第99話「水晶宮炎上」
「壁は崩すためじゃなく、超えるもんだよね」
そう言い放ったさくらに、『欧州3大魔女』ユンゲラ=メルケンは返す。
「絶望的状況なの理解できているの?あなたの周囲には『リーンベルの壁』、さらにはこのロボットよ?」
「『火炎放射』!」
字の如く、炎が出る。
「『イージスの盾』!」
魔法で出てきた盾は今度こそ『リーンベルの壁』を破断していく。
「そうか!酸化鉄」
メルケンは元物理学者で、自身も酸化鉄を電流を防ぐ術として活用していた。だから理解は早かった。
「そう。かつてここにあった水晶宮は火災で消失した。鉄とガラスでできた建物が脆かったのは熱で変質したからよ」
一拍置いて、さくらはさらに続ける。
「今も昔も怖いのは『炎上』なのよ。
だいぶ昔とは意味が違うけど」
(炎上——)
火災の事ではない。
暴動でも、爆撃でもない。
一度火がついた感情が、言葉を媒介に広がり、誰も止められなくなる現象。メルケンはそれを、政治の世界で何度も見てきた。そしてそれはなぜかメルケンに味方してきた。
ロボットの中でメルケンは少しだけ笑う。
「言い得て妙ね。でもこちらのロボットの方は酸化対策済みよ。『欧州最大の工業国』を舐めないでいただきたいわ」
起伏のある地面をいとも簡単に二足歩行でロボットは歩く。
(壁は冷戦で作られた。そして炎上は、言葉で起こる)
リーンベルの壁があった頃、世界は単純だった。敵は向こう側にいて、恐怖は目に見える形をしていた。
——今は違う。
(——でも、違う)
あの人なら、もっと早く終わらせていた。
合理的で、冷たく、容赦なく。
この子は違う。
回りくどくて、非効率で、それでも「燃やし続ける」事を選んでいる。
メルケンは優れた魔女である。だから、勝ち目がないのは実はわかっていた。しかし、簡単に棄権する事も許されない立場でもあった。
さくらはその後も火炎放射のみで反撃をしていく。ロボットは焼け落ちたり、機能不全に陥いる事もなく動く。
(おかしい)
効果がない事は分かっているはず。
それでも、火を止めない。
——違う。
狙っているのは、ロボットじゃない。
この空間、そのものだ。
ロボットの攻撃は避け、隙を見つけては火炎放射で攻撃する。
(なぜ、こんなに、かたくな、に……あっ!)
メルケンは気がついた瞬間、意識が暗転した。
「ふぅ、やっと落ちた。中で酸欠起こすまでに結構かかっちゃった」
(炎上は、鎮火させるよりも、燃やし尽くす方が早い事もある)
藤原さくら、決勝進出の瞬間だった。




