第37話「クロエ=ルマニエル(後編)」
私の運転するトラックは、兵士を乗せて西へと走る。こんなに長い時間運転したのは初めてで、肩が凝った。
途中、トイレ休憩と給油を兼ねて全軍が止まる。そこで私達は目を剥いた。
ガソリンスタンドに併設されたストアの、商品の充実ぶりに。
缶詰も、パンも、肉もある。
棚が埋まっている光景を、久しぶりに見た気がした。
……ああ、この国は。
もしかしたら、本当に戻り始めているのかもしれない。
そう思った。
それでも、もう止まれなかった。
戻る理由なんて、最初からなかったのかもしれない。少し空いたお腹を押さえながら、みんな無言で戻ってきた。
さらに走る事、2時間。車は首都ルピアールに入った。大統領官邸の門は鋼鉄製の扉が閉められ、さらにトラックで開かないようになっている。塀も元は軍事政権だったので5mぐらいの高さのコンクリート製でどうしようもない。
私は計画を思い出す。
門だけ閉まっていればトラックで突破。それが無理なら、戦車隊が来るまで包囲して待機
と聞かされていた。
スィープ将軍がどんな動きをするのか、戦車隊がどこから来るのかは聞かされていない。
「こちらJ001。大統領官邸、正門はトラックにより封鎖中。突破は難しいので包囲に移ります。J002から059までは包囲戦に移行されたし。以上」
私が無線で報告と指示を出す。
これも決まっていた事だった。
『こちらはJ060。裏門も同様。J061から120の各員は同じく包囲に参加してください。以上です』
『こちらはS100。スィープだ。ちびっ子どもが隙間から大統領官邸に入らないように注意してくれ。罠の可能性もある。とにかく待機だ』
最後はスィープ将軍の声だった。
総勢1200人の兵士候補生が大統領官邸を取り囲む。
1時間経過。向こうは発砲してこないが監視だけはしている。
2時間経過。
「15分つづ休憩をとります。末尾が0と5の部隊から交代で」
一瞬、言葉に詰まる。言われた事をゆっくりと思い出す。
「なお、指揮車両に水が入っています。各部隊長は水分摂取をキチンと行わせてください」
決められた通りに指示を出す。基地を出た時にあった、暗号みたいな他の部隊の通信は聞こえなくなっていた。
4時間経過。小さい子を優先してトラックに退避させる。もう10月とはいえ、まだ暑い。何もせずに戦死者を出す訳にはいかない。
5時間目、不覚にもお腹が鳴った。原因は空腹だけど、他にもある。どこから、凄く良い匂いがしている。
その時だった。
不意に官邸の中のトラックが動き、門が開かれた。慌てて、中に突入する部隊がいる。銃声は聞こえない。私も隊を率いて官邸内に入る。
そこには、炭火で焼かれた肉や腸詰めをパンで挟んだもの、色々な料理が並んでいた。突入した部隊から、我先にと料理に手をつける。
更に驚きなのが、氷の浮かんだ水の中にペットボトルに入ったジュースまで用意されていて、炎天下でカラカラに乾いた喉を潤す者もいた。
ここが敵地である事も忘れ、みんな一心不乱に食べた。誰かが邪魔だと銃を手放した。やがてそれは全体に波及していく。
(おかしい、罠でしょ?)
理性がそう告げている。
「気に入ってもらえたかな?」
そう言って、黒髪の男性がこちらに肉の入った皿を差し出す。音もなく突然、背後にその男性は立っていた。
皿を手に取ると、カトラリーも使わず、手づかみで肉を口に入れる。噛んだ瞬間、肉の脂と旨みが口の中いっぱいに広がる。どうやら、普段食べている肉とは違うようで、赤身と脂身が混ざったような肉であるらしかった。
気がつけば、私も銃など放り出して無心で食べ続けた。
食後にフルーツまで出てきて、すっかり堪能してしまった頃、拡声器から声が響いた。
「全員、気に入ってもらえてたかしら?」
声の主は16歳の私よりも、少しだけ年上に見えた。この場にいる政府の人間だとしても、随分と若い。でもその証拠のようにきっちりとスーツを着こなし、薄く化粧もしている。黒いセミロングの髪はネットで見た事のあるモデルのように艶があった。
「それではこの料理を用意させた、ユーリ大統領よりお言葉です」
(あの人!)
即座に気づく、私に料理の皿を出したあの男性だった。
慌てて銃を探すが、1ヶ所にまとめられ、3人の銃を持った兵士に守られている。
「みんな、料理は堪能してもらえただろうか?まず、『ありがとう』はいらない。これは『俺の』というより、『この国』からの『おわび』だ」
大統領は一呼吸おく。そこでみんなを見渡す。
「私の大統領就任以来、混乱が続いて来たが。ここ最近、市民生活は復活しつつある。だが、それも地方によって、業種によっても、バラツキがある。これは大人の都合で君達に何ら責任はない」
そして大統領はまっすぐ前を向く。
「どうか、銃は置いていってほしい。もうすぐ学校も再開される。十分に学んで、将来『なりたい自分』になってほしい。もうクーデターは失敗した。君達は自由だ」
そこで少し声のトーンが変わる。
「だが、さまざまな事情で、帰る家のない者はこの場に残ってくれ。このユーリ=シトロエンが責任を持って成人まで面倒を見ると約束しよう」
クーデター部隊だった私達は、いつしか大統領の言葉に拍手と歓声で応えた。
気がつけば、私も手を叩いていた。




