第119話「(閑話)静寂を求めて」
5年前、青森県むつ市。
窓の外にはしんしんと雪が降っている。
(……これは外出は無理ね。図書館に行きたかったけれど)
カーテンの隙間から見える景色は、白と灰色しかない。音も、ほとんどない。たまに風が窓を鳴らすくらいだ。
自慢する訳ではないが、実家は裕福な方だった。小学5年生だけどスマホを持たせてもらっていたし、ゲームもあった。
理由は簡単。
♦︎♦︎♦︎
「キヨ子先生。おかげさまで勇退する意思が固まりました。こちらはお礼の品です」
その議員はお菓子の入った紙袋を差し出す。
「ワタクシはあなたの背中を押しただけ、ご先祖様も心配されてたし」
そう言って、母はにこやかに笑う。お菓子の下、紙袋の底に敷かれた札束を見て。
♦︎♦︎♦︎
夏の間、ひっきりなしに訪問客がやってくる。政財界の大物とされる人たちが。
母は『最後のイタコ』と言われる。陸奥キヨ子。父はそのマネージャーみたいな事をやっていた。
冬になると、それがピタリと止まる。当たり前だ。この一面の雪景色の中、やってくる訳がない。
となると、この家は家族3人だけになる。アタシはネット通販でヘッドホンをポチった。
『あの声』を聞かなくて済むように。
アタシもだが、大人だってする事がない。それを見てしまったのは今年のゴールデンウィークだった。
少しでも早くヘッドホンが来るように祈る。まるで呪いのように父と母の嬌声が聞こえた。
ボリュームを大きくして、スマホでゲームを開く。軽快な音楽と共に起動して、声が聞こえなくなる。
(まだね。後3分。いえ150秒か)
ガチャの画面を開いて待つ。
148…149…タップする。
画面がレインボーの扉を映し出す。
SSRのキャラクターを表示する。
いわゆる『霊感』というものだ。
これに気づいたのも今年のゴールデンウィークで、きっかけはアタシの人生初の生理の日だった。
2日後、宅配の人が段ボールを届ける。
両親は月1万円を超えなければ、課金しても買い物しても怒らない。
今回だって、
「そうね。最近ゲームの音、ちょっと大きいもの」
その言い草に、少しだけ頭にくるけれど、実際に支払うのは両親だ。
早速、充電して装着する。
……快適そのものだった。
ミュージック・ビデオを流して宿題、順調に進む。最初の3日で冬休みの宿題は8割方終わり、書き初めと読書感想文を残すのみとなった。
4日目、自分の部屋でコタツに座り、画面に流れるミュージック・ビデオを何となく眺めている時だった。
また、母親の嬌声が聞こえる。
ヘッドホンを外しても、同じところから聞こえる。
(……音じゃない)
そう感じた。
その時からヘッドホンは意味をなさなくなった。
翌日、晴れ。
逃げるように図書館へ向かう。
でも、まるでゲームのように『逃げられない』。
――これで小五か
一瞬、そんな言葉が混じる。
――大人っぽいな
また、同じ場所で。
(……やだ)
それ以上は、考えない。
逃げ場は、なかった。
気が狂いそうになる中で、それを救ってくれたのは母だった。
「……何?この指輪?」
黒ずんで、黒い濁った石が嵌っていた。
「…魔導石よ。霊力が強大な者がそれを『制御』する為のもの」
『制御』ーー言い得て妙だった。
♦︎♦︎♦︎
それでも、中学生に上がると、それも通用しなくなった。
学校の廊下で。
街中でも。
(うるさい!うるさい!うるさい!ーーー)
そんな時。
「え?ウチの娘を魔法少女に。ですか?」
その女性はアタシより小さな子どもみたいで。でも、全く何も『聞こえなかった』。
「今年、ウチの魔法少女がこの市で任務を終え、目撃者の記憶を消去しようとした時、強烈なノイズでジャミングされたと報告がありました」
その女性は水田マリと名乗る。学園の理事長だった。
「伊都子さん。これつけてみてくれない?」
そう言ってスマートウォッチを出した。
半信半疑で装着する。
ーー世界が変わった。
静寂が訪れる。
(……久しぶり)
逆に聞こうと思えば他人の記憶まで読めるようになった。
「ーーやはり、適正があるみたいですね。古来より、伊勢神宮に伏見稲荷や宮島といった神道にはご協力をいただいてます。ぜひ、ご一考をお願いします」
その言葉を残して、帰って行った。
その日の夜には、アタシは魔法少女になる事を決めた。




