第35話「主演女優」
日本・東京都千代田区霞ヶ関、文部科学大臣室。
「いやー、この『ミラーリンク・エシュロン』は良いわね。開発した甲斐があったわ」
佐藤ゆりあが、さも自分で開発したように言う。彼女はスポンサーであり、実際には広井夏樹が開発、発注。山陰某所にその施設があった。
「開発費1500億、運用に年間25億……我ながら、よくも税務署の目を誤魔化せたものね」
呆れたように水田マリが言う。彼女の方は実際にその金額を動かしている。
「さて、ここからが見ものよ。梓ちゃんは相変わらずトリッキーな策を使うわね」
楽しむようにモニターを見つめながらゆりあが言う。
「梓ちゃんは『自信のない天才』だからね。佐藤ゆりあ、広井夏樹を見て、更に一瞬で藤原さくらちゃんに追い越され、その後ろに西田真琴ちゃんが控えてる……更には沙織ちゃんのすぐそばにいたんだし、しょうがないよ」
マリがそうまとめた。
♦︎♦︎♦︎
「自由の国」、首都・マシントンDC、大統領官邸・通称『白い家』。大統領執務室。
「大統領、『人民の国』周コンペイ書記長から、ホットラインです」
大統領補佐官が告げた。すぐにプラント=マクドナル大統領は受話器を取る。
この場にいる全員がスピーカーから聞こえる情報に耳を澄ます。
「プラントだ。周書記長、どうした?」
『プラント大統領、そちらの国が現在進めている「クーデター」についてだ』
ルイス=ジョンソン国防長官は「やはりか」と思う。この局面でホットラインを繋いだのだ、それ以外は考えられなかった。
『クーデター部隊はそちらの国から供与された兵器を使用している事から、『自由の国』の関与は明らかだ』
「自由と民主主義を守るためなら、我が『自由の国』はクーデターでも支援するさ」
プラント大統領が言い返す。この時ばかりは、プラント大統領が頼もしく見える。
『ほう、少年・少女を使って行なっているクーデターをか?』
プラント大統領がこちらを見る。大統領補佐官のエマや報道官リスナーは首を横に振る。
「こちらのスタッフは、知らないとみんな言っているぞ。クーデターを起こした何とか将軍の策略だろ?」
そう返したプラント大統領に、周書記長は意外な言葉を返す。
『シルビア・ルート29・ダイナー、Tボーンステーキが美味いらしいな。今度のサミットの後にでも、訪問してみたいものだ』
その言葉にルイスは下を向く。いや、向いてしまった。即座にプラント大統領に睨まれる。いや、まだマシかもしれない。CIF長官のルーザーなどは、コーヒーを飲んでいて盛大に咽せた。その音はプラント大統領の持つ受話器から、『人民の国』まで伝わっただろう。
『ふふ、心当たりがある者がいるようだな。先に言っておく、アルバイトの19歳のウェイトレスは僅か100ドルでカトラリーのカゴの下にICレコーダーを入れたよ。では、聞いてもらおう』
ーーー
「やっぱり、教えてくれルーザー。国防長官として、兵力の有無は作戦の精度に関わる」
「あまり大声では言えないが、あの魔女だってまだルマニア共和国の全てに利益を配れていない。東部のラシフォン州や南部の農民以外。ここにはまだ貧しい者が多い。そこから子どもを徴発する。スィープ将軍には食糧支援をしてる。そうすれば、1000名程の少年・少女兵が確保できるさ」
ーーー
ルイスは『終わった』確信する。
だが、プラント大統領は違った。6年前の大統領選で敗れた後、その2日後にはテレビのバラエティーに出演する強心臓ぶりをここで遺憾無く発揮する。
「それがどうした?現に報道官も補佐官もそして大統領である私も知らなかったのだ。2人を切って『終わり』だ」
ルイスの腹は決まる。それでいい。この国は力で圧倒し、時間をかけてそれを正当化してきたのだ。散々、胃痛の原因だった大統領を初めて正しいと思えた。
『では『世論』はどうかな?『マシントンタイムズ』か『ニューアーク・ポスト』でもいい。なんなら『ABCテレビ』でも面白いかもしれん。2ヶ月後の中間選挙が楽しみになるな』
周書記長のこの言葉で完全に勝敗は決定した。
「……何が望みだ?『追加関税の撤廃』か?」
プラント大統領はあくまで勝敗は濁し、条件の交渉に移った。このあたりがニューアークのファイブアベニューにビルを持てるビジネスマンたる所以である。
「何を言っている?今回の主演は私ではない。先程の音声データもコピーだ。『オリジナル』は『主演女優』が握っているよ。信じないかもしれないと、こんなものが用意されている。アルバイトの説得シーンだ」
ーーー
「……お願い!あの2人のうち、どちらかがわたしの本当のパパかもしれないの!」
「アンタには負けたわ。いいよ、やってあげる」
「ありがとう!これはお礼。ベビーシッターのバイトで貯めたの」
「半分の100ドルでいいよ、アズサ。何かわかればいいね」
ーーー
『なかなかの名演技だっただろう?』
プラント大統領もさすがに黙っている。
『そして、ワシすら出演者にすぎない。もっと言えば、脚本・監督・主演全てをあの『魔女』が行ったのだ』
背筋が凍る。たった1人で『自由の国』に勝利したのだ。もう1つの大国の指導者すら駒にして。そしてその魔女は19歳。しばらくルマニアは優秀な指導者がいる事になる。
「……あの『魔女』は何が望みなのだ?」
相手が変わったとて、窓口は周書記長である事に変わりはない。
『まず1つ目。追加の軍事派遣の中止だ。すでにインド洋に不愉快なクルーザーが多数配備済みだろう?このままでは『ルマニアの少年・少女を救う』というお題目で増援されてはたまらない。との事だ。もっとも、『第2艦隊』のように殲滅してもいいとも言っているぞ』
今年2月、藤原さくらによって旗艦『ウイリアム・クリントン』をはじめ、原潜・戦闘艦が多数撃沈されたのを全員が思い出す。
「了承した。即時撤退させる」
苦々しく、と言った表情でプラント大統領が決断する。
『もう1つは、ルマニア共和国への5億ドルの支援だ。形はどうでもいい。日本にやらせているような、民間投資などを含んでもいいそうだ。あの国の国債残高が約30億ドル、それだけあれば一息つけよう』
世界1位の経済大国をもってすれば、その程度は容易い。何より中間選挙を人質に取られている。
「こちらも了承だ。5億ドル。政権の値段と考えれば安いものだ」
梓のシナリオ通りにプラント大統領は答えた。




