第87話「ガスの魔女の毒」
連合王国・シリー諸島沖。
連合王国海軍 旗艦『クイーン・エリザード』特別観覧席。
「ただいま戻りました」
瞬間移動でさくらが戻ってきた。
「さくらちゃん、きちんと送った?」
「はい。大阪まで。私、ニューアークに行った事ないので、大阪の梓さんにお願いしました」
そのやりとりが終わったのを見て、エリザードが口を開く。
「ところで、マリアは先程、ゆりあ女史が来る直前に何を言いかけた?」
マリア=ティモシェンコがなんでもないことのように言う。
「エキスパートで勝ち残ったのは『日本』『欧州の工業国』『連合王国』『ロクライナ』。」
そこでマリアは全員を見渡す。
「でも現状、『さくらちゃんに対抗できそうな選手』がいないって事よ。審判委員長としては、怪我防止のためにも『棄権』しないか?ってお誘いよ」
この場にはその4カ国の引率者が揃っている。それを踏まえてのマリアの発言だった。
「つまり、『戦わず、負けを認めろ』と?」
エリザードの語気が強くなる。あくまで「わかる者には」の範囲であるが。
「そうよ。でも、『それじゃ、面白くない』でしょ?」
悪戯っぽくマリアが笑って言う。
続きを興味深げにエリザードが促す。
「それで?」
「私達は『自由の国』に選手交代を認めた。
ならば、『全ての国』にそれを認めるのよ」
(これは毒だな。ガスの魔女の……)
この中で、ウーチン大統領だけがそれを理解する。
2009年1月、『北の大国』と『ロクライナ』のガス供給交渉。交渉前、そもそもの前提から崩された。欧州を巻き込む『エネルギー危機』として発展させ、気がついた時には遅かった。
先程見た、日本の佐藤ゆりあに通じるものがあった。
「ならば、我が『連合王国』は私が出よう!」
エリザードの言葉に皆がそちらを見る。
「我が国で藤原さくら女史に匹敵できるのは、『私』しかいない」
その言葉を意訳するならば、「藤原さくらは『欧州の3大魔女』と同格」と認める発言である。
「それもそうですわね。『私』も出ましょう」
『鉄の女』ユンゲラ=メルケンの参戦表明。
(これか!『ガスの魔女』の作り出したかった状況は!)
黙って聞いているウーチン大統領は内心で楽しんでいる。所詮は対岸の火事。これほどまでにマリア=ティモシェンコに感謝した事などない。
「それで、どうするのだ?言い出しっぺは?」
エリザードがマリアの方を見ながら言う。
「『女王・エリザード』が出るなら、私が出ても勝てないわ。だから、審判委員長業務に専念するわ。ウチの『若手』にはあなたにぶつかれる『経験』を積ませる事にするわ」
(妙だ。いや、まだ『毒』が隠されている。きっと何かあるはずだ)
誰にも気取られないようウーチン大統領は表情を引き締めた。
「決まりね。では次の対戦カードは……」
・『長田洋子の再来』藤原さくらVS『鉄の女』ユンゲラ=メルケン
・『魔法の国の女王』エリザード4世VS『ロクライナ期待の新星』N
「……こうなるわね。こんな好カードだし、ビギナー1回戦と同じく、『1ON1』でいいよね?」
『ガスの魔女』は静かに笑った。




