第9話「カウンター・インテリジェンス」
「ここ、鉱山の事務所かと思ってたら、北部方面軍司令部なのね」
「小さい国だからな。鉱山も軍も、同じ建物だ」
ユーリは苦笑する。
その時。
「大統領先輩!」
高めの声が響く。
ヒョロリとした、丸眼鏡の男が駆け寄ってくる。軍服だけが、彼が軍人である証だった。
「お、ピエール中尉じゃないか」
「今は中将であります、大統領先輩!」
敬礼。
そのまま握手。
梓と沙織を見る目は、どこか探るようだ。
ユーリは肩に腕を回し、低く言う。
「こいつは情報部時代の後輩でピエール。今は北部方面司令官だ」
一拍。
「そして、横領の疑いがかかっている男だ」
ピエールの顔が固まる。
「……冗談ですよね?」
「半分な」
ユーリの腕が首元を軽く締める。
『逃がさない』というより『お前を守るから嘘をつくな』という圧がある。
「司令官。先ほど拘束した扇動者の尋問を優先する」
ユーリの声はもう軽くない。
「横領の件はその後だ」
ピエールの喉が鳴る。
「了解であります」
♦︎♦︎♦︎
5人が会議室の椅子に座らされている。
「まだ扇動者ってだけだからね」
沙織が静かに言った。
「少し、刺激を与えてみる?」
梓が平然と言った。晩ご飯のメニューを決めるのと同じようなトーンで。
だが、行動は早い。
「『いってらっしゃい♪』!」
それだけ。
真ん中の1人が血を流す。
耳たぶがぽとりと落ちた。
部分転移。
耳たぶだけを5mmだけ転移させた。
一拍遅れて男に激痛が走る。
「お!あああああああァァァ!」
呻き声とも叫びともつかない男の声。
それ以外の4人の顔色が曇る。
対して、ユーリ・梓・沙織と誰もピクリとも表情を変えない。
「1番右の人がこの5人ではトップ。いや、『工作員』だね。『人民の国』の。それ以外の4人はルマニア語を話せる人間を国境の向こう側でリクルートして送り込んだみたい」
沙織の声に明らかに右側の男が動揺する。梓の耳にもカタカタと椅子の鳴る音が届く。膝が笑っている。
「それと作戦立案・実行は張リャンシャン。へぇ、大物だ。党・国務委員なんだ」
沙織がそこまで言って、言葉を止める。
「エリートが考えそうな退屈な策ね」
梓が感想を言う。
「つまり、坑夫を労働争議から暴動を起こさせ、軍と衝突させる。国境付近だから、治安維持を目的に侵攻ってシナリオか?」
確認するようにユーリが言った。
心理を読むまでもなく、リーダーの男は逃亡しようとした。
だが、それは叶わない。突然、現れた椅子に足を取られ転倒した。それを兵士が取り押さえる。
「『スパイ天国』の日本人に諜報で遅れをとるとは!」
その声に答えたのはユーリだった。
「日本が『スパイ天国』なのは否定しない。だがあの国の終戦後の政治家は『クレバー』だった。『北の大国』『半島』『人民の国とあの島』そんな火薬庫で国を守るためのな」
ユーリはそこで一呼吸置く。
「『昭和の妖怪』と言われた元首相の岸川信男はあの『満鉄総裁』だ。さらにその弟・佐藤優策は昭和の時代で1番在任が長かった首相。その佐藤家に養女として迎えられたのが佐藤ゆりあ。『永田町の魔女』だ。その程度の見識で日本のカウンターインテリジェンスに敵う訳がないだろう」
♦︎♦︎♦︎
梓はどことなく、この建物が学校みたいだと思った。
鉄筋コンクリート構造で部屋がいくつもあるせいだろう。その中で『校長室』にあたるのが司令官執務室だった。
ユーリが入るなり、ピエールはその席を譲る。
「ピエール中将、おまえには一度中央に戻ってもらって、南部に行ってもらう。引き継ぎは1ヶ月だ。副司令をそのまま昇格させる」
ユーリはまず初めにそう告げた。
「大統領先輩!わ、私は断じて私腹のために横領や横流しをしていた訳ではありません!」
ピエールが意を決して、そう言った。
ユーリが穏やかに笑う。
「知っている。ハイパーインフレで実質給料が下がっている。兵士を食わせるために仕方なく……だろ?」
ピエールが目を見開いてユーリを見る。
「……私腹を肥やすなら、預金額は増えているはず。あなたは貯金も切り崩して生活していた」
調査した沙織がそう結論づけた。
「でも1つだけ聞きたいの。半年前、なぜ横流しだけでなく、横領にまで手を出したの?」
「横流し先、『人民の国』から精錬量が減ったと横流し額を減額されました」
「やはり、横流し先は『人民の国』か。今回の異動はその『交渉力』を買ってだ。これから『自由の国』も我が国に手を伸ばすと考えている。頼むぞ、ピエール中将」
ユーリがそう結ぼうとした。
その時、ピエールが口を出した。
「大統領先輩、私が情報部門出身の人間として、気になる事があるんです……」
「なんだ?」
ユーリが眉をピクリと上げる。
「確かに私は、軍で買った食料や日用品を横領した。それをこの町で売り捌いた。では、この町のどこにそんな金があったんです?坑夫達は労働争議を起こす程、切迫詰まっているのに……」
そのピエールの疑問に、誰も答えられなかった。




