新たな旅立ち
「なっはっはっは!」
「あなたも昔から変わりませんね」
佐鳥の声とセレナの声が聞こえた。
「やっと上がったか。こっちは待ってんだよ」
「すんません。というか、約束の時間より早くないですか?」
「ん?まぁセレナと少し話したいのもあった」
なら、待ってねェじゃねェかよ。という言葉は口に出せないので、そこはなるほど、と頷いておく。
「じゃあな、セレナ。少し紅哉を借りるぞ」
「ええ。余り無茶をさせないでくださいね」
「さぁな。おら、行くぞ」
「うっす。んじゃ、行ってくる」
紅哉の出発はセレナと舞香しか見送りはいなかった。変に心配されるのも困るし、これくらいがちょうどいいのだ。
セレナと握手し、舞香の頭を少しだけ撫でて、紅哉は必要最低限の荷物を持って海外へと出発する。
佐鳥の車は軍用車だったのは驚きだが、もっと驚くべきことを言われた。
ここからは紅哉視点となる。
「紅哉、あっちに着いたら女装しろ」
「なんですって?」
俺は今の言葉を絞り出すのに10秒とかかった。
「お前のパートナーも有名だ。そしてお前の顔も有名なんだよ」
「納得したくないですね」
「仕方ねェだろ。日本じゃ『仕返し』は少ないんだが、あっちじゃ当たり前だ」
「『仕返し』ですか……」
ここで軽く説明しておくと、仕返しとはそのままの意味だ。やれたらやり返す。ここで佐鳥が言う意味は、殺されたら殺り返すってことだ。日本では警察が優秀なため、仕返しが少ないが。あちらでは別らしい。
「お前、殺されるのと女装どっちを取るよ」
「殺されるのは勘弁です……」
「それと、今から声も直しておけ。お前はうちのクラスでも女に近い声を持ってるが、それでも一発で男と分かる。笑わないから練習しておけよ」
佐鳥は片手で車を運転しながらバックからウィッグを取り出した。ウィッグはとても長く、前髪で目まで隠れそうだ。
「お前の色に合わせた赤色だ。これもかぶれ。まぁメイクは別にいいか、お前はまだ若いからな」
ウィッグが外れないように被ると、佐鳥は鏡を寄越す。
そこには紅哉などいなかった。
「悪くないな。よし、何か言ってみろ」
「…………あの、どうでしょうか?」
出来るだけ声のトーンを上げて喋る。正直死にたかった。せめての救いは、いつもの佐鳥ではなく、軍人のような佐鳥が笑わないことだろうか。
「お前、女装の才能があるんじゃないか?」
「俺、こんな才能いらなかったです」
「ん、あと俺ってのも直しておけ。俺っていう一人称の女なんていないぞ」
ニルはオレって言いますけどね、などと言わず俺は、佐鳥の言葉にこくりと頷いた。
「あと、服装だな。少し待っていろ」
佐鳥は近くの服屋に車を停めると、中へ入って行く。
『くっくっく、マスター似合っているぞ』
『紅哉も可愛いものね。もう別人だわ』
『そうか、別人と来たか………紅哉紅哉紅哉……』
『名前を考えているの?そうねぇ…紅哉は男らしいものね。火神崎紅哉でしょ~?小春とかどう?』
『なるほど、紅から取ったのだな。面白い』
『お前ら……!笑っているのか!?』
『笑ってなどいないわよ。むしろ関心しているのよ?あなたの美少女っぷりに』
『そうだぞ。オレの目から見ても紅哉だとは思えん』
『こ、この…!』
「おい、紅哉。買ったから着替えぞ」
「あ、はい」
俺は袋を持っている佐鳥に連れられて、試着室へ入る。
「着替え方が分からなかったら、迷わずあたしに聞けよ。特殊便で行くが、余り待たせるのも悪い」
「分かりました」
袋を開けると、目を背けたくなるような服ばかりだ。別に過激というわけじゃないんだが、女の子物というのに過剰に反応してしまう。
「パンツもちゃんとはけよ。何かの拍子で見えてしまったときに男物ってのはまずい」
「わ、分かってますよ…」
俺は本当いま死にたい。レースがあしらった黒い下着を付けて、次にこれはなんだろう。
『紅哉、それはパットというものじゃないかしら?』
『パット?』
『ええ。胸のなさをカバーするものよ。水着などに入れるって舞香から聞いたわ』
『俺が着ける必要はあるのか…?』
『さぁ?佐鳥先生に聞いてみたら?』
「あの、佐鳥先生。パットは着ける意味あるのですか?」
「ん~。まぁ別につけなくてもいいか。日本人は貧乳が多いからな。それで通じるか」
「は、はぁ」
とりあえず、これは置いておくとして。次にブラジャーを付けるのだが、うまく行かない。
『サイドフックね。慣れるまで難しいわよ』
『お前なんでそんなに詳しいんだ?』
ニルのツッコミに俺も同意する。なんとか苦戦しつつも着けることに成功する。
佐鳥が買って来た物は、いわゆるパンクスタイルと言うのだろうか。
まず黒と赤の縞々のニーソックスを穿く。
そして次に、ホント申し訳程度の長さしかないズボンにはジャラジャラとチェーンが付いている、深い赤色と黒のチェック柄のズボンを穿いた。
上着は、この季節には寒いかもしれないが、肩から先はなく、何やら白い字で色々英語で書かれた黒い服を着る。
「はぁ……もう死にたい…」
「着れたか?」
「はい、一応着れました」
佐鳥はガラっと試着室を勝手に開けて、俺を見る。まじまじみられると、恥ずかしすぎて逃げたくなる。
「ちゃんとサイズは合っているようだな。よし、行くぞ」
それだけ言うと、佐鳥はスタスタと店を出て行ってしまった。
俺もそれに続いて出て行こうとした時、店員さんにこういわれる。
「まぁ!お客様、とっても似合ってらっしゃいますよ!お綺麗ですね!」
「あ、ありがとうございます…」
『綺麗だってよ』
『ええ、アタシの目から見ても可愛いわ』
俺は逃げるように店から出て行った。
「なァ紅哉」
「はい?」
「お前の姿、さっきセレナに送ったからな」
「え!?ちょっと何してるんですか!?」
「そろそろ電話来るんじゃないのか?」
佐鳥がそう言った瞬間に俺の携帯が電話の着信を知らせる。
「うわあああ!出たくないい!どうしてくれるんですか?!」
「面白そうだったからな!あっはっはっは!ほら、出ろよ」
「くっそォ……もしもし」
『紅哉!?どうしたんですか!?佐鳥から添付ファイルが送られてきましたが、これはなんですか!?』
「と、とりあえず落ち着け!」
『わ、わかりました……我ながらちょっと興奮してしまい…』
「いや、俺の龍って有名だからさ…それで顔もそれなりに知られているわけだから佐鳥先生に女装しろって言われてな…」
『な、なるほど……あなた、女装すると奥様そっくりですね。よく似合っていますよ』
「……………褒め言葉として受け取っておく…」
『しかし、一瞬誰かと思いましたよ。この写真、舞香に見せても?』
「ダメに決まってんだろうがああああ!」
『紅哉、女の子を演じないとダメですよ。ふむ、分かりました。この写真はわたしのフォルダに永久保存しておきますね』
「や、やめてくれえええ………もうこれ黒歴史…」
『では、頑張ってくださいね』
そこで通話は終了した。まだセレナ分ましだったのかもしれない。
「いや~面白いな。んで、あと2つ言う事がある。もうあたしの事は先生って呼ぶなよ。せめて佐鳥さんにしておけ。それと、紅哉ってのはダメだ。なんて呼べばいい?」
「え、えっと。こ、小春で」
『お?ヴリトラ、お前の名前が採用されたぞ』
『嬉しいわ、こ・は・る♪』
完全に面白がっているニルとヴリトラを無視して、俺は佐鳥に自分の偽名を告げた。
「了解した。んじゃ、小春。そろそろ空港だから荷物の準備をしておけ」
「は、はい。分かりました」
男物の服を折り畳んでビニール袋へ入れる。これは空港のロッカーに置いて行くそうだ。
間もなくすると、車は空港へ着いた。
空港には今も忙しなく飛行機が出入りしている。
車から降りると、タバコを吸っている佐鳥が一つの飛行機を指差した。
「あたしたちが乗る飛行機はあれだ。まぁ簡単に言うと自家用ジェット機だ」
「なんでそんな物を持っているんですか?」
「あたしが軍人の頃の階級は中佐だ。これくらい持っていておかしくないだろ?」
唖然とする俺を置いて、佐鳥はさっさと空港へ入る。佐鳥は受付に行くと、何やら黒いカードを出すなり、荷物検査もなく☆と描かれているゲートをくぐって行く。
「このゲートはなんですか?」
「このゲートは個人用で使うゲートだ。さっきのあたしの飛行機もこのゲートの先にある」
俺はコインロッカーに着くと、さっき脱いだ服を押しこんで佐鳥を追う。
飛行機は既にスタンバイ状態になっており、いつでも離陸できるそうだ。
「あっちに着くまで6時間だ。それまで寝ておけよ」
シートベルトを装着しながら佐鳥はそう言った。佐鳥は英語で運転手に何かを言うと、飛行機が動き出した。
「もうすぐ離陸する。あたしがいいって言うまでシートベルトを外すなよ」
「分かりました」
己の身にかかるGに耐えながら、飛行機は日本の地を旅立った。飛行機が雲の上まで来ると佐鳥から外していい、と言われた。
俺はしばらく外の景色を見ていたが、外は真っ暗で何も見えない。
早々に飽きてしまった俺は寝ることにした。
自分で紅哉が女装した姿を思い描いてみたんですけど、完璧な美少女ですね。背が高いだけで、あとは普通の女の子です。っとここまでにしておいて、遂に紅哉はアメリカへ旅立ちます。さて、これから彼はどうなるんでしょうか




