第六十七話 黒書
翌朝、朝早くにグローリエルが迎賓館を訪ねてきた。
「おはようグローリエル。突然ごめんね」
ボクがそう言うと「あたいに教えを請うなんて、殊勝な心掛けじゃないか!」と満足そうに胸を反らせた。
どうでもいいが、そのエロスなゴスロリ服で胸を反らせると、胸が服から零れ落ちそうですよ。
まぁ性格を知っているので、全然魅力を感じませんけどね。
グローリエルと共に魔術学院に向かおうとすると「カオル、私達は剣の腕を磨くつもりだ。カオルは魔術の訓練をがんばるのだぞ」と師匠に言われた。
むぅ・・・エリーはわかるけどエルミアもそっちなのか・・・・
悲しかったので、3人に抱き付きそれぞれの頬にキスをした。
「行ってきます!」と元気に言うと「「「いってらっしゃい」」」と笑顔で見送ってくれた。
本当はかなり寂しかった。
でも、たぶん3人は何か考えがあって剣の訓練を優先したのだろう。
ボクが我が侭言ってはいけないと思った。
なんとなく前を歩くグローリエルと手を繋ぐ。
グローリエルはボクに目を向け、ニィっと笑うと「甘えん坊だな、カオルは」と言い手を握り返してくれた。
なんというか、ダンジョンじゃないのにグローリエルがカッコイイおねぇさんに思える。
迎賓館からそれほど離れた距離も無いので、あっというまに魔術学院へ辿り着く。
学院前ではハゲたおじさん、もといアゥストリが待っていてくれた。
「カオル殿!」
ボクの名前を呼ぶと、いつものように握手をされブンブン振り回す。
やはり、これが彼なりの歓迎の仕方なのだろうか?
ボクへの挨拶が終わると「ひさしぶりだな、剣騎グローリエル」ハゲメン・・・じゃなくて、イケメンっぽく爽やかに話しかけるアゥストリ。
グローリエルは嫌そうな顔をして「ご無沙汰してます。先生」と答えた。
おおう!?
アゥストリはグローリエルの先生だったのですね!
教え子が剣騎とか、やっぱり只者ではなかった・・・・
というか、待てよ・・・・
師弟揃って、剣聖とその弟子に戦いを挑んだって事?
なんだ、根底は似た者同士なんじゃないですか。
はぁ・・・・
ちょっと気分が落ち込んだが、師匠達がいないから癒し対象がいない。
後でファルフに癒して貰おう。
魔術学院の中へ案内してもらい、図書館へと向かう。
アゥストリは授業があるため、案内を終えると教室へと向かって行った。
扉を開き図書館へ入ると、その部屋には窓が無く膨大な量の本が高く積み上げられていた。
やばい・・・・この中に篭りたい・・・・・
ボクが最初に思ったのはそんな事だった。
だが!
あきらかに手入れされていない部屋!
これは・・・・
掃除をせねばなるまい!
「グローリエル・・・先に掃除させて」
ボクがそう言うと「そんなめんどくさいことしなくてもいいじゃないか」と否定的な意見を言われる。
むぅ・・・これだから『残念美人』は!
「じゃぁ、5分だけ待って。すぐに済ますから」
ボクはそう言い、グローリエルの答えも聞かずに扉を締める。
時間が無いならしかたがない。
魔法を使おう。
部屋いっぱいに魔法をイメージ。
塵や埃を消し去る・・・・
「『浄化』」
そう呟き魔法を発動させると、部屋中の塵や埃が消え去り清潔な部屋が現れる。
唯一の心残りは、どことなくかび臭い事だろうか。
まぁ蔵書がこれだけあるんだ、仕方が無いだろう。
扉を開けてグローリエルを招き入れると「おお!」と驚いていた。
本当はきちんと掃除したかったんだけどね。
キレイになったところで、備え付けのテーブルと椅子に腰掛ける。
アイテム箱から紅茶セットを取り出し、グローリエルに淹れてあげると喜ばれた。
「さて、それじゃ訓練だが・・・・カオルはあたいが使った魔法『フリンダラ』を一目見て覚えていたよな」
紅茶を飲み干し、そう話し始める。
「はい。グローリエルは火系統が得意と知っていたので、あとはボクが雷で応用しました」
そう答えると「ふむ・・・・」と呟き、顎に手を当て何か考える仕草をした。
しばらくすると「それなら、カオルはあたいよりも魔法のイメージに優れているってことだ。だいたい、あたいと決闘した時だってあれだけの魔法を使いこなせていたんだ。なんだってあたいに魔法を教わりたいだなんて言ったんだい?」と不審そうに目を向ける。
ボクはグローリエルを見詰めて「グローリエルにお願いしたいのは、魔力量を上げる方法とあのダンジョンで使った『ライト』の魔法を教えて欲しいのです」とはっきり言った。
その言葉を聞いたグローリエルがまたも悩み出す。
一頻り悩んだ後「『ライト』の魔法は教えてもいい。だが魔力量を上げる方法はあたいにもわからない」と答えてくれた。
う~ん・・・・困ったぞ・・・・
「グローリエルは元からあれほどの魔力量があったの?」
「ああ。あたいは生まれた時から魔力が人一倍多くてね。ただ、魔法の種類はあんまり無いんだ」と笑いながら話した。
そうなのか・・・・それならばしかたがない、とりあえずライトだけでも教えて貰おう。
グローリエルにライトの魔法を教えて欲しいとお願いすると「あれはな、コツがあるんだ」と言い快く教えてくれた。
難しく考えていたが、教えて貰えば案外簡単だった。
こんなことなら、もっと早くお願いすればよかったね。
無事にダンジョン式『ライト』の魔法を覚えると「丁度いい。魔力量の事なら、ここにある本でも読んでみたらどうだ?もしかしたら、何かヒントがあるかもしれないよ」と提案された。
ふむ・・・・現状手掛かりが無いし、そうしてみよう。
グローリエルにお礼を言うと「いいんだよ!あたいもカオルは気に入っているしね」と笑いながら去って行った。
一緒に探してくれてもいいんじゃ・・・と思ったが『残念美人』モードのグローリエルは、いてもいなくても一緒だろう。
ライトの魔法を教えてくれただけ良しとしよう。
アイテム箱から簡単な食事を出して昼食を終えると、さっそく蔵書を読み漁る。
蔵書は様々な文字で書かれていたが、単語だけならなんとか理解できる。
驚いた事に、ここに納められている本は魔術にかかわる事だけではなく魔工技術や錬金術・国の歴史・料理、中には先日話題にあがった東国『ヤマヌイ』についての記述もあった。
全て漢字で書かれていたからか、日本人のボクにはイメージしやすかった。
建国の歴史や、天守制という統治機構について、どうやらボクが知っている日本の歴史上の江戸幕府などとは少し形態が異なるようだ。
その中でも、ひときわ目に付く文面を見つける。
そこには妖術・忍術について事細かに書かれていたのだ。
忍術ってことは忍者がいるのか・・・こういうところは、江戸とか戦国時代の日本みたいだなぁ・・・
でも、ちょっと憧れちゃうよね。
忍術の記述を丁寧に読む。
どうやら、忍術は魔力ではなく、触媒という物を使って火や水を作り出すらしい。
ふむ・・・魔術師というより、錬金術師に近いのかな?
さきほど読んだ錬金術の本によると『物体を掛け合わせたり、ある物体の作用を利用して新たに作り変える事』を錬金術と広義で言うらしい。
これって、科学反応とかだよね。
う~ん・・・根底での考え方は魔法と同じなのかな?
グローリエルが使う『フリンダラ』は物理エネルギーによる爆発だもんね。
圧縮された酸素とか、水蒸気爆発とか粉塵爆発とか・・・
ある物体の作用を利用して、爆発を起こしているわけだ。
なんか面白いな。
興味を惹かれるものが次々見つかり、簡単にだが流し読みをして次の本へ移るとそこにはボクが欲しかった情報が。
魔力量を上げる方法についてた。
どれどれ・・・
『魔力量を上げるにはとにかく魔力を体内で練り、そして放出する事を続ける』と良いそうだ。
ふむふむ・・・
この練り上げるって魔法をイメージすることなのかな・・・・?
放出は使えって意味だろうけど・・・
練り上げる・・・・難しいなぁ・・・・・・
いっぱい魔法を考えろって事?
それとも使い続けろって意味なのかな?
ボクがうんうん唸っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はいはーい」と声をかけ、ドアを開くとリアが佇んでいた。
あれ?ボクがこの部屋にいるって、誰かに聞いて来たのだろうか?
昨日、アーシェラの隣で意味深に話しを聞いていたのはこれが目的?
不思議に思いながらも「どうしたの?」とリアに聞くと「げ、激励に来ました!」と言い、バスケットを差し出した。
おお!差し入れですか!なんか甘い良い香りがする。
「どうぞ」と部屋へ招き入れ、テーブルの上に広げたままの本を退けて椅子へ座る。
リアはおずおずと部屋へ入るとバスケットの中身をテーブルに取り出した。
部屋いっぱいに甘い香りが立ち込める。
どうやら、香りの正体はリアが取り出したマフィンのようだ。
おお!すっごい美味しそう・・・・
思わず涎が垂れそうになるが、慌てて啜る。
ボクの仕草を見て、リアが嬉しそうに微笑んでいた。
むぅ・・・恥ずかしいところを・・・・
頭使ったから、甘い物が欲しかったんだよね。
ティーポットで紅茶を淹れ、カップを差し出される。
「ありがとう」とお礼を言うと「どういたしまして」と優しく返された。
なんかいいね・・・
師匠達がいなくて、癒しが欲しかったんだ。
っていうか、貴族のような優雅なティータイムですね!
午後のおやつ時だからミッディ・ティーブレイクか・・・
ああ、ボクも名実共に貴族の仲間入りしたんだからこういう優雅な時間も必要ですよね。
実家にいた時は、学校から帰るとよくお母様が一緒・・・・に・・・・
・・・だめだだめだ。
暗い気分になるのはやめよう。
せっかく用意してきてくれたリアに失礼だ。
頭をブンブン振って、嫌な気分を振り払う。
リアはいぶかしげにボクを見ていたが、ボクが笑いかけると顔を赤くしていた。
「どうぞ召し上がれ」とリアに言われ「いただきます」と答えて、マフィンに噛り付く。
ブルーベリーの酸味がマフィン自体の甘さと相まってとても美味しい。
「美味しいよ!ありがとう」とお礼を言うと「よ、よかったです・・・」と、先ほどよりも頬を赤くしていた。
ふむ・・・反応を見るに、どうやらリアが作ってきた物なのかな?
それにしても美味しいなぁ・・・・
今度、ボクも作ってお礼しなきゃだね。
リアと楽しく談笑しながら優雅なティータイムを過ごした。
1時間ほど経つと、再び扉をノックする音が。
「今出ますー」と言いながら扉を開けると、青い騎士服を着た騎士が2名立っていた。
なんだろう?
首を傾げていると、いつのまにかボクの後ろに立っていたリアが「カオル様、楽しいお時間をありがとうございました。私はそろそろ戻らなければなりません」と言い、寂しそうな顔をした。
なるほど・・・皇女様だもんね。
いつまでもここにはいられないか。
リアに「差し入れ、本当にありがとう。嬉しかったよ」と言い、そっと頬に手を添える。
喜んでくれたようで「ま、またお作りしてきます!」と耳まで赤くして答えていた。
2人の騎士に連れられてリアが出て行くと、ボクはまた本を読み漁る。
中断していた、魔力を練り上げるということについてだ。
だが今の所、さきほど見つけた本以上の情報は得られなかった。
むしろ、おもしろそうな本が続々と見つかってしまい、そちらに気を取られるありさまである。
う~ん・・・別に一朝一夕で魔力量を増やそうなんて大胆な事は考えて無いんだけどなぁ・・・
こうなると、益々魔力量の多いグローリエルが羨ましく思えてくる。
だが、ボクはあきらめない!
あきらめたらそこで試合終了だって、誰かが言っていた!
ある意味やけになって、気になった本を読み耽る。
数ある本の中で、1冊異質な本を見つける。
本の外側をぐるりと黒い羊皮で包み込み、何かの文字が空押しされて、本を閉じるためなのか四隅は金具で固定されていた。
なんだろう・・・
なんか禍々しい雰囲気がある。
本を開こうとするが、どんなに力を込めても開く気配がない。
まじまじと本を見詰めると空押しされた文字には『ego』と書かれていた。
エゴ?人、自我とかそういう意味かな?
四隅の金具を調べるが、押しても回しても特に開く気配はない。
う~ん・・・こう隠されると見たくなるよね。
何かヒントは無いのかな・・・・
しかし、満遍なく調べてみても『ego』の文字しか見つからない。
エゴ・・・自我か・・・・反対語だとネゴ?
非我って意味だっけ・・・
哲学だよね・・・・
自我に対立して存在しているいっさいのものか。
この黒い本に対立する物を見つけろって事かね?
まぁいいか。
今日の所は迎賓館へ帰ろう。
お腹空いたし。
テーブルの上に並べた本を片付けていると、扉をノックして師匠とエリー、エルミアがやって来た。
「カオル、迎えに来たぞ」と師匠が言い「今片付けます」と答え急いで本を元の場所へ片付ける。
その時、たまたま手にしたあの黒い本が、突然眩いばかりの光を発する。
驚いた僕は本から手を離すが、本は宙に浮いたまま開き、風も無いのにページがパラパラと捲れた。
いったいなにが起きているのか・・・
眩い光の中、薄目を開けてその様子を見ていると本から白い手が伸びてきて、ボクを掴むと一気に引きずり込んだ。
しばらくすると、眩いばかりの光は消え「パタン」と本が閉じる。
「かお・・・る?」
ヴァルカンの声が響くが、そこにカオルの姿は無かった。
ある物は閉じてしまった黒い本が1つ。
寂しそうに床に転がっていた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。