第31話「混沌の魔女」
ルマニア共和国、首都・ルピアール。政府合同庁舎。
「お会いできて光栄です。岸川大統領補佐官。わたくし、『ナイル』のアジア統括取締役ステイン=ゴールドバーグと申します」
「いえいえ、こんな小国へようこそ。ステインさん」
噂通りの若い女性の登場に、ステインは勝利を確信する。
「我が『ナイル』としましては、旗艦事業のECを貴国でも展開したいと希望しています」
「まぁ!それは素晴らしいですね!しかし、当国としては役員数名のルマニア国民が潤うだけの利益構造ではお断りします。
数万人のギグワーカーが何とか食べていける状況を作り、その上で平均年収の10倍を受け取る数名の取締役がいる他国の状況を考えると『ナイル』でなくても良いと判断せざるを得ません」
梓はニコリと笑って続ける。
「『人民の国』の『マハラジャ』でもいいですし、母国日本の『晴天市場』もECはあります」
ステインは食い下がる。
「ECだけではありません。サブスクサービスでは貴国国民に素晴らしいエンタメを提供できると確信します」
「そして、購買・視聴と言ったビックデータを活用する。貴社のやり口ですね?それともこの国だけに何か『配慮』していただけますか?」
♦︎♦︎♦︎
2時間後、大統領執務室。
「ただいま。『ナイル』との調整終わったわ」
ユーリ大統領が出迎える。
「おつかれ、首尾は?」
「尻尾巻いて逃げた」
「アズサ、最近『混沌の魔女』と呼ばれているぞ」
ユーリが笑って言った。
「何よ、それ?」
梓が不服そうに返す。
「通信は欧州、北部資源は『人民の国』、鉄道は日本、ネオジムの磁石工場が『余白の国』、どこか1国ではなく、世界の国と同時に交渉、具現化を進めているからな」
その冗談を流して、梓は聞く。
「ところで張大臣は?」
「あれ?聞いてないか?日本側のJVと、ミーチェ港方面だ。貨物ステーションの設計者が来てるらしい」
「あ!忘れてた!国道の件はどうしようかな?」
「ああ、その件なら張が指示していた。交通大臣の仕事だし梓が手を出す必要ないだろう。ただでさえ、電力増加プランと商業担当で忙しいのだし」
そんな、日常業務が進んでいく中、非日常が割り込んで来る。
それはこんな一報からだった。
「国内全域で『オレンジ・テレコム』が使用不能です」
「ん?何かのトラブルなの?」
入室してきた官僚に梓が聞く。
「わかりません。通信が使えないので各部署との連携も取れません」
そこへ。今度は軍幹部だった。
「大統領!南部軍のスィープ将軍が軍無線で演説中。クーデターです!」
『我々、南部ルマニア共和国軍はユーリ=シトロエン大統領の即時退陣を求める。既に北部資源は『人民の国』に、鉄道は『日本』に、通信は『欧州』に奪われた!これ以上の『売国』は私は断じて許せない!諸君!共に戦おう!』
「南部軍の通信傍受、狙いはミーチェ港です。既に戦車大隊が進軍中!」
ユーリ大統領は軍出身で判断も早かった。
「アズサ、ミーチェ港を頼む。鉄道はこの国再起動の要だ。それがないと『人民の国』の再侵攻阻止も、ネオジム工場も絵に書いた餅になる。頼む」
「了解。何かこっちにあれば、すぐに戻れるし大丈夫よ」
梓がミーチェ港へ転移した。
♦︎♦︎♦︎
同じ頃、日本・東京都千代田区霞ヶ関、文部科学大臣室。
「いやー、100億で買った古代魔石が10億ドルになるなんてね」
佐藤ゆりあは笑った。
「ボッタクリ過ぎよ」
水田マリが呆れた様子で言う。
「それで、クーデター計画はどうなってる?」
マリの忠告を無視して、ゆりあが聞いた。
それにマリが淡々と答えていく。
「作戦は大きく分けて3段階。まず1番目、南西部ミーチェ港に戦車大隊全軍を投入。元々15両だったものを、『自由の国』の支援で旧式だけどもう15両、合わせて30両の戦車で進軍、港湾施設を破壊予定」
「これは陽動ね。ここに梓ちゃんを出動させるのが狙いね」
「正解。2番目と3番目はほぼ同時。2番目はヒロイ型AMFGを使います、3機あれば15度100mの有効範囲しかないヒロイ型AMFGも実戦可能レベルになります。これで梓ちゃんを南西部ミーチェ港に足止めします。そして3番目、本体歩兵軍が大統領官邸を制圧、大統領暗殺後、新政権樹立を宣言します」
その作戦にゆりあはさらに笑う。
「最終試験の幕開けよ!さあ、梓ちゃん、どうする?」
佐藤ゆりあにとって、梓が試験を突破してもしなくてもどちらでもよかった。
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