第16話「ルイス=ジョンソンの憂鬱」
自由の国アーリントン州バージニア。国防総本部。通称『オクタゴン』、国防長官室。
1本の電話が鳴る。内容は簡潔だった。「来い」と一言だけ。
この部屋の主である、ルイス=ジョンソンはため息をつきそうなりながら、返答した。
「15分でポタマックを渡ります」
2分で準備を整えて出口を目指す。
すれ違う将校や文官からは同情めいた視線。
もう2年少々の我慢だ。と思って耐える。
ポタマック川の堤防には今の時期、ピンク色の花をつける木がある。日本から送られた桜だった。ルイスは思う。先の大戦時、日本と戦いながら、歴代大統領達はこの桜を切ろうという衝動に駆られなかっただろうか?という問いだ。
答えは明白で切られていない。
だから、今も綺麗に咲いているのだ。
だが、切りたいと思う瞬間はあったはずだとルイスは同時に確信する。それでもその時代の大統領には『理性』があった。
そう『理性』。現在の大統領、プラント=マクドナルにはこれが欠けている。いや、彼が大統領になれた時点で、国民にもそれが欠けているのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、車はポタマック川を渡り、マシントンDCに入った。マシントン・タワーの横をすり抜けると、大統領官邸、通称『白い家』が見えてくる。
執務室に入った瞬間、
「遅いぞ!ルイス」
と言うのが、この館の現在の主、プラント=マクドナル大統領である。
「大統領、まだ予定時刻の15分前です」
と取りなすのがCIF長官のルーザー=ブライトンだった。
「ならば、君たちの時計が15分遅れているのだろう」
そのプラント大統領の態度にルイスの胃がキリキリと痛む。それはこれからのブリーフィングがプラント大統領にとって、機嫌の良くなる話ではないからだ。
ルマニア共和国
・人口約890万人
・GDP約120億ドル
・面積約60000㎢
・大統領ユーリ=シトロエン(38歳)
「……概要はこの通り、小規模な途上国です。ですが、北部ではレアメタル、特に『ネオジム』を多く含む稀少土類を産出します。産出量は『ネオジム』だけなら15%。『人民の国』45%、『余白の国』20%に次ぐ世界3位の産出国です」
ルーザーが淡々と説明する。その説明にすら、プラント大統領は噛み付く。
「それでその小さい国の何が問題なのだ?」
ルーザーは慣れたもので新しく地図をモニターに出す。
「ルマニア共和国はご覧の通り、カードのダイヤのような形をしています。この北部で問題の『ネオジム』が産出される訳ですが、北東部を『人民の国』と国境を有しています。そして、南西にはインド洋。つまり、この国を取れば『人民の国』はモルック海峡を通らずとも石油や物資を輸送できる裏口を手にするのです」
プラント大統領が『人民の国』を目の敵にしているのは周知の事実である。ルーザーはそれを心得て、地政学的説明をした。
「それで『人民の国』は侵攻するのか?」
ルーザーの策にプラント大統領は素直に質問した。
「現在はフェイズ1といったところです。北部レアメタル鉱山で労働争議が起こっています。これをフェイズ2で暴動に変化させ、フェイズ3で国境警備の名目で軍の展開が可能です。更には今月末、ODAの支払いもありますが、大蔵大臣が外貨準備金を着服したとの情報もあり、支払い不能となれば、鉱山の採掘権は『人民の国』に渡るでしょう」
その説明にプラント大統領の血が沸騰した。
「ならば、我が国も援軍を送るべきだな!」
予想通りではあるが、やはりルイスの胃が痛む。しかし、ここで言わなければならないのがルイスの国防長官としての仕事である。
「お言葉ですが大統領、それはこの政権にとってプラスではありません」
「なぜだ?日本なら、両手を挙げて歓迎するだろう?『人民の国』が侵攻してきたとして、だ」
ルイスは本当に自分が政和党支持者なのを恨んだ。
「理由がいくつかありますが、わかりやすいのは11月の中間選挙への影響です。戦争を始めたとなると、支持率は急落します」
「支持率などどうでもいい!『人民の国』の侵攻は阻止するんだ!」
本当に『理性』というものがこの大統領にあるのか、ルイスは懐疑的になる。『その決定でこちらの国民が血を流す事になるのがわからないのか?』と怒鳴りたくなる。
だがルイスは『理性』でそれを堪えた。
「大統領、軍を動かさずとも『人民の国』の阻止は可能です。要はODAを返済可能にすれば良いのです」
「どういう事だ?」
「MIF(通貨国際基金)を使います。これで我が国は1セントも使う事なく『人民の国』の阻止が可能です。もっといえば、親西政権をそれで作ればレアメタル鉱山もこちら側に手に入るでしょう」
プラント大統領はビジネスマンでもあった。ルイスは『費用対効果』というカードで勝負した。そして彼が賭けに勝ったのを、プラント大統領の顔が証明している。
「それはいい!その線で進めてくれ!」
機嫌の直ったプラント大統領に、今度はルーザーが提案する。
「実は新政権発足で情報ルートが限られています……」
プラント大統領が眉をピクリと動かす。
「それで?」
それにルーザーは動じない。
「ルマニア共和国には我が国のエージェントスポットがありません。軍事政権から民政移管して、まもなく2年。今までその必要がなかったのです。これを機に新設しませんか?」
プラント大統領は笑顔で了承した。




