第4話「梓、国を買う」
「ユーリ大統領。あなた、味方いないわね」
梓が机越しに言う。ユーリは苦笑する。
「突然だな」
「人民の国は北のレアメタルを欲しがってる。自由の国は南部。軍は甘い汁を吸ってる。国民は通貨を信用してない」
淡々としている。
「四面楚歌ってやつ?」
ユーリは椅子にもたれた。
「……否定はしない」
「諦めてる?」
一拍。
「少しな」
「辞任は?」
「しない。来月末、この国が終わるなら。国を終わらせた大統領の名前は『ユーリ=シトロエン』であるべきだ」
梓は少しだけ笑った。
「律儀ね」
「逃げる気はない」
「じゃあ、逃げなくていい方法を教えてあげる」
ユーリは黙る。
梓は机の上の返済予定表を指で押さえた。
「3000万ドル。払う。私が」
空気が止まる。
沙織は横で何も言わない。
ユーリの目がわずかに動く。
「条件は?」
即答だった。
梓は頷く。
「さすが」
一歩、机に近づく。
「大統領権限を使わせて」
「具体的に」
「財務・軍・資源関連の特命権限。期間は1年」
ユーリの眉が動く。
「国家運営に介入する気か」
「違う。1年だけあなたには傀儡になってもらう」
「保証は?」
「ない」
即答。
「失敗したら?」
「その時はあなたが責任を取る」
ユーリは笑う。
「ずいぶんだな」
「3000万ドルは安くないの」
沈黙。
「どうやって用意する」
梓はスマホを見せる。梓のスイスの銀行の口座残高である。
預金残高:1億ドル。
「なぜそこまでする」
梓は肩をすくめる。
「今が一番安いから」
「何がだ」
「この国」
ユーリは静かに笑って手を出した。
「契約書を作る訳にはいかないからな」
「そうね」
それだけ言って、梓もその手を握る。
交渉成立だった。
♦︎♦︎♦︎
「それでまずは何をする?補佐官殿?」
『大統領補佐官』それが梓に与えられた立場だった。
「まずは『国民』から。沙織ちゃん、予算・決算書類から不正を洗い出して、できれば裏取りも」
「はい。補佐官殿」
茶化して沙織が答える。
「私がその中から、選んで『見せしめ』で何人か逮捕させる。それだけで国民はルピアは信用できなくても、あなたの支持率は上がる」
ユーリが不思議そうに言う。
「支持率なんて、ただの数字だろう?何の意味がある?」
それに対して、梓は辛辣だった。
「国内外に政権は『安定してる』と思われるだけで、為替は反応するわ」
さらに続ける。
「今はあなたも含めて誰も『再選する』と思ってない。それが『あと6年、この体制が維持される』と思われたら、少しは安心して投資対象として見てくれる」
沙織が口を開く。
「あずちゃんは?何するの?」
「決まっているじゃない、『外貨獲得』よ」
♦︎♦︎♦︎
3日後。
美の国、首都・セーヌ市。「オレンジ・テレコム」本社。
梓は大統領補佐官として、応接室に通される。
「この度、ルマニア共和国大統領補佐官を拝命しました、岸本梓です」
握手に応じるのはCOO(最高執行責任者) マチュー=ブラン。しかし、席に座った瞬間、彼の言葉は厳しかった。
「電波使用免許料が年間3000万ユーロ。あなた方の国にそれだけの価値があるとお思いで?」
「では、今月末で電波使用は許可しません。基地局は軍と併用でしたね。つまりは我が国の持ち物です」
「それでは貴国の通信は?」
「入札を行います。貴社ともう1社の予定でしたが高い金額の2社としましょう。連合王国の『アンダーフォン』社は『前向きに検討する』と回答してきていますし、国民が困る事はありません」
「弊社を切って、『アンダーフォン』社に?」
「それを決めるのはあなた方です。こちらとしては、旧宗主国の企業である貴社に1番いい条件を提示したつもりですが?
『アンダーフォン社』だけでなく、人民の国『革新通信』や地理的に近い『スパイスの国』の『デリーウェイ』も参加を表明しています」
マチュー=ブランは国の代表として、単身で乗り込んできた少女を見る。恐ろしく若いが、それ以上に場慣れしていた。ここが勝負所とわかっている者の迫力があった。
「……降参だ。契約しましょう」
「ありがとうございます。法務担当部署にはもう問題なしとの回答をいただきました。こちらは本日夕方、プレスリリースします」
一気にまとめられた。
「3000万ユーロ。決して損はさせません。最初の半年はどこが落札しようとオレンジ・テレコムの独占ですし、貴社には『オレンジ・ペイ』もある。アフリカでの実績もありますし、我が国でも導入してみませんか?」
「それを先に言ってくれれば、もっと早く決断しましたよ」
そう言って、マチュー=ブランは笑った。
翌日、ルマニア国外貨準備口座に3000万ユーロが入金された。
結局、梓は自己資金を1セントも使わず、『人民の国』への返済資金を獲得した。




