第21話「ルマニアの聖女」
ルマニア共和国、北東部・スマーノゥ州。ルンダオ鉱山・北部方面軍司令部
「ただいま帰りました」
梓のその言葉にここにいる全員から歓迎される。
「『ルマニアの聖女』に敬礼!」
全員が整列し、敬礼する。
「やめてください!」
悲鳴に近い梓の声が響く。
「いえ、国の防衛は軍の仕事です。それをたった1人でやり遂げた『ルマニアの聖女』に我々は忠誠を誓ったのです」
「だ、そうだ。これを無下にしては軍の士気に関わるぞ」
軍の代表者の言葉にユーリが笑って言う。
明らかに茶化していると梓は思う。
そこへ
「大統領先輩〜!」
軍のトラックの助手席からピエール北部司令官が声をかける。どこかから戻ってきたようだった。
「大統領先輩、『人民の国』があまりの怪我人の多さに物資を投棄していたのを回収して来ました」
「ほう…」
「食糧・医薬品・武器・弾薬。根こそぎ持って来ました。中でも興味深いのがこれです!」
『Z -101整備マニュアル』と書かれた雑誌だった。
「おい、アズサが相手したのって……」
「てっきり、99式かと思っていましたが、昨年12月にデビューしたとウワサの101式だったみたいです!」
戦場では指揮官として威厳すら感じたピエールが今はただのオタクのようにはしゃいでいる。梓には何の話かさっぱりわからなかった。
「何の話?」
「戦車だ。どうやら最新鋭機だったらしい」
「へぇ〜……ちょっと待ってて。『ワープ』!」
梓がどこかへ転移するが、すぐに戻ってくる。
戦車と一緒に。
「これのこと?」
一瞬で現れた戦車に全員がざわつく。
♦︎♦︎♦︎
「大統領先輩、どうやら使えそうです!」
「最新鋭機だが大丈夫か?」
腕を組んだユーリが言う。
「ディーゼルなので大丈夫です。『人民の国』の連中、逃げるのに必死だったみたいですね。整備マニュアルみたいな軍事秘密の塊を置いて行くなんて」
「コピーして『連合王国』あたりに売るか?まだパイプはあるぞ」
「この戦車、99式からレーザー装備とミサイル発射機能をオミットして生産性を高めたモデルみたいですね」
「それで80キロまでスピード出るんだろ?大国はすごいな」
ピエールとユーリの会話に梓が割り込む。
「訓練すれば、この国で使えますか?」
「可能ですね。弾薬も鹵獲品とは別にウチの主力の旧ソ連製T-72と同様の125mm砲です。つまりは弾薬も問題ありません」
そこで少しだけピエールの顔が曇る。
「ただし、若干の改修は必要です。向こうの軍事衛星とのリンクを切らないといけません。それとドローンとの連携機能はオミットします。我が国にはまだありませんから」
その報告に梓が笑って言う。
「じゃあ、56両全部持って来るね!」
そう言って梓はまた転移して行った。
「おい!我が国の戦車保有台数が3倍に膨れ上がったぞ」
「……しかも恐ろしい事に、1ルピアすら使わずに。
だから戦車は半分だけ埋めたんですね。歩兵と共に全部を上空に転移させればよかったでしょうに……」
少しだけ呆れたようにピエールが言った。
「無自覚にこの国に利益をもたらすーー」
ピエールはそこで息を吐く。
「兵たちが『聖女』と呼ぶわけです……」
ピエールの言葉に実感がこもっていた。
だが、次の瞬間、ユーリは大統領としての顔になった。
「それでピエール、頼みがある」
「なんでしょう?」
「実は今夜、ルンダオ鉱山に誰も近づけないで欲しいんだ。理由は言えん。国家機密だ」
「わかりました。徴発した戦利品で街の連中と宴会でもやっておきます」
♦︎♦︎♦︎
その日の夜。
ルンダオタウンの住民達が集まり始めた。
ハイパーインフレはちょっとした医薬品すら襲いかかり、皆一様に貧しくなった。
「軍がどうして無料配布など?」
町長であるダイヤネルが問う。
聞かれた兵士はすぐに答える。
「『ルマニアの聖女』の施しです」
『人民の国』の1個旅団分の食糧である。
歩兵だけで6000人。それだけで北部方面軍とルンダオタウンの住民の総数と同じ、ここに戦車やその他車両の人員を含めると充分な数が行き渡る。
「ルマニアの聖女……?」
そういえば町長の家に大統領が来た時、横に女性がいたのを思い出す。
それを横目に待ちきれない住民達が集まる。
「聖女様……!」
幼い子を抱えた若い女が祈るように言った。
その横には夫らしき男だが、腕に包帯が巻かれ、怪我をしているとわかる。
「……」
黙って一緒に祈る。
誰かが梓を『聖女』と呼び、誰もそれを否定しなかった。
♦︎♦︎♦︎
同じ頃、ルンダオ鉱山。
「アズサにもできるのか?」
事前に話を聞いていたが、ユーリが梓に聞いた。
「ハルちゃんと私は同一能力なの。むしろ、『転移可能距離・規模』では私の方が上。ハルちゃんは『精度』が高い。ただし、ハルちゃんは未訓練。現状、その『精度』でも対抗可能よ」
そう言って、鉱山の前に梓1人で立つ。
「『精錬』!」
次の瞬間、うっすらと何かが現れる。
風で雲が流され、月光があたりを照らす。
現れたのはインゴット。ネオジム製のだ。
莫大な量がある。丁度、先ほど見た戦車をネオジム製で作れそうな量である。
「50%だけインゴットにした。ハルちゃんがそうしてたみたい」
「なるほど、ゼロだと『人民の国』にハルの存在がわかる可能性があるからか……」
「これでルンダオ鉱山は産出量が50%に低下する。それを『人民の国』は精錬代として受け取る」
すでに人民の国は横流しとして、このルンダオ鉱山の鉱石を受け取っている。それをハルが魔法で『中抜き』していた。だからここで梓が鉱山ごと『中抜き』しても、人民の国には見抜けない。
そしてこれは日本へ旅立った、ハルの存在を隠す意味でもあった。『聖女』と呼ばれながらも、梓はしっかりと『魔女』であった。




