第40話「再起動」
ルマニア共和国、大統領官邸。
「トラックを動かすが1番左のバーベキューコンロが邪魔だ。1回避けろ!」
「中尉、逆です、左側にトラックを動かすんです」
「焼けた肉は奥の方のコンロへ集中させろ。そうすれば、最初に入ってきた子供達が自然と奥にいく」
「そっちのソーセージ、焦げてない?」
「あ!まあ食べられるでしょ?」
そんな喧騒も落ち着き。
「よし、正門を開け!」
ユーリ大統領の指示で開いていく。
正門が開いた瞬間、子供達が雪崩こんでくる。よほど腹が減っていたのか、それぞれが無言で食べていく。守備兵達は、必死で肉を提供していく。最初は無表情だった守備兵もいつのまにか笑っていた。
だが、年長者の中には、罠を警戒してか、食べない者もいる。そんな者に声をかけるのがユーリだった。
梓は子供達が落とした銃を転移させ、1箇所に集めていく。この場で暴発でもすれば全て水の泡になるからだ。
そして。
「全員、気に入ってもらえてたかしら?」
拡声器を手にした梓の声が、会場に響く。
「それではこの料理を用意させた、ユーリ大統領よりお言葉です」
ユーリは梓から拡声器を受け取り、演説を始めた。
「みんな、料理は堪能してもらえただろうか?まず、『ありがとう』はいらない。これは『俺の』というより、『この国』からの『おわび』だ」
ユーリはそこで一呼吸おき、子供達を見渡した。
「私の大統領就任以来、混乱が続いて来たが。ここ最近、市民生活は復活しつつある。だが、それも地方によって、業種によっても、バラツキがある。これは大人の都合で君達に何ら責任はない」
ユーリはまっすぐ前を向く。
「どうか、銃は置いていってほしい。もうすぐ学校も再開される。十分に学んで、将来『なりたい自分』になってほしい。もうクーデターは失敗した。君達は自由だ」
そこで少し声のトーンが変わる。
「だが、さまざまな事情で、帰る家のない者はこの場に残ってくれ。このユーリ=シトロエンが責任を持って成人まで面倒を見ると約束しよう」
誰かが拍手をした。
やがてそれは全体に広がっていった。
♦︎♦︎♦︎
自由の国アーリントン州バージニア。国防総本部。通称『オクタゴン』、国防長官室。
ルイス=ジョンソンは私物を段ボールに詰めた。あと2年はこの部屋にいるつもりだったが、仕方ないと納得はしている。
機密事項があるので、私物といっても段ボール1つで事足りた。次が誰であれ、引き継ぎの必要はない。業務に必要な情報は全てクラウドに入っているからだ。
「引越しの準備は終わったかしら?」
なんの気配もなく、国防長官室に1人の少女が現れた。ルイスは資料で嫌というほど彼女を見ていた。キシモト=アズサ、『混沌の魔女』。我が『自由の国』にたった1人で勝利した少女。
「『ワープ』!」
その瞬間、世界が変わった。
空調の効いた国防長官室からアジアの屋外に、である。
「連れてきたわ」
アズサが傍らで食事をする男性に声をかける。
こちらも資料で知っていた。ユーリ=シトロエン。ルマニア共和国初代大統領。
大統領官邸でバーベキューでもやっていたのか、おびただしい数のバーベキューコンロが置かれ、片隅では兵士達が片付けを始めていた。
「ルイス=ジョンソン。君を商務大臣にヘッドハンティングしたい」
頭がクラクラした。本当にそれぐらいの語彙になる程の衝撃を受ける。
ありえない。
昨日どころか、数時間前まで戦っていた相手にも関わらずだ。
「申し訳ないが……」
断ろうとしたところで別の声がそれを遮る。
「無駄だぞ。これを見てみろ。プラント大統領のSNS『Z』だ」
『ルイスの解任の理由は前向きだ。彼はもうすぐ開発途上国の大臣となるだろう』
割り込んできたのは張リャシャン交通大臣である。つまりは、彼もヘッドハンティング組という事だろうか。
それを知ってか、ニコリと少女が笑った。
「わかった。話だけでも聞こう」
「ルイス長官は軍人にも関わらず、最終学歴はモルガン大でMBAを取得している。軍人になったのは、養子先の『ジョンソン家』の長男が商務省に入省したから、別の道を選んだだけ」
そこまで調べているのかと、この国が勝った原因を思い知る。インテリジェンス分野で完敗していたのだ。
アズサの言葉に、今度は大統領が言葉を重ねる。
「養子先への義理だけで、MBAを取得できる訳がない。その経営センスを我が国に貸して欲しい」
実直なお願いだった。数時間前までの大統領でもこちらの方が好感が持てた。
「それでメリットは?」
この返しは想定内とでも言いたげに、大統領とアズサは官邸の中に入っていく。張大臣は聞かされていないのか、キョロキョロと周囲を見ながらついていく。
案内されたのは地下のシェルターだった。
「銀行を1つ作るわ。『ルマニア政策投資銀行』と仮に呼んでる。原資はこれよ」
インゴットが積まれていた。1つ2つではない。数トンーーいや、数十トンの量。
「これは?」
「『ネオジム』のインゴット。純度は99.9%」
それが数トンなら銀行は簡単にできるだろう。
「表向きは『ルマニア』のための銀行。でもね、この国まだ課税システムがないの」
この少女の言葉の意味を理解する。
それは、つまり。
「『タックスフリー銀行』しかも、あの条約に我が国はまだ加入してない」
それがどういう事か、誰にもバレずに資産を預けられる銀行で、現行では情報開示もされない。脱税だろうが犯罪収益金であろうがだ。
「それをこの4人で始めましょう?」
『少女』から『魔女』へと、アズサは一瞬で変わった。
「待ってくれ、俺は何も聞いてないぞ」
張大臣が否定的に言った。
「張大臣、あなたいつまで周コンペイからエサが届くのを待つつもり?お金があれば本国に帰っても党でも軍でも存在感はグンと増すはずよ?そしてそれは誰も無視できないわ」
その魔女の言葉で張大臣は黙ってうなづいた。
「理解した。やろう」
魔女は次にこちらを見た。
「ルイス長官、あなたは狙ってみない?『自由の国』初の『黒人大統領』の座。そしてそれは養子先の『ジョンソン家』への箔付けにもなるわ」
確かに大統領選挙には金がかかる。そして、これから設立される銀行は『カネのなる木』になるだろう。もっと言えばなんらデメリットのない提案でもあった。
「わかった。引き受けよう。ただし、条件がある」
「何でも言って」
「欧州からもう1人理事が欲しいところだ。『自由の国』『人民の国』『日本』『ルマニア』悪くないが、欧州を入れて5人の方が決が割れなくていい」
「なるほど。そうね」
アズサが納得する。
「それでもまずはこの4人で準備を進めましょう。これを原資にすればこの国の再起動が加速していくわ」




