第3話「大統領官邸」
翌朝、三月沙織はベッドで寝転がってテレビを眺めていた。
朝にニュースを流すのは万国共通らしく、キャスターがこちらの言葉で深刻そうな顔で何かを伝えている。画面上にはテロップが流れ、各地の天気や気温、為替情報などが流れている。
梓は洗面台の前で歯を磨き、スマホで地図を開いた。昨夜もらった紙切れの住所を入力する。
「官邸、中心部だね。ここから車で十五分」
沙織がテレビから目を離さず言う。
「昨日、一国の大統領がなんであんなところにいるか不思議だったけれど、大蔵大臣が不正をやってたみたいね。外貨準備金を横領して『人民の国』系地下銀行に預金してたみたい」
「日本なら、ロッキード・リクルートぐらいの大事件じゃない?」
「事実が報道されていれば、ね。報道だとヒューマンエラーの誤送金だって」
「……読んだんだ、思考を。それで取り返したの?」
入国からずっと一緒にいたのだから情報入手先は限られる。
「ダメだったみたい。穴埋めにまたルピアを刷るみたい」
「終わってるじゃん、それ。無能なの?」
「方向性の違いかな?軍の元大佐なのは資料の通り。出身は情報機関なの。だから経済や財政に明るくない。それで……」
「『わかる人に任せていたら、横領された』ってわけね」
梓は薄く化粧をして、黒いスーツに身を包む。
「まあ、今日会えばわかるか……」
そう言ってホテルの部屋を後にした。
♦︎♦︎♦︎
恐ろしい事に、ホテルで手配したタクシーは大統領官邸の玄関までノンチェックでたどり着いた。
敷地入り口にセキュリティーゲートのようなものはあったが、誰もいなかった。タクシーの運転手すら首を傾げながら、玄関まで到達できた。
タクシーを降りる。
さすがに建物入り口では止められた。昨日もらった紙きれを見せると、少し丁寧な対応になり、執務室に通された。
「よ。昨日も思ったが、なかなかの美人だな」
書類から目を上げ、ユーリが言う。
梓は椅子に座らず、室内を見回す。
窓は大きい。外から狙撃可能。
護衛は扉の外に一人だけ。
「この国、なかなかのヤバさね」
ユーリは苦笑する。
「どこから?」
「玄関までノーチェック。軍事政権上がりにしては、ずいぶん平和主義」
ユーリはペンを置く。
「軍を信用していない」
一拍。
「信用していないから、近づけない」
梓はようやく椅子に腰を下ろす。
「なるほど。守られていないんじゃなく、守らせていない」
ユーリは視線を細める。
「察しがいいな。いや違うか、多分『精神感応』ってヤツだ。つまりは君らは『魔法少女』」
(情報畑出身だとは聞いていたけれど、案外有能な人なのね)
「半分以上、あたり。『魔女見習い』なの」
「ほう、そういう制度があるのか……」
ユーリは複雑な表情を見せる。
「実は4年前、佐藤ゆりあに会った事がある。当時は議員になる前、どこかの学校の理事長だった」
「って事は東京ね。私達は大阪にいたの」
「大阪にも行った。というか『関空』で入国審査を受けた」
ユーリという人間に、少しだけ親近感を感じる。そのユーリは少し深めに座り直し、息を吸った。
「……先に言っておく。昨日、大蔵大臣を罷免した。奴は事もあろうに我が国の『外貨準備金』に手をつけた」
「いくら?」
「全てだ」
さすがに梓も沙織も息を飲む。
「あれはこの国の『時間』だった。来月末までに3000万ドル用意できないと、この国は終わる。具体的に言えば、『人民の国』のODAの今年の返済期限が来月までだ」
その言葉に沙織がすぐさま反応する。
「交渉はできないの?」
「イズランカはその結果、港を99年リースになった。この国の場合はレアアースだろう。採掘権と言ってくるかJV(共同開発)で利益を吸うかわからないが……」
執務室に重い空気が漂った。
だが、心理が読めても、空気の読まない者がいた。
沙織である。
「でも、3000万ドルを大蔵大臣1人でなんとかできるものなの?」
「それは俺も考えた。
この状況は『人民の国』が作り出したマッチポンプではないか?と。
だが、『大国』のやり方はどこも同じだ。
つまりは大蔵大臣を唆したのは『人民の国』の国民ではあるが、『人民の国』そのものの関与を裏付ける証拠がない」
「やりたい放題じゃない。軍は何をしてるの?」
黙って聞いていた梓が口を開く。
「おこぼれをありがたく受け取っているだろうさ」
ヤケ気味にユーリが吐き捨てた。
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