第39話「2面作戦」
日本、大阪府池田市、とある生肉店。
「え!冷蔵在庫を全部ですか?」
「はい、実はウチの学校で4校の交流試合の後、外注でバーベキューを企画・外注していたのですが……」
訝しむ店主に、言いにくそうな演技でユーリが伝える。日本人のいいところはそれだけで察してくれるところだ。
「トラブルでもあったんだろ?で、何人分だ?」
「関東からも参加者がいる大会でして、保護者引率の先生まで入れて、約2000人です」
「2000!1人200gとして、2000人で400kg!
ウチだけじゃ無理だな。卸しを紹介するから、そっちにも行ける?」
「はい、大丈夫です。こちらは代金の前払いです」
100万円の帯封を3つ置く。
店主はポカンと口を開けて見ていた。
「……おい!多すぎる!」
「卸しの紹介料も含んでいます。急なお願いですから」
「1時間ぐらいで用意する。この冷蔵軽トラも貸すよ」
「ありがとうございます」
ユーリ達は少し離れた場所に移動する。
「よし、食材は何とかなりそうだな」
ユーリがホッとした様子で言った。
その声を聞きながら、ハルがリストを確認して言った。
「となると、バーベキューコンロと炭だね」
「ホームセンターを複数店回るしかないな」
「了解!」
「1時間で120台のバーベキューコンロ、魔法を一般人に見せないって制限付きだぞ」
その頃。
♦︎♦︎♦︎
ルマニア共和国、首都・ルピアール。
大統領官邸から程近い場所に建設途中で放棄されたビルがあった。外観は既に出来上がり足場も外されているが、『人民の国』の不動産投資会社が破産して、そのまま建設が放棄されていた。
「政府の人間か?……ユーリではないのだな?」
クーデターの首謀者、スィープ将軍。彼が梓を見てそう言った。
「はじめまして。ルマニア共和国、大統領補佐官の岸本梓よ」
スィープは梓を観察する。20歳前後の女でなるほど、政府の代表としてここに来るだけの肝の座った目をしている。ここに来るまでに狭い場所もあったはずだが、仕立てのいいスーツには汚れどころか、埃1つついてない。
「どうやって、ここがわかった?」
それを聞いた瞬間、梓の表情が変わる。
浅い。
そう言いたげな顔だった。
「こちらの連携を封じる為に、オレンジ・テレコムの通信を遮断した。つまりは、この辺で通信が使えるのはあなた達だけよ」
なるほど、厄介なお嬢さんだ。
とスィープは思う。
一方で、今度は梓が笑って、口を開いた。
「そうそう、現政権から、スィープ将軍にはお礼を言わなければなりません」
何を言っているのかスィープにはわからない。
「この国の再起動、全国民に同時に平等に行き渡らせる事は不可能でした。同時に『第三国』がそれに付け入る事も。だから、あなたの行動は『必要悪』だったの」
スィープは50年以上の人生で、それなりに女という生き物を見てきたつもりだった。
だが、目の前の女はそのどれにも該当しない。
「あなたと『自由の国』は本当に優秀だった。予定通りのクーデターだったのに、苦戦を強いられた。いや、現在も苦戦を強いられてる」
見透かされている。
即座にそう思う。
「少年・少女兵の休憩所として機能している120台のトラック。あれ、全て爆弾付きでしょ?」
そこまでわかっていれば、追い詰められているはず。
だが、目の前の女は笑っていた。
♦︎♦︎♦︎
同時刻、大統領官邸。
「バーベキューコンロ、あと30台来るからな。組み立て終わったものから順次、火おこしだ!」
ユーリ大統領の指示が飛ぶ。
「ドリンクは玄関にあった水槽に氷を浮かべて冷やそうか。あ、そのままだと高いから低い位置に下げよう」
沙織も細々と指示を出していく。
実際に動くのは警備兵30人だった。
「それじゃ、バーベキューコンロの調達4回目、行ってくる」
ユーリが沙織に言う。
「紙皿と箸も欲しいかも」
「オッケー。ホームセンターで見ておく。塩と胡椒はさっき搬入しておいた。それじゃ、ハル、行こうか?」
「了解。『転移』!」
♦︎♦︎♦︎
同時刻、建設放棄されたビル。
「よくわかったな。このボタンを押した瞬間、120台のトラックが大統領官邸を巻き込むように吹っ飛ぶ」
一瞬の沈黙。
「……ふふ」
その女は確かに笑っている。
「そこに大統領がいなくても、ね」
「そんな事はありえない!今日、ユーリは官邸から出ていない!」
若い女にこんなに腹がたったのは初めてだった。昨晩から見張りをたて、ずっと監視してきたのだ。
だが、目の前の女は可哀想なものを見るようにこちらを見て、スマホを操作する。
「ユーリ大統領、今どこ?」
『バーベキューコンロが売り切れでな、神戸に足を伸ばしたところだ』
「良いわね。それで、フルーツも準備したらどうか?って話になってね」
『……それはいいな。神戸は初めてで、沙織もいないから、どこかおススメはあるか?』
「JR駅前なら、元町商店街にあるわ。ハルちゃんが一緒なら、ミックスジュースが美味しいわよ」
『サンキュー。行ってみる』
そこで女は通話を切った。
世間話のような通話を聞かされる。
だが、本当に日本にいる。
「なぜだ?どこで間違えた?」
背中に嫌な汗が伝う。
それを見ても目の前の女は笑っていた。
そして。
「教えてあげる。魔法よ。『ワープ』!」
瞬間、眩しい光に襲われる。
いや、電気の通っていない屋内から、急に屋外に出されたせいだった。
ここはどこだ?
360度水面が広がっている。
「これが魔法よ」
その瞬間、海の中に落とされた。
いや、空中に浮いていたのが、当然のように重力が効いて、落下しただけだ。
「運が良ければ助かるわ。ダメならそこまでよ。私も帰ってバーベキューの手伝いがあるの。じゃあね」
そう言って女は消えた。
立ち泳ぎを続ける。
爆破スイッチも、銃も、全て捨て身軽になる。
時間の感覚がマヒする。どのくらいたったのかわからない。
運良く、漂流するブイを見つけてしがみつく。
一晩が過ぎて、太陽が昇る頃ーー
島だ!
水平線の一部だけが、形を変えていた。
どうやら海流に流されていたらしい。
残った体力をかき集めて必死に泳ぐ。
(「運が良ければ助かるわ。ダメならそこまでよ」)
あの女はそう言った。
だが、助かった。運じゃない。体力だ。つまりは俺の実力だ。
砂浜でしばらく仮眠をとる。
喉の渇きで目が覚める。
水が必要だ。
島を捜索する事にする。




