喧嘩と絆。そしてニルの本当の力
紅哉達もシャワーを浴びて静かになった夜に、紅哉はニルに言われた。
「アイスが食べたい」
「あぁ、そうだった」
約束を忘れそうになり、まだやっている売店へ行くとばったり佐鳥と会ってしまった。
「うげッ!」
「お前、人の顔を見るなりそれはないだろが」
「いや、マジですんません……」
紅哉はこれで買ってこいと100円玉をニルへ預けると、ニルはたったったとアイス売り場へ駆けて行った。
「先生はまだ寝ないんですか?」
「まぁな。アタシは酒にはめっぽう強くてな、全然酔えないんだよ」
確かに、さっきも一升瓶を2本飲んでいた佐鳥の顔は全然酔った様子も見えない。
「そうだ紅哉。先生は気分が良いから面白い事を話してやる」
ちょっと来い、ともうやっていない食堂の椅子に紅哉を座らせた。
「アタシが強い理由知っているか?」
いきなり自分の強さを語られて紅哉の顔は困惑を極めた。
「まぁ分からねぇよな。お前はセレナからアタシのこと聞いていないのか?」
「ん?先生は何故セレナのこと?」
「あれ?聞いてないのかよ?アタシはな、あいつの大学時代の友達なんだよ」
「マジっすか!?」
「あぁ、大学時代ブイブイ言わせていたんだぜ?それで男どもなんか寄ってこなかったんだが…」
それは容易に想像が出来た。荒っぽい佐鳥に白い死神と言われたセレナに男が寄ってくるはずがない。むしろ恐れられる存在だ。
「ま、そんな事もあってアタシもセレナも毎日飽きない日を過ごしていたんだぜ。アタシが進路を教師にすると言ったとき、あいつ笑いやがったんだぞ。絶対できっこないってさ」
「なるほど……」
紅哉は言えなかった。セレナに同意したことを。
「お前も思うだろ?アタシって正直教師に向いてないだろ?」
「ええ、とても向いているとは思えな――っと!?」
挙動など見せずにノーモーションで飛んできたナイフを紅哉は紙一重で躱す。
「まぁアタシも分かっているさ。アタシがお前らに教えていることってなんだ?」
「どんな相手にもひるまない強い精神力です。正直、佐鳥先生の殺気を受けたおかげで俺達3組は舞香のリヴァイアサンの龍の威圧に怯みまないようになりました」
「それは褒め言葉なのか分からないが……」
「立派な褒め言葉アアア!?っと、危ないじゃないっすか」
また飛んできたナイフを避けて、冷や汗を垂らす紅哉に佐鳥は何も言わない。
因みに佐鳥のパートナーはマネマネという非常に珍しい魔物だ。
自分が覚えている物なら何でも複製する事が出来るという稀有な能力を持ち、このコンバットナイフも軍人であった佐鳥故に出来たものだろう。
「アタシから見れば舞香もまだまだひよっこだ。リヴァイアサンの力に頼るだけの戦闘しかしないし、もっと燃費の良い戦いだって出来るはずだ。でも、ウィザードタイプじゃないセレナには舞香を教える事は出来ないのだろうな。実際それで勝てているから舞香本人もこのスタイルを変えようと思わない」
どうして今日の佐鳥はこんなに饒舌なのだろうか。いつもの佐鳥ならば殺気を常に纏っていて喋るなり紅哉達をいびるような女なのだが。
「お前、今度アタシと一緒に海外へ来い。大人用の任務を見せてやる」
「それ本気ですか…?」
「本気だ。お前、このままじゃいつまで経っても舞香に負けたままだぞ」
佐鳥の目は純粋に教え子を鍛えてやる、という目だった。
「アメリカだ。今度アタシは任務でそこに行く。報酬金は2億」
「2ッ!?2億!?」
「お前もそろそろ分かって来ただろ。この任務のやばさが」
「どんな任務ですか」
「お前の舞香みたいな子の救出だ。アホな犯罪者は幼い子供達をさらって来て非道な人体実験をする。それをアタシたちで助ける。もちろん必要であれば人も殺す」
その言葉に紅哉は息が詰まった。人を殺すと言う単語に……――――
「お前のパートナーは世に知られ過ぎている。使う事は出来ないぞ。使うなら、己の身体だけだ」
「依頼者は……分かるはずがないか…」
「あぁ。匿名だ」
考えるんだな、と言って佐鳥は席を立った。残された紅哉はしばらく動けずにいた。
「おいマスター。いつまでそこにいるつもりだ。話は全部聞いていたが、なるほど。あの女はお前に一皮むけて欲しいがために辛い選択をするのだな」
ニルは佐鳥がいなくなったのを見計らってアイスを食べながら出てきた。
「なァニル。人を殺すってどんな感じだ?」
「なんも感じない。オレはそんなこと日常茶飯事だったしな。なァマスター。お前はこれから一流の魔術師になるんだろ?それなら犯罪者を殺すことだってあり得ることなんじゃないのか?」
「お前は…人殺しを肯定するのか…!」
「マスターこそいつまでガキみたいなこと言っているんだ!」
ニルは立ち上がった紅哉の胸倉を掴んで外まで投げ飛ばした。
「確かにお前はまだ16歳のガキだ。でもな、いつまでがガキなんだ?いつからが大人なんだ?」
マスターと呼ばなくなったニルは倒れている紅哉を見下す。その目にはニルが敵に向ける目そのものだった。
「なに訳知り顔で語ってんだ!」
「お前こそいつまでこの状況に甘えているんだ!」
紅哉の拳とニルの拳が交差して互いの頬に突き刺さる。
紅哉は一瞬で身体を強化して龍の拳を受けれる身体にする。ニルもエーテルを高めて紅哉の魔術で強化された拳を防御する。
紅哉とニルの喧嘩は久しぶりだった。これで4度目だろうか。小学生の頃に2度、中学生の頃に1度、これで4度目だ。
「あぁ、確かにお前は邪龍で人をたくさん殺したな!だからあの言葉も全然お前には響かないだろうな!」
「はん!お前こそこの世が誰も人殺しなどしていないとでも思っているのか!」
二人ともほぼ同時に繰り出した周り蹴りはぶつかり合い、反動で後ろへ下がる。
紅哉とニルが喧嘩をするときはいつも本気だ。小学生の頃にした喧嘩もニルが紅哉を10m飛ばして紅哉が入院したこともあったし、中学の時は全身打撲で学校を休んだこともあった。
だが、紅哉の練度が高まった今は違う。龍の一撃を最小限までへらし、それを起点に攻撃に移る紅哉にニルは嬉しくも思っていた。
『マスター、よくぞここまで成長した』と。
そんな事も知らない紅哉はニルへ本気の一撃を与え続ける。
「俺はこのままじゃ弱いままだ!だけどな!人殺しまでして手に入れる力ってなんだよ!」
「知らんわ!お前はそこまでして人を殺したくないのか!」
「あぁ!したくないね!」
「ちょ、ちょっとこれどういう状況!?」
っとそこに美波と癒理たちが現れた。さっきの爆発音から起きて来てみたのだろう。
「と、止めないと!癒理ちゃん!」
「いえ、これは止めてはダメです。私は一度だけニルと師匠の喧嘩を見たことがあります。これはニルの挑戦でもあるのです」
「ちょ、挑戦ってどういうことっすか!?これマジもんの喧嘩っすよね!?」
「ニルは……お兄様を試している………ニルはお兄様の成長を確かめているの…」
「うん。美波さんと直人君が知らないのも無理はないね。ニルはね、紅哉くんの第2の師匠でもあるの。こうやって喧嘩をしてどこまで成長したのかを見ている」
「ニルはとても不器用だから……お兄様とどう接したらいいのか分からないの……結果いつもこういう風に喧嘩になるの…」
舞香は先生に知られるとまずいと思い、ここ辺り一帯を防音の結界を貼る。
豊姫も蔭ながらサポートし、防音を安定させる。
「なんだかパートナーとマスターが喧嘩するって普通ないですよね」
「ないね。でも、この二人は特別なの」
舞踏を踊っているように見える。
実際は本当に喧嘩しているだけなのだが、磨かれた拳技は見ている者を魅了する。
「お前は強くなりたいんだろ!ならば!どうすればいいか分かるはずだ!」
「ごふッ!くッ!それが分からないから悩んでいるんだろうが!」
「んんッ!?何でもオレに答えを求めるな!自分で考えろボケェ!!」
紅哉の拳がニルの顔を真横を通り過ぎると、ニルはここぞとばかりにがら空きの顔面へ渾身の一撃を叩き込んだ。
紅哉は一瞬で空いている左手でガードするが――――
ドオオオオオオオン――――――結界を破って紅哉は15mも吹き飛ばされた。
「今回もニルの勝ちっと……やっぱりまだお兄様はニルに勝てないね…」
「あ~あ……紅哉くん大丈夫?」
完全に気絶している紅哉に回復の術式を組み始めた豊姫と美波。舞香と直人と癒理、リンはニルへと歩み寄った。
「今日も派手に飛ばしたね…」
「なんだ、見ていたのか」
「途中からね……お兄様はあなたから見てどう…?」
「大分出来るようになった。まだまだがな」
首を鳴らしながらニルは紅哉のポケットから財布を取ると、アイス売り場へと行ってしまった。
「あれ、大丈夫なんすか?紅哉先輩白目向いてるっすけど」
「大丈夫。後は豊姫先輩と美波さんがよくしてくれるはず」
「あの後仲が悪くなったりしないんすか?」
「ううん……後はじっくり二人で話し合って仲直りする…」
「不思議な関係っすね~」
「今回の喧嘩は少し違うようだ。まぁオレの知ったこっちゃないがな」
リンは欠伸をすると霊体化した。癒理もそれは感じており、師匠の葛藤を読み取った。
「強くなりたい…ですか…」
癒理は白目向いて気絶している紅哉に目を向けて、ポツリとそう言葉を漏らした。
「…………あ~あ、今回も俺の負けか」
「あぁ、マスターの負けだ。代償として千円貰ったぞ」
深夜、誰もいない川に紅哉とニルの姿があった。完全に回復した紅哉は隣でアイスを食べているニルを睨めつけて、財布をぶんどる。
「んで、マスターはどうするんだ」
「俺、佐鳥先生について行く。人殺しはしない。戦意を奪うか、行動不能にする」
「上出来だ。相手はプロだが、ちゃんと言った代わりにはそれを貫けよ」
「あぁ、もちろんだ。お前は使えないが、あいつを借りる」
「あいつ?」
「ヴリトラ」
「なるほどな。ヴリトラは誰にも知られていない。それにあいつは影から攻撃も出来るしな」
「俺の体術で切り抜けられるほど甘くはないくらいは分かってる。だから、舞香からあいつを借りる」
「制御は任せろ。まぁあいつはマスターを気に入っているから、暴走はないと思うが」
「瑠璃にはまたストレスをためてしまいそうだな…」
「仕方ないだろ。行くのはいつだったか?」
「来週の火曜日だ。明日佐鳥先生に返事をする」
「分かった」
紅哉とニルは拳をぶつけてお互いの絆を確かめあった。
拳と拳を合わせた瞬間、ニルと紅哉の間に眩い光が生まれた。
「な、なんだ!?」
「む!?これは!」
どうやらニルだけ掴めるらしく、紅哉にはただ異様に明るいだけのものにしか見えない。
「おい、ニル……それはなんだ?」
「…………」
「おい!ってば!」
「懐かしい力だ……」
「はぁ?懐かしい?」
「うむ。どうやら、これはオレが忘れていた力らしい」
ニルは立ち上がると、紅哉を見る。
「マスター。これがあればリアを倒せるかもしれない」
「なんだって!?そんな凄いものなのか!?」
「マスター、頭をかせ」
ニルは紅哉の頭をガシ!と掴むと紅哉に自分の額を合わせた。
それはニルが見た記憶だった。
断片的にしか分からないが、いま紅哉が見ているニルはこんな白銀に輝いてなどいないし、ましてや翼からして違う。
「プハァ!?い、いまのは!?」
「オレの真の姿だ。聖龍ファーヴニル・バハムート。今のオレは邪龍だが、邪龍になる前のオレの姿だ。まぁバハムートを嫌っていたせいであの姿を捨てたが、どうやら戻る日が近いらしい」
「真の姿?バハムート?お前が聖龍だった?」
「うむ。オレが龍の里にいたのは覚えていたよな」
「あぁ。リアも他の龍族もみんなそこにいたんだろ?」
その言葉にニルは肯定を示す。
「オレとリア。つまり龍族は、最初はみんな聖龍だった。だが、時代が進むごとにものの考え方や、行動の違いから邪龍になるやつが多く、龍の里には聖龍と呼ばれるもの自体が異端と呼ばれるようになってしまった」
初耳だった。邪龍は元から邪龍ではなく、みな最初は聖龍だったことに。
「んじゃ、なんだ。アジダハーカもグリンデルもヴリトラも、みんな聖龍だったのか?」
「そうだ。まぁこれは聞いた話だけどな。オレが生まれた頃には邪龍がいることが普通だったし、同期のヴリトラもすぐ邪龍になった。そもそも邪龍が人間と会話すること自体奇跡に近いんだぞ?」
「まぁグリンデルが良い例だよな。あいつ、出会い頭に攻撃仕掛けてくるもんな」
「聖龍は邪龍と関わりたくないから表には滅多に出て来ない。リアも聖龍だが、あいつは一年中寝ているような奴だからな」
基準が分からなくなってきた。神すらも恐れるリヴァイアサンが聖龍。何をすれば邪龍になるのだろう。
「そんなの簡単だ。破壊衝動、蹂躙とか色々あるが、まずはドラゴンと言えば幻想種最強となっているだろう。では、ドラゴンの本とか読んだことがあるマスターは、ドラゴンの思ったことを言ってほしい」
「そうだな~。絵本とかだと、よく悪さをしたりして人を困らせたりするかな。あとは人間が悪さをした時に出てくるとか」
「なんだ、分かっているじゃないか。ドラゴンとは最も神に影響力を持つ生命だ。だから、むやみに人間に干渉して生態系を崩すのは邪龍。人間が道を外して世界に悪影響となると認識された時に出てくるのが聖龍」
オレは少し悪さをし過ぎたな…とポツリと漏らす。
「まぁこんなもんだ。つまりオレのこの力を使えば邪龍が嫌いな聖の力に抗う事が出来る。知っているか?いつもオレがリアに押し負ける理由は相性が悪いからなんだぞ?オレは闇だから聖が嫌いなんだ。闇はあらゆる攻撃に対して耐性を持つが、聖にはめっぽう弱い」
「なんとなくそれは分かっていたさ。ヴリトラと戦った時に感じた痛みがリアとは全然違ったしな」
「分かっているならいい。だから――――」
そこでニルは言葉を切る。もちろん紅哉も次に言う言葉は分かっている。
『絶対に勝つぞ』
ニルは光を握りつぶすと、静かに光は粒子となってニルの中に吸収されていった。
殴り合い。アツいですね~。そして今回は紅哉くんの力がいまいちセレナとかに隠れてしまっているので、ここで強烈な力を入れてみました。ふっふっふ、みなさん驚くと思いますよ~




