男性として危ない紅哉
ヴリトラとニルの言葉をガン無視して俺は帰り通った廊下を歩く。
「ん?この曲は」
途中、通りすがった部屋の中からとても聞き覚えのある曲が流れてきた。
「瑠璃の歌だ。凄いな、言葉の意味が分からなくても瑠璃の歌の良さは伝わるんだな」
『あの子、頑張っているわよね。ホント良い歌』
思わず聞き惚れていると、いつの間にか俺の後ろに誰かがいることに気付いた。
「わあ!?」
「うわ!?」
俺が驚くと、後ろにいた少年は尻餅をついた。あれ?いま日本語で喋らなかったか?
「え、えっと。そ、ソーリー?」
「あ、僕は日本語が分かるよ」
「あ、そうなんだ。ご、ごめんね?君はこの部屋の?」
「うん。兄貴がこの依頼に参加して、僕もついてきたの」
少年は、見たところ中学生と言った所だろうか。まだ幼い顔立ちにしてはしっかりしていそうだ。
恐らく身長は150~160cm間だろう。体つきはそこまで筋肉があるようには見えない。
「お姉ちゃんはどうしてここに?」
「私は、懐かしい歌が聞こえてね?それで少し聞いていたの」
「兄貴が好きな曲なんだ。僕も好き」
「そうなんだ。私もこの歌が好きだよ。実は、私この歌っている人と知り合いなんだよ?」
っと、思わず少年との会話を楽しんでしまった。佐鳥からは極力喋るなと言われているのに。
よほど日本語が伝わらない事に堪えているのだろうか。
「へえ!凄いねお姉ちゃん!」
「それほどでもないよ。君、名前は?」
「僕の名前はラッセルって言うんだ。ファミリーネームまで付けると長いから、ラッセルでいいよ。お姉ちゃんは?」
「私は小春って言うの。ラッセルはこの作戦に参加するの?」
「うん。僕は有能力者だからね。この作戦に参加する魔術師はほとんどいないらしくて、僕は攻撃隊として参加する」
「怖くないの?」
「ん~、兄貴に色々連れ回されていたから、そこまで怖くないかな。でも、魔物は怖い」
どうやら、ラッセルは対人用の魔術くらいしか身に着けていないようだ。感じられるエーテルも僅かだし、CかC-だろう。だがまぁ、魔物には無力でも人に魔術を使うのであれば、これほど強力な武器はない。
「魔物は怖いよね。お姉ちゃんの国でも皆魔物を怖がっている」
「さっき兄貴から聞いたんだけど、お姉ちゃん。ここの人蹴り飛ばしたんだって」
「あぁ………あれね…」
「飛ばされた人、壁突き破ったとか聞いたよ!お姉ちゃん凄いね!」
目を輝かせるラッセルに俺は困ったような顔を、心の中でする。ここまで懐かれるとは思わなかったのだ。
「お兄さんはどんな人?」
「兄貴はね~、僕のヒーロー!」
「ヒーロー?」
「うん!悲しんでいる人を助けたり、悪い奴を懲らしめたりするんだ!今回の作戦で貰える報酬金も、孤児院に募金するんだって」
「かっこいい人なんだね。まさに正義のヒーローだ」
「国から感謝状を何度も貰っているんだよ!僕はいつも兄貴に危ないから待っていろって言われるんだけど、結局着いてくるんだ!」
「お兄さんのお手伝いがしたいのね」
「そうなんだ。兄貴は無能力者だから、僕が兄貴のサポートをするの」
ラッセルの兄さんは相当腕に自信がある人らしい。この兄さんをアヴェンジャーズに見習わせたいくらいだ。
『ラッセル!何をしているんだ?』
『あ、兄貴!』
ラッセルの兄さんとやらが、奥の廊下からゆっくり歩いてきた。
てっきり、傭兵みたく屈強な身体を持った戦士かと思えば、俺と年齢がそう変わらない青年だった。
『兄貴、僕ね、このお姉ちゃんと話していたんだ。それと、小春お姉ちゃんは英語が分からないそうだよ』
「おっと、そうなのか。どうも、こんにちは。ラッセルの兄、バードレイと言います」
「こんにちは。私は小春と言います」
『おお……美しい…』
『何を言っているのさ、兄貴』
「どうかしました?」
「な、なんでもないです。それより、うちのラッセルが迷惑をかけませんでしたか?」
「いえ、私の方こそ呼び止めている形になってしまって、迷惑をかけていたのはこちらです」
「僕は迷惑だなんて思っていないよ!小春お姉ちゃん面白いからね」
「ありがとう」
という俺。何でこんなに自然と女口調がスラスラと出るんだ?これ、結構男性として危ない気がするんだが。
むしろこっちが普通だと思い始め―――――いや待てや!俺は男だぞ!うし、大丈夫。
「あの、小春さんと言いましたか。お、お綺麗ですね」
「あ、ありがとう」
「兄貴ね、いつも傭兵紛いのことしかしないから、小春お姉ちゃんみたいな美人さんに会う機会がないんだよ。子供には大うけするのにね」
「ラ、ラッセル!」
『はっはっはっは!!おいヴリトラ!これは傑作だぞ!』
『この坊や……小春の正体を知った時の絶望を今アタシの脳裏に浮かんだわ…』
会話が急に続かなくなり、俺は佐鳥を一人で待たせるのも悪い気がして、そろそろ帰ろうとした。
「で、では。私はこれで」
「あ、待ってください」
「え?」
手首を掴まれた。ものすっごい怪力だ。というか、俺は男だぞ。バードレイ、君は大変な過ちをしている。
「あ!ごめんなさい!」
「は、はい。では、さようなら」
『やばい、腹が痛くて死にそうだ』
『そのまま死んでしまえ。あと、もうアイス買ってやらね』
『なああああ!?おいマスター!冗談だよな!?嘘だろ!?おい!』
『あ~あ。可哀想ね、この坊やも紅哉も』
ニルを冷たく突き放し、ヴリトラは本当にバードレイの事を心配していた。
『兄貴、何してんの?小春お姉ちゃんは可愛いよ。でもさ、場所を弁えようよ』
『わ、分かっている。俺もどうかしていた……あぁ、小春さん…』
「ただいま戻りました」
「お前、どこ行ってたんだ?トイレにしては長いだろ」
「えっと、帰っている時に瑠璃の歌が聞こえてきたので、思わずつい…」
「瑠璃の歌か。随分と日本に詳しい奴もいるんだな」
特に咎めることなく佐鳥は新聞を読んでいる。
「ええ、その人日本語も喋れるんですよ」
「………小春、お前だべってたのか?」
「は、はい。少々…」
「バレなきゃいいんだがな」
うん、完全にバレていないと思う。というか、好意を持たれているような。
「まぁ、ここにいる奴ら全員女に飢えているからな。お前なんか普通に女として映るんだろうよ」
「バレていない事に嬉しがるのか、悲しくなるのか分からないです……」
「お前さ、随分と自然に女の口調が出来るようになったな。もうお前ずっと女装しててもいいんじゃないのか?」
「い、嫌ですよ。というか自分でも何故こんなに自然と喋れるのか謎なくらいですから」
「紅哉は女として生きることにしましたっと、はい送信」
「ちょ!?またセレナですか!?あの、ホントいい加減やめてください………私、日本に帰るのが辛くなります…」
「おお、あいつ文字打つの速いな」
佐鳥は携帯端末に書かれたメールの内容を俺に見せてきた。
メールの内容はこうだ。
『ちょっと佐鳥!それはどういうことですか!?あ、あの!わたしは旦那様と奥様になんと申し上げればいいのでしょうか!?やっぱり、あれを切り落とす手術も考えた方が…』
「あの、状況がどんどんカオスになって行くんですけど…」
「あれを切り落とすってよ!やばいな!」
「笑っている場合ですか!私は本当に悩んでいるんですよ!?」
俺は分解した端末をすぐに組み立てて、携帯を起動する。すると、メールの受信が120件もあった。恐らく全部セレナだろう。
だから、俺は一通だけ送る事にする。
『全て佐鳥先生が勝手に言っている事だから、気にするな。俺はあれも切り落とさないし、女として生きることも考えていない』
「よし、オーケーだ」
セレナの事だから、佐鳥の冗談を分かってくれるはずだろう。長い付き合いのはずだ。分かってくれる。
それから俺と佐鳥は不毛な争いを2時間も続けた。佐鳥が飯に行くぞと言い、部屋を出る。
「ホントにもう私の周辺を荒らす事はやめてくださいね」
「さあ、どうだろうな?お前らはいつも楽しそうだからな。引っ掻き回したくなるんだよ」
「あなたは天災か何かですか…」
食堂に入ると、職員やら傭兵らが並んでトレイに次々とご飯を受け取って行く。なんだか小学校の給食みたいだ。
「簡単な食事しか出ないからな。期待はするなよ」
「しませんよ……こんな辺境の地に来てうまい飯を食おうとする感性が間違っています」
渡されたご飯は、余りおいしそうに見えないパンと、シチューに牛乳。そしてハンバーグだ。
「欧米人って、肉がないと食事と言わないんでしょうか」
「さぁな。まぁ腹に溜まればいいじゃんか」
佐鳥の言葉に同意して、俺と佐鳥は奥のテーブルに座った。
「隣、いいですか?」
何を言っているのか分からないテレビを見ていると、唐突に話しかけられた。
俺の返事を待たずに座ったのはバードレイとラッセルだった。
「あ、どうぞ」
「こんばんは、小春お姉ちゃん」
「こんばんは、ラッセル、バードレイ」
「あ~そいつらか、お前が言っていた日本語が喋れるという傭兵は」
「はい。兄のバードレイと弟のラッセルです」
佐鳥は特に興味もなさそうにシチューを咀嚼する。
「小春さん、こちらの女性は?」
「私の師匠の佐鳥です」
「あ、なるほど。こんばんは、先ほど紹介がありました、バードレイです。こちらは弟のラッセル」
「おう。お前、若いな。よくこの時代を生き抜いて来たもんだ」
「ええ、よく言われます。俺は魔術こそ使えませんが、銃器の扱いになら長けているので」
「ほう…」
佐鳥の目が細くなる。言うと殴られるので言わないが、佐鳥もれっきとしたミリオタだ。その佐鳥が反応したのだ。バードレイ、お前言葉には気を付けろ。
「ねぇねぇ、小春お姉ちゃん」
「なぁに?」
「小春お姉ちゃんは、明日どこの部隊に行くの?」
「私は攻撃隊だよ。隣にいる佐鳥さんも同じ」
「わーい!佐鳥お姉ちゃんと同じ部隊だー!」
俺は幼女好きでもあるが、別に男の子も大好きだ。こういう無邪気な子供を見ていると癒されるのだ。
隣では、佐鳥が尋問のようにバードレイに武器についてどんどん質問して行く。
バードレイは少し困惑気味ながらも、きっちりと答える。
「頑張ろうね」
「うん!」
『おい、マスターが涎を垂らしているぞ』
『危ないわ。ラッセル君が食べられちゃうわ』
『しねェよ!ただ可愛いな~って思ってただけだ!』
「小春お姉ちゃん難しい顔してるけど、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。ただちょっと嫌な事をあってね」
脳内で笑っている邪龍共に後できっちり落とし前をつけるとして、今は食事だ。
まずくもない、うまくもない至って普通の食事を済ませる。しかし、懐かしくもあった。よく小学校ではシチューにパンを付けて食べていたな、と俺は昔の事を思い出しながら食べていた。
「小春お姉ちゃんまたねー!」
「では、また明日」
元気いっぱいに手を振るラッセルとげっそりしたバードレイは食堂を後にした。
銃器の事を聞けて満足している佐鳥のトレイを俺は片づけて、俺達も食堂を後にする。
小春ちゃんとしての反応が自然になってきましたね~。しかし、こういうホモ展開は書いていて面白いですが、想像すると…おおう……と身震いしそうです。




