳で定年引退。東京の4年制有名大学に推薦入学で入学させてもらって、1億円の魔法少女退職金ももらっている。だが、調べたら大学は休学中で、このままだと留年確定だった」
さすが元・魔法少女。肝が座っている。ここまで言って由梨絵さんは顔色1つ変わらない。
「大学の知人の裏アカ。消されてたけど、ログは残ってた。『おむつ女』って。それで居づらくなって休学。時間ができた由梨絵さんはふと、母親が見たくなった。あ、そういえば『おむつ女』って書いてた友達も失踪していたね」
初めて彼女が目を逸らした。
「許せなかった!普通に生きてる事が!自分は任務のために死んだ事になって、おむつになって、他人から笑われた」
彼女の目に明確な殺意が宿る。
「『詠唱禁止』!」
伊都子さんがフォローしてくれる。
「……なぜ?呪文が出ない?」
由梨絵さんは、なおも詠唱を試みる。
「悪いね。この伊都子さんは日本で1番才能ある精神感応系魔法少女なんだ」
「……2番目よ。師匠がいるから」
伊都子さんが喰い気味で言う。
「おしゃべりのおかげで1周忌も終わったみたいだ。これで由梨絵さんは目的を果たせない。ここで皆殺しにするつもりだったんでしょ?」
参列者が自家用車に乗り込む。
「まだよ!こうなったら、全員の自宅に行ってでも目的を果たすわ!」
「させると思う?『ボイドニウム・キューブ』!」
由梨絵さんの首から下が、砂鉄のような黒い粒子がまとわりついて箱状になる。これで動けないはずだ。
「由梨絵さんばかり過去を暴かれるのはフェアじゃないから、ボクの話をしよう。ボクは半年前まで男の子だった。たった1人を止めるために性転換までして魔法少女になった」
少しだけ由梨絵さんが揺らぐ。ボクは続ける。
「もちろん、おむつの事も知ってた。でもね、ボクの願いは叶わなかった。それでも後悔はしないと決めたんだ」
少しだけ由梨絵さんはボクという人間に興味を持ったらしい。
「何でよ?ーー」
由梨絵さんが、一拍、息を吸う。
「何で、そんな風に生きられるのよ?」
そんなもの決まっている。
「彼女が『ボクを守る』ために魔法少女になったからさ。ボクが普通に生きている限り、彼女に犠牲を強いた事になる。だから魔法少女になった」
それを聞いて彼女は目を逸らし、
「理解できないわ」
そう言った。
「『生き方』なんて誰にも理解されないのかもしれない。でも、人を殺すのはダメだよ。それこそ、おむつの子でも知ってる」
ボクはそれだけ言った。




