第95話「セラフィナ=シルバーフォックス」
昨年9月。余白の国、メルボン。
廊下の窓から、メルボンの灰色の空が見えていた。古い石造りの私立学園。元・連合王国の植民都市の誇りを今も引きずる、『上流階級のための檻』。
わたしは、廊下の隅に立っていた。
教室の扉は、すぐそこにある。
けれど、その向こうには行けない。
わたしの足元に広がる水たまり。
「これで3日連続でしょ?」
「シルバーフォックス家ではトイレの躾もしていないの?」
「学年トップの秀才が情け無いわね」
くすくすという嘲笑と貶める声。
アデレード=クロムエルの取り巻きたち。
声をあげたくてもあげられない。
その『権利』すらない。
『友達』と呼べる人間はとうに離れていき、息を潜めた。
そして放課後、わたしは『覚醒』した。
「やめてよ!なんでこんな事!」
「あら?あなたがこの3日、わたしの懇願を聞き入れた事があって?ねえ?アデレード=クロムエルさん?」
感情のままに魔力を使った。水を生成する魔法を、相手の膀胱内に。相手は一歩も動けず失禁する。
「残念ね。この国の未成年はSNSが禁止されてる。それさえなければネットに今の動画をアップできるのに……」
「お願いよ、セラフィナ!もうやめて!」
後悔があるとすれば、ここで止めておかなかった事。
でも、感情の制御なんてできなかった。むしろ「このまま明日も学校に来たらわたしはもっと酷いことをされる」と思い込んだ。
気がついたらアデレード=クロムエルは息をしていなかった。
余白の国は元・連合王国領。
「魔力」の監視は思った以上に厳格だった。
アデレード家は祖母が魔女だったので幸いにも家族の理解はあった。むしろ、応援さえしてくれて、わたしは『国家の影』になった。
そして余白の国直属の魔法少女となったわたしは、この国始まって以来の魔法の天才と言われた。水と炎、精神感応まで使えたから。
それでも、やはり初めての時の『後悔』はわたしを蝕む。
『魔法』を行使するたびに、膀胱が疼く。あの時アデレードにした仕打ちを自分で体感するように。
♦︎♦︎♦︎
現在。連合王国・ドンロン市街地。
魔法少女ワールドカップ。
祖母も出場した事があったらしい。その時もベスト4。今日勝てれば我が国で初の快挙になる。
準決勝の相手は日本、マコト=ニシダ。防御魔法の使い手。ポイントは2つ。相手が『盾』を出す前に『速攻』を決められるか。もう1つはそれがダメだった場合に盾の隙間を攻められるか。
1回戦のように相手を外に出す戦略が使えないマコトはどう出るだろう。準決勝のフィールドはドンロンシティーの北側半分。
環状高速道路『リングライン』の内側かつ、タイムズ川の北側。
初期位置はカードで指定される。相手の位置はわからない。できるだけ魔力を抑えて、感知に努める。
(あった!いや違う。川の向こう側ね。もう1つの準決勝戦だわ!)
どうやら比較的近い位置に配置されたらしい。わたしがいるのはセントウォール大聖堂。多分、『この人』がいるのは二レミアムブリッジの反対側のパラマーケットかザサーク大聖堂あたりだろう。
(コイツのせいで他の気配が辿りにくいわね)
仕方がなくわたしは歩き出した。ドンロン市街は広い。しかし飛行してしまうと相手に先に見つかるリスクがある。
その時だった。
(これ!使える!)
実証実験用のレンタル電動キックボード。
しかも運営事業者が『余白の国』と同じ。
わたしは即座にスマホを取り出してロックを解除する。
無人のドンロン市街地を軽快に走り抜ける。
シティ・オブ・ドンロン、王国博物館、トッテナム・ストリート……
徒歩なら1時間以上かかる距離。地下鉄も使えないならこれが正解だったとつくづく思う。
(いた!感じるわ!この気配!)
ケンウッドヒル・パーク。
(それにしても、マズイわね)
魔力感知も魔力は使う。
わたしは『魔力』を使うたびに膀胱にそれが溜まっていく。
(相手はまだこちらに気づいてない!やるなら今!)
マコト=ニシダはベンチで試合中だというのに、炭酸飲料とスナック菓子を広げていた。




