四条家と瑠璃の昔話
「結局負けかよ…」
「水がなければ私たちの勝ちではなかったね…」
そこにはお通夜のような雰囲気の3組の姿があった。今日ほど勝利に近づけた日はないので余計に落ち込んでいる。
しかし、それを見て2組は同情などしない。すれば、彼ら彼女らはきっと怒り狂う事なのだから。
「惜しかったね……お兄様…」
「舞香か…」
「リアはね、陸でも戦えるように水対策はばっちりなんだよ……まだ、お兄様が知らない技があるから楽しみにしていてね…」
舞香は自分が追い詰められた事を喜んでいるのか、スキップして実習室を出て行った。
「はぁ……教室帰るの気が重いな…」
「いつもの事だよ…」
肩をがっくり落として俺と豊姫は実習室を後にした。
俺達はビクビクしながら佐鳥が来るのを待っていた。もちろんみんな朝に言われた事を覚えているからこそ余計に震えているのだ。
そしてその時は遂に来た――――
「よう!お前ら!特に連絡はないから後は飯にしていいぞー」
『え!?』
誰もが目を疑った。あの、あの佐鳥が上機嫌なのだ。もはやこれは夏に雪が降るレベルであり、にわかに信じがたい事だった。
「あぁ?なんかあたしになんかあんのかよ?」
『いえ、特に何もありません』
クラス全体が息を揃えて言うと、佐鳥は特に気にした様子もなく教室を出て行った。
「おいおい……今日核ミサイルでも降るのか…?」
「だよな…もしかすると人類滅亡かもしれん…」
「佐鳥先生凄い上機嫌だったよね…」
やはり皆先ほどの佐鳥が気になるようで、誰も食堂や購買に行こうとしない。
「と、とりあえず俺の命は助かったか…」
「良かったね、紅哉くん」
「あぁ……朝からビビったぜ……セレナに鍛えて貰っているからそれなりに不意打ちには長けていると思っていたんだけど、あれはマジで避けれない」
俺は豊姫を食堂に誘い教室を出た。
「お、癒理と美波じゃないか」
「こんにちは、師匠」
「こ、こんにちは!先輩!」
食堂に行くと、そこにはカレーを食べている癒理と美波の姿があった。
俺と豊姫は定食を持って自分の弟子の隣に座る。癒理は言われるまでもなく、俺と豊姫の水を持って来てくれた。
「仲良くしてるか?こいつ余り喋らないだろ?」
「いえいえ!そんなことありませんよ!癒理さんとは仲良くしています」
「それならいいんだけどな。うん、おいしい」
「そういえば、美波さんと癒理さんって今日初めて要塞崩しをやったんだよね?どうだった?」
「えっと、それがですね。圧勝でした!」
「おや?結構最初は戸惑うものなんだけどな。それに今年の一年生は優秀な子が多いからな、結構いい勝負をすると思ったんだが」
豊姫も俺の言葉に頷いて、美波の次の言葉を待つ。
「確かに戸惑いましたが、癒理さんが無双してくれまして、あっという間に終わっちゃったんです」
「あぁ……そりゃあそうだな」
隣で熱いお茶をすする癒理はただ静観しているだけだ。
「癒理、お前はどうだった?」
「私の世代はみなウィザードタイプが多いようです。私のような近接に勝負を持ち込まれると対応できない者が多く、あっさり倒せましたね」
「流石癒理さんだね。私も紅哉くんと模擬戦した時は怖かったよ。龍のオーラが怖くて怖くてたまらなかったな~」
「龍のオーラですか?」
「ええ、師匠のパートナーファーヴニルには龍族だけが持ち得ている特性があります。それが龍の威厳です。格下の敵ならばこのオーラを浴びただけで気絶、もしくはパフォーマンス率が落ちます」
自分の事なので俺が答えようとした時には癒理が嬉々として語っていた。
その説明に美波は興味津々、豊姫までもが納得気に聞いている。
「そっか、だから舞香さんのリヴァイアサンの前だといつもどおりの火力が出せないんだね」
「そうだ。俺はニルのオーラで相殺しているから大丈夫だが、このオーラがなかったら俺も能力が落ちていただろうな」
「私も舞香さんの前では動きが多少鈍くなります。やはり龍族は別格ですね」
おかわりのお茶を取って来るのか、癒理は席を立つ。
「先輩って凄いんですね。普段は何をなされているのですか?」
「普段は特に何もしてないよ。していると言えば早朝のトレーニングくらいかな」
「凄いんだよ、紅哉くん達のトレーニング。セレナさんっていう紅哉くん直属のガードマンがいるんだけど、その人と毎朝徒手格闘を行っているの」
「セレナさんはとても素晴らしい方です。私も相手してもらっていますが、素手で私の槍をいなすあの方は素直に尊敬に値します」
「お前、戻って来るの早いな」
何事もなかったかのように癒理は新しいお茶を持って席に座る。座っている場所からお茶のある場所まで結構離れているのだが、どういうことなのだろうか。
「セレナさんは凄く強いんだ。紅哉くんでもあっさり負けちゃうくらいだもんね」
「ニルもセレナのパートナーに負けていつも悔しがっているんだよ」
「私のクーフーリンもセレナさんの白虎には勝てません。スピードではこちらが勝っているはずなのですが、あちらの技量の方が上なのでしょうね」
「な、なんだが凄い人ですね…!先輩を倒し、癒理さんでも歯が立たない人とは……」
「セレナの家系が皆超人揃いなんだ。父親は素手でBランク程度の魔物を倒せるし、母親は刀の達人、長女のセレナは大学時代白い死神と言われるほどだし、次女のアイリは天才と言われるほどの頭脳の持ち主だしな」
「す、凄い家系だね……私はまだセレナさんしか会ったことがないけど、他の人にも会ってみたいな」
「私はクロフィードさんと麗華さんとなら会ったことがあります」
「は!?お前どこで会ったんだよ!?俺知らないぞ!?」
突然のカミングアウトに俺は驚いた。癒理はセレナとの接点はあったが、父親と母親のクロフィード、麗華とは全く接点がないはずだ。
「ある日師匠の家から帰っているときにですね、いきなり襲い掛かって来て応戦したのですよ。2分くらいでしょうか、それくらいのやり取りでクロフィードさんが満足した顔で、セレナが押した子だけはある!と言ったのですよ」
「なんじゃそりゃ……」
クロフィードは身長2m近い巨漢である。そんな男がいきなり襲い掛かってくる図など想像もしたくもない。
「どうやらセレナさんから腕を見て欲しいと言われたそうで、私の力量を測っていたそうです。もし、ダメなら2度と師匠に近づくことは許されなかったそうです」
ただ淡々と語る癒理は己の重大さに気づいているだろうか。クロフィードが認めるのは早々ない事だ。あの巨漢は弟子など取らないし、癒理の真の奥に眠る才能を見抜いてこその言葉だったのだろう。
「それでその後に麗華さんがお詫びとしてお弁当をくれたのです」
「癒理さんは、その怖くなかったの?わ、私なら腰が抜けちゃいそうな感じです…」
「正直言うと怖かったです。セレナさんより化け物だと感じましたしね。2分で終わった時は心の底から生を実感しました」
「俺はな~子供の頃に少しだけ鍛えて貰ったキリだしな。んで、クロフィードさんの一撃は重いだろ」
「重いどころじゃないですね。槍が折れるかと思いました。リンも脳内でずっと受けるな、躱せと叫んでいましたし」
「英雄でも焦るのか。やはりあの人は恐ろしい」
「私のペガサスでもダメかな……」
「……無理だと思います。あの拳は対術式ですし、純粋な力比べでないと突破は難しいです」
癒理は豊姫の言葉に少し躊躇いがちに言った。俺も癒理と同じ回答だった。あれを受けようと考える時点で負けている。
「大分話が逸れましたが、とりあえず師匠の家のガードマンはとても同じ人間には思えない、と言った所でしょうか」
そこで癒理が話を戻しつつまとめた。今の話を聞いた後に癒理の言葉には全員納得するのであった。
「へぇ、そんな事があったんだ~?私もクロフィードさんと麗華さん、そしてアイリさんに会ったことあるよ~」
「お前もか?にしてもアイリもなのか」
家に帰ると先に瑠璃は帰って来ており、ソファーに座っている彼女に今日の出来事を話していた。
「私は特にそういう腕試しはなかったけど、麗華さんと小1時間くらい話していたかな。今度お家にいらっしゃいって言われて行った頃があってね、その時にアイリさんと会ったんだ」
「俺に何の連絡もないんだけど……」
「でも紅くん、実家とは仲が悪いでしょ~?まぁそれはともかくね、炎道家で一日中いたかな?車椅子に座った直海さんと庭の花を見てたり、麗華さんのお料理を食べたり、アイリさんには新開発した機械で遊んでいたね。セレナさんとはそこで初めて会ったんだけど、凄く紅くんの事気にしていたよ」
「めっちゃ馴染んでいるな……後の男二人は?」
「雅文さんはその時留守だったかな。クロフィードさんには肩車してもらって庭を全速力で駆けて貰ったよ。あれ、凄い面白かったなー」
「流石超人だな………四条家は個性的な人ばっかりだろ?俺も結構お世話になったな」
「そうだね~。アイリさんはね、結構ドジなんだ。新しい機械作っても部品が1個余ったりして動かなくなっちゃったりするの。天才なのにね……ぷぷぷ…」
瑠璃は思い出し笑いをして楽しそうだ。
「直海は何か言ってなかったか?いきなり瑠璃が来て驚いただろ」
「ううん。凄い普通に接してくれたよ。優しい人だったな。思わずお母さんって呼んじゃってさ、その時謝ったら直海さんはね別に呼んでくれていいんだよって言ってくれたんだ」
えへへ、と瑠璃は心の底から嬉しそうに笑う。瑠璃の両親はもうこの世にはいない。その直海の言葉には瑠璃を癒すものがあった。
「あいつさ、ニルにも私の事はお母さんって呼んでねって言ったんだよ。それからニルも満更じゃない雰囲気でさ、直海の事をお母さんって呼ぶし、子供の頃の俺はその事に嫉妬していたんだぜ。情けない限りだけどな」
「なんだ、紅くんもお母さんっ子じゃない。あの家といつか仲直りできる日が来るといいね」
「まぁ、そうだな。その時は舞香の感情が戻っている日だろうな」
紅哉の言葉に瑠璃は少しだけ驚いた風に見せてから、すぐにそれは笑顔になった。紅哉の心の変化に瑠璃も嬉しかったのだろう。
「あれ、紅くん。林間学校っていつだっけ?」
「来週だな。でも、どうしてだ?3年生は参加出来ないだろ?」
「そうなんだよね~。私は別にお仕事だも~ん」
「行きたかったんだな……」
ソファにゴロリと倒れた瑠璃は明らかに不機嫌だった。彼女がこうやって俺の家に滞在できる時間も今週のみだ。
明日は浅見パークランドに行くので、そこで機嫌が治るといいが。
「ねぇねぇ紅哉君」
「ん?どうかした?朱音さん」
リビングで休んでいると朱音さんが話しかけてきた。それもせんべいを食べながら。
「明日浅見パークランドに行くんだよね?」
「その予定だが?」
「ふ~ん……分かった!それだけだからじゃあね!」
「なんなんだ…?」
脱兎の如く朱音さんは去って行った。取り残された俺は何の事やらという状態で、しばし固まっていた。
「よし、ニル頼むぞ」
「………あいよ」
「ニルちゃんお願いねー!」
欠伸をしながらニルは俺と瑠璃を乗せて空へ羽ばたいた。
今日は浅見パークランドへ行く約束していた日だ。ニルには事前に言っておいたのだが、どうも彼女は朝が弱いらしい。
「行ったね」
「行った……」
それを確認した朱音と舞香は玄関から出てくる。
「でも……私は今日やる事がある…」
「あら?舞香ちゃんもお出かけ?」
「ん……今日はちょっと遠くまで行ってくる…」
「そっかー。それならセレナちゃん連れて行こうっと」
「セレナ…?セレナがついて行くと思うの…?」
「ん~難しいかもしれないね~。でもまぁ、なんだかんだ言って結局は付いてくると思うよ」
「セレナはお人好しだから…」
「というより頼まれたら断れない感じだからね~」
何故か指を鳴らしながら朱音を舞香はずっと見ていた。
「……朱音…ある意味凄い人…」
『ホントフレンドリーな方ですね。私が言うのもなんですが、面白い人です』
リアが褒めるほどだった
こうして見るとあまり、紅哉と瑠璃って絡んでませんね。
どちらかというと豊姫の方がよっぽど絡んでいる気がする。




