第112話「バリートード」
この回で第4章「魔法少女ワールドカップ編」は終了です。
3/24には外伝「理想の国」編をスタートさせるのでよろしくお願いします。
「勝者!広井夏樹!」
女王エリザードがそう宣言して、夏樹の右手首を持ち、高々と掲げる。
夏樹は上げられた右手を握りしめ、震える腕で小さくガッツポーズを作った。
勝った。
その実感が、遅れて身体に満ちてくる。
だが。
何かがおかしい。
エリザードが、手を離さない。
次の瞬間。
女王は夏樹の右腕をそのまま頭の後ろへ捻じ曲げ、力任せに引き下ろした。
乾いた、嫌な音が響く。
「っ……ぁぁぁぁぁっ!」
右腕がだらりと垂れ下がる。
「まだ、自分の勝利に酔ってるの?」
その声で、夏樹は凍りついた。
エリザードの輪郭がゆっくりと揺らぐ。
老女の姿が溶けるように崩れ、その内側から現れたのは――
「ま、……まさか!」
藤原さくらが、そこにいた。
「変身する魔法もあるんだよ」
さくらは壊れた右腕を一瞥して、静かに言う。
「だってこの戦いはバリートードだもの。
そして、その腕では、しばらく兵器は作れない」
その後ろから、審判である欧州3大魔女の3人がゆっくりとやってくる。
「……藤原さくら女史、変身するにしても口癖ぐらいは真似しろ。見るものが見ればバレバレであったぞ」
「まあ、夏樹ちゃんも15歳って事ね。DXモノノフの爆発の閃光で一瞬で変身した時は驚いたわ」
「私は物理学者として、なかなか爽快な決勝だったわ」
3人は好き勝手に感想を言う。
そんな中、マリア=ティモシェンコと夏樹は目が合う。
「夏樹ちゃんはとりあえず病院ね。『安き眠りを』!」
夏樹の痛みが引いて、意識が沈んでいく。
その最中、僅かに残った意識に声が届く。
「勝者、藤原さくら女史!」
(負けた……)
今度こそ完全に意識が遠のいた。
♦︎♦︎♦︎
夏樹が目を覚ますと、病院のベッドの上だった。時計の針はすでに日付けが変わった事を示している。
骨折した右腕の治療は終わっているらしく、ギブスで固定され包帯で巻かれていた。
マリア=ティモシェンコの書き置きで表彰式の予定などが書かれた紙をテーブルに見つける。
そのまま、パスポートと財布だけを持って、タクシーに乗る。
「ガトステッド空港まで」
閉会式や表彰式に出席するつもりはない。
なんとなく、1人で考えたい気分だった。
「お嬢さん、その腕はどうしたね?」
ドライバーの中年男性がミラー越しに声をかける。少し多めのチップを渡して黙らせる。
『AIっていうのは『最適な答え』は導き出せても、そこにある『悪意』には気付けない』戦闘の中で夏樹自身が言った言葉だった。だが、その『悪意』は目には見えない。それを示すようにタクシーはクイーン・エリザードⅡ橋を通ってドンロンを南下していく。
(最初からモノノフとハウンド・ドック、さらにドローン群なら勝てた?)
夏樹は思考の海に潜る。
(ダメだね。ナツキ型AMFGのせいでインターフェースの魔法も使用不能になる)
そして、1つの結論に辿り着く。
(そうか、そもそも戦いに参加させなければいいんだ)
次はその方法について思案しようとしたが、タクシーは空港のロビーに滑り込んだ。
『Attention please. This is an announcement for passengers travelling on Imperial Airways Flight 354 to Tokyo Haneda. Due to weather conditions in Dubai, the departure will be delayed by approximately thirty minutes』
早朝の空港に電子音声の案内が響く。
出国審査や手荷物検査を済ませたロビーで夏樹はその放送を聞いた。
「さっきの放送の意味、わかった?」
突然、背中から声をかけられた。
夏樹が振り返ると車椅子に乗ったロングヘアの女性だった。
「あなた、迷子?保護者の方は?」
夏樹は内心でげんなりとする。相手からすれば無理もない事はわかっているから態度には出さない。
ここは海外の国際空港で、夏樹は身長125cm。
しかも今日の服装は怪我のせいで脱ぎ着が楽なワンピースとワッペンのついたジャンバーを左側だけ袖を通した状態である。迷子と勘違いされてもしょうがない。
「いいえ。1人です。こう見えても私、15歳なので」
そう短く返した。なぜか女性の目が輝く。
「あなたも1人なの?よかったら、ヒマつぶしに付き合ってくれない?よく言うじゃない?『旅は道連れ、世は情け』って」
本当は1人で思考の海に沈んでいたかったが、夏樹は女性の勢いに押された。
「私は王子梢。30歳。新婚!」
「広井夏樹、15歳。彼氏いない歴15年です」
「あははは。じゃあ、あそこのラウンジに行きましょう」
夏樹が車椅子を押すまでもなく、電動のそれは彼女の操作で軽々と動いていく。
「早川梢様、ようこそ」
ラウンジの男性がそう言って出迎える。
「結婚したから、王子梢よ」
「失礼しました。王子様!」
「あははは、プリンスになった!」
そんなやりとりをラウンジ入り口でやっている。
「この子、私の連れなの。私に気を使って、エコノミーにしたんだけど、座席の変更、お願いできる?」
男性にそう言った。男性はカウンター内の端末を操作してうなづく。
「王子梢様、広井夏樹様の変更終了しました」
思わず、夏樹は『テンペスト』を見る。電子チケットの色が黒に変更されている。
「いいんですか?」
「おばさんに付き合うバイト代だと思ってちょうだい」
そう言ってラウンジの中に進む。
梢の視線が一瞬、夏樹のワンピースの裾で止まる。
「さて、まずは交換しましょうか?私も。だけど」
一瞬、何のことかわからなかったが夏樹が赤面する。病院で目覚めてから一度も、おむつを交換していなかったからだ。この姿で15歳ですと見栄を切った自分が途端に恥ずかしくなる。
ラウンジの奥に多目的トイレがあった。他にもシャワーやパウダールームまであって夏樹は少し驚く。さらに入った多目的トイレも今までのどのトイレよりも広く、おむつまで常備されていた。
梢は慣れた手つきでベットに移り、1人で交換していく。
「こんな足だと、機内での交換は面倒でね。長時間フライト前の恒例行事なのよ」
早速交換しようと思ったが、夏樹はある事実に気づく。
ギブスをした右腕だ。
「……その腕では交換は厳しそうね」
黙って見守っていた梢が口を開いた。
「こっちへいらっしゃい」
何もできず立ち尽くしていた夏樹は、言われた通りに身体を預ける。
(なるほど、『旅は道連れ、世は情け』ね)
そして、気づく。
「なるほど、世界は十分に何でもあり(バリートード)だ」
思わず口にした。
♦︎♦︎♦︎
「夏樹ちゃんが行方不明?」
「羽田の入国手続きまでは追えてる。けれど、『テンペスト』の位置情報もそこで途切れてる」
数日後、佐藤ゆりあが水田マリから報告を受けた。
「……思春期なら、家出もあって当然か……」
ゆりあが少しだけ寂しそうに呟いた。
それを見たマリは黙っていた。
彼女は本当に動揺した時ほど、隠すのが上手い事を知っていたからだった。
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