第93話「ドンロンの休日④」
「藤原さくら女史、どこか見たいところはあるかね?」
この国の女王・エリザードが操縦するバイクのタンデムシートに座ってホテルのロータリーを出ながら、エリザードが聞いてきた。
「ドンロンは初めてなので、おまかせします」
バイクに乗っているのに、エリザードの笑った気配がした。
「確かに。まずは『有名どころ』を軽く横目に走ってランチとしよう」
そう言って走り出す。
バーミンガム宮殿、ビッグクロック、ドンロンアイ、ドンロン橋……いくつもの観光名所を通り過ぎていく。写真を撮るヒマもなかった。
「さくら女史、止まらずとも『行った』事にはなるのだ」
なるほど。そう考えるとそうかも。
「次は少しディープなドンロンだ」
そう言って、ホワイトチャペルから少し細い路地を進んでいく。
「かつて『日の沈まぬ国』と呼ばれた名残がこのあたりだ」
多言語の看板と観光客のほぼいない通りの通行人。『ドンロン=綺麗な街』ではない事を知る。まあ、東京もそうだけど。
嗅いだ事のない香辛料の匂いの通りを抜けて、女王のバイクは再び速度を上げた。
「ランチってここですか?」
「そうだ。『ワクド』と日本では略すらしいな」
「それは関西圏の人です。日本の多くは『ワック』と言う方が多いですね」
ワクドナルド。
まさかこの国の女王に連れてこられた『ランチ』がワックなんて!
「テイクアウトして、外で食べるぞ、さくら女史」
ドンロンシティ空港のタイムズ川をはさんで反対側の公園でいただく。
「『自由の国』も我が国から独立した『子供』みたいなものだ」
そう言われたらそうかも。
そして、ドンロンのワックは日本よりも肉感が強い。量が多いではなく、肉を食べてると思える味付けだった。
帰ってのお土産話になりそうだ。『女王と食べた』とか『盛ってる』って言われそうだから写真に残しておこう。
手早く昼食を片付け、再びバイクは走り出す。
「さくら女史、飛ぶぞ!」
「え?」
気づいた時にはバイクごと空に浮かぶ。
そのまま東の方角へ。
そしてついたのは……。
「ここってビギナーの部で1回戦やってた場所ですか?」
「あれは『シーランド要塞』。ここはより東にある、『マーゲイト要塞』だ」
大きなカメラの三脚みたいな構造物が海の上に出現する。
「私がさくら女史ぐらいの年の頃、この要塞にいたのだ」
要塞の下部。丁度、三脚とカメラ本体の間の部分にロープが数本垂れ下がっている。
「このロープにぶら下がり、ブランコの要領で垂直に上昇、敵の爆撃機を迎え撃った」
そんな、『王族』なのに?
その心の疑問はエリザード女王に届いたらしい。
「当時の私の序列は3位でね。使えるものはなんでも使わねば、『国民』を守りきれなかったのだ。当初は高射砲で対応できていたが、敵も知恵をつける。高射砲の届かない高度でここを通過するようになった。それで連合王国各地から魔法少女が集められた。『王族』であっても例外なく。だ」
そんな場所になぜ私を連れて来たのだろう?
「『魔法少女』や『魔女』が2度と『兵器』にならない世界を目指す。それがこの『ワールドカップ』の目的だ」
静かに水平線を見ながらエリザード女王は続ける。
「それを『日本』にも知っておいて欲しかったのだ。
『欧州3大魔女』の1人、マリア=ティモシェンコの『ロクライナ』は昨年まで戦争をしていた。マリア=ティモシェンコを前線に投入していれば、『あの半島』を『北の大国』に奪われたまま和平交渉とはならなかっただろうさ。
それでも『ロクライナ』も『マリア=ティモシェンコ』もそうはしなかった。辛かったろうな。自分は戦えないのに、自国民に『戦え』と命令するのは」
そこまで言った時、エリザード女王のスマホが鳴った。
「私だ。どうした?……何だと!……すぐに戻る!」
そう言ってスマホを胸ポケットにしまう。
「すまない、さくら女史。ドンロン市内でテロが起こったようだ。すぐに戻らねばならん!」
その顔は為政者のそれだった。
♦︎♦︎♦︎
ドンロン市内。
「ILF(アイムランド解放戦線)はやっぱり金で動いたわ」
その女は静かに笑った。
「テロを起こす必要あったの?」
少女は聞く。
「『陽動』はね、派手である必要があるの。これで明日の準決勝はドンロン市内をバトルフィールドにできるわ」
静かに、そして楽しそうにマリア=ティモシェンコは笑った。




