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龍の血を引く者  作者: また太び
8章 全国魔術師運動大会
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紅哉のいない火神崎家の癒理

「今日も1本も取れなかった………」


「ふぅ……着実に力はついてきていますよ。前は槍の一突き一突きが軽いものでしたが、今では力を込めないと弾けなくなってきました」



紅哉がいない火神崎家で癒理はセレナと特訓をしていた。

槍を地面に刺して何とか倒れず立っている癒理に、セレナは静かに告げる。

荒い息を吐きながら癒理は立ち上がると、セレナに特訓に付き合って貰った事に感謝の意を表して深く頭を下げる。



「手数なら紅哉を上回っていますが、あなたはまだ実戦の経験を余り積んでいない。積んでいないことなど分かっている事です。しかし、そのせいで癒理さんにはパターンせいが見えてくる。紅哉は相手の出方次第でパターンを変える力を身に着けました。あなたも少し実戦のことを考えておくといいでしょう」


「分かりました。考えておきます」


「癒理さん、シャワーを浴びていくといいですよ」


「ありがとうございます」



セレナはそう言って家に入って行く。

癒理が尊敬する人物の中に親はいない。親は家を空けているし、物音なく帰ってくるような忍者。

しかし、紅哉とセレナは別だ。ちゃんと自分の事を見てくれる。そしてあの二人は強い。

そんな二人に鍛えられている癒理に自分はなんて幸せ者なのだろうといつも思う。

少しMっ気が入っているが、この二人限定だ。

周りの評価は『美人だけど怖い、冷たい』というもので、クラスでも美波が話しかけてこない限りいつも窓側の端にある自分の席に座って読書をするだけ。


リンは家に入るなり、舞香とゲームを始めている。

自分のパートナーはなんて気楽なものだ、と思っているが、シャワー室についてこない限り別に文句を言うつもりはない。

癒理はいつも髪をまとめている白い紐をほどくと、足の膝まで届きそうな黒髪がばらける。


一度だけ親に言われた事があった。

その長い髪は切らないのか?と。

あの頃は同年代にそんな長くしている子はいなかったし、癒理自身面倒で切らなかっただけだった。

確かにそろそろ前髪が鬱陶しく思えてきた頃だったので、明日らへん自分で切ろうと思った。しかし、癒理は紅哉に言われた一言で切るのをやめる。



「お前の髪って長いけど、綺麗だよな。俺、舞香しか見た事ないからさ、なんだかお前の髪が珍しいんだよ」



紅哉本人はただ少しだけ気になった程度だったかもしれないが、癒理にとっては衝撃的だった。

それからだろうか。こうやって伸ばして髪をまとめるようになったのは。

癒理は浴室とは違うシャワー室に入り、トレーニングで出た汗を流す。


髪が長いと手入れが大変だ。だが、『綺麗』と言ってくれたあの人のためにと思っていたら、いつの間にかこれが当たり前になっていた。



「はぁ……また大きくなった気が………肩が少し凝りそう…」



胸の膨らみも高校生の平均に比べれば随分と大きい方だ。



「師匠は……大きい方が好きかな……」



そんな事を思って癒理は頭を左右に振る。

彼には既に彼女がいる。私は弟子で、彼は師匠。それでいいのだ。

腹部を見ると、これまで休むことなく身体を鍛えてきたせいか、腹筋が割れている。



「美波や先輩たちは割れていませんでしたね」



この前の林間学校を思い出す。

皆でシャワーを浴びに行ったとき見たが、みんな実に女の子らしい体つきだった。

自分だけが少しおかしい気がして頭を悩ましたが、彼女の英雄はとにかく体つくりが大変なので仕方のない事だと割り切った。


たまにトレーニングを一緒に終えた紅哉が先にシャワーを浴びて上半身裸で出てくるときがあるが、彼の身体は鋼のように鍛えられている。



「ん………」



その時を思い出して今更のように顔を赤くする癒理は自分の頬を両手で叩く。

意識を切り替えた癒理は軽く髪を洗ってシャワー室を出て行った。



「癒理ちゃんお疲れ!はい、これあたしが淹れたレモンティーね」


「ありがとうございます」



リビングに戻ると、テーブルに朱音がティーを置いて行く。

彼女の剣技を見たことがあるが、全然太刀筋が読めなかった。

大剣の一撃を槍で受けた時は手が痺れて、思わず槍を落としてしまったときがある。

朱音はその技を『雷衝らいしょう』と呼んでおり、相手に微弱な電流を流して武器などを持てなくする技らしい。


ただの魔術にもここまで汎用性があるのかと思い、勉強になったりもした。


紅哉と出会ってから癒理は本当に多くの強者と出会う。

ゲイボルグでも貫通する事が出来なかった龍一のギルガメ。

ゲイボルグを幸運で回避するセレナの白虎。

ゲイボルグをその手で掴んで運命を捻じ曲げた紅哉のファーヴニル。

ゲイボルグを冥界に飛ばした舞香のリヴァイアサン。

正直自分のパートナーが弱いと思ったことは一度もない。

むしろ強い部類だと自負しており、一度放てば必ず心臓を貫く魔槍がこうも何人もの相手に破られた事はリンでも驚くべきことだった。


中学時代では考えることが出来なかった日々。

あの頃は毎日が面白くないというか、下らなかった。癒理自身抵抗するのも面倒になってきたので、黙っていただけだったのが余計によくなかった。

日々エスカレートしていく苛めに、一度も泣いたことがない自分が泣きそうになった。


リンは『これはお前の問題だ。オレが手を出すことじゃねぇ』と言って黙っていたので、本当にどうすることも出来なかった。

魔術はてんでダメだし、頼みの綱の英雄も見ているだけ。

そんな時に現れたのが紅哉。

それから毎日紅哉の家で朱音と紅哉に鍛えられて今がある。


癒理はトレーニング終わりの朱音が淹れてくれるレモンティーが密かに楽しみだったりする。

リンは今日も舞香と格闘ゲームで熱くなっており、ソファにはリアが子龍の姿で丸くなって寝ている。



「龍一さ~ん!水全然でないー!」


「あ~ちょっとこっちで洗濯機全部回しているので、少し待っていてください!」


「セレナ……冷蔵庫からジュース…」


「自分で取ってきたらどうですか………」


「いま、手が離せない……リンがしつこい手を…」


「はっはっは!勝てば全部一緒なんだよぉ!」



その様子を全て見ていた癒理は誰にも聞こえない声でそっと呟く。



「悪くないですね。こんな当たり前の日々をくれた師匠には感謝してもしたりません。ありがとうございます、火神崎紅哉さん」



そして握った白い紐は、髪が乾いてからまとめようと癒理は温かいレモンティーを飲みながら思った。

テーブルには大事なマフラー。肌身離さず、一度も付け忘れたことなどなかった紅哉がくれたマフラー。


癒理は自分専用のマグカップをテーブルに置くと、慣れた手つきでマフラーを首に巻く。


もう、あの頃の弱い自分はいない。


平和な日々ということで、余り出番がない?癒理ちゃんの回でした。

全部のキャラクターにスポットライトを当てるのは想像以上に難しく、ただ登場しただけのキャラが増える。これが一番ダメなパターンだと思いますね。

出したからにはそれ相応の事をしてあげたくなるんです。

私、設定とか大好きですからね。

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