第15話「過去と将来(後編)」
「こうして私は『軽部寧々』から『岸本梓』になった……」
梓の独白を、ハルは黙って聞いていた。
「私の父親はワインの知識があっても、契約や法律といった知識はなかった。だから、『契約書』の抜け穴に気づけなかった」
梓はグラスに更にワインを注ぎ足した。
そして、また口を湿らせる程度に飲む。
「この話の怖いところはね……」
少し息を吸う。
「どこにも『悪い人』がいないの。父親は『理想のワイン』を作って広めたかっただけ。牛丼チェーンは『美味しい牛丼』を安く提供したかっただけ。『三つ葉商事』だってお客さんの要望に合うワインを探しただけ、だもの。ハルちゃん、あなたは私の父親のようにならない?」
その問いにハルは答えられず黙っている。
「あなたは『魔法』が使える。ぶどうの収穫も、追肥も水分量の調整だって魔法で簡単にできる。普通の人より、理想のワインを求めやすい環境ができるわ。でも、それじゃ自分の作ったワインすら守れない。だから、勉強してほしいの!」
半ば叫ぶように梓が言った。
それはハルに向けた言葉であったが、あの日の父親に向けての言葉でもあった。
ハルはそれがどれだけ自分を心配してか、理解する。
出会って数時間。
学校に行ったことのないハルにとって、こんなにも心配してくれる相手は、初めてかもしれない友人だった。
「……わかったよ。でもどうやって?私は19歳だよ?」
そこで初めて梓は笑った。
「大丈夫よ。沙織ちゃんを騙せるハルちゃんなら、9歳として最高の環境を用意するわ」
そこで初めてハルはしり込みする。
「あのね…でもね……笑わない?」
「おむつのことでしょ?大丈夫。世界に1つだけ、全生徒がおむつで、なんなら一部の先生もおむつしてる小・中・高の一貫校があるわ。あとはこの大統領補佐官に任せなさい!」
そう言って笑った。
「なんで?いつわかったの?」
「乾杯からもう3時間よ。あなたは1度もトイレに行っていない。わたしと同じくね」
♦︎♦︎♦︎
翌日。東京都千代田区霞ヶ関、文部科学大臣室。
「びっくりしたわ。大使館経由で電話してくるなんて。それにしても仕事が早いわね。もう大統領補佐官に就任してるなんて」
佐藤ゆりあが笑顔で梓に言った。
『ゆりあさん、盗聴が心配だからこの電話を使ってるの。だから単刀直入に言うね。ルマニア共和国として、1人の少女を明王義塾特別クラスに入れて欲しいの』
「こちらにメリットは?」
『あの子の情報、そのものよ。『旧陸軍系・異能少女』なの」
「……」
ゆりあは息を飲む。日本の『魔法』を紐解くと大きく分けて2つ。日本古来からの『神道』系(泉サトミ・木津根あげはなどがこれにあたる)。
もう一つが連合王国との『同盟』時に入った『魔法少女・魔女』の系統である。これが先の大戦で陸軍系と海軍系に分かれた。現状の組織は横須賀に研究機関があった関係で海軍系に限られる。それも敗戦時の資料焼却で碌に残っていない状況だった。
更に旧陸軍系はあの半島に研究所があったとされ、現在では完全に断絶していた。
「それは本当なの?本人が『異能少女』と名乗っているだけの可能性も……」
「補足情報だけど、本人の名前はハル=ツジムラ。母親が日本人で祖父の名前が『辻村敬之』」
その梓の言葉にゆりあにしては珍しく、動揺が隠せないでいた。
「あ、あの『作戦の仏様』と言われた辻村敬之陸軍中将?」
『そう、この国では「建国の立役者」って呼ばれている。そして、あの半島にあったとされる研究機関は陸軍。そこまでわかっていての嘘なら私達より情報を持ってる。真実なら生きたサンプル。どう?魅力的でしょ?』
「乗ったわ!で、いつから?」
『後、3時間で羽田かな?さっき飛行機に乗せたわ。なんたって鉱石からネオジムだけを取り出せる空間能力者だもん。「人民の国」から守るには、第3国が安全なのよ』
梓の耳に電話を切り忘れて、スマホで指示を出すゆりあの声が聴こえた。




