天馬の壁
「はぁあああ!!」
豊姫は迫りくる無数の弾幕を己が自慢する要塞の如き防御系の魔術で防ぐ。
そこから更に攻撃へ転じるべく、以前舞香に少しだけ高速詠唱のコツを教えて貰った事をフルに使って相手の僅かな隙を狙う。
相手とはもちろんペガサスだ。
しかし、流石と言うべきか、ペガサスは2度同じ技を喰らう時に対し耐性が出来るのだ。
そのせいで豊姫がせっかく見出した隙すらもペガサスの身体に触れるだけで消滅してしまう。
『紅哉くんが言った通りだね……味方の時は本当に心強いけど、敵になるとここまで厄介だなんて…』
これを毎回相手していた舞香のリヴァイアサンがどれほど強大な敵かを知らされる瞬間でもあった。
それでも豊姫はやるしかない。後ろになど下がれないのだ。
『ペガサスを出し抜くには一度も使ってなく、なおかつ強力な魔術が必要になってくる。この弾幕の嵐の中で悠長に術式を組んでいる暇など無きに等しいね……』
現在も空中を飛び回りながら光の翼から放たれる光弾を防ぎつつ、何とか隙を見出しているこの状況で豊姫が使える最強の最上級クラスの魔術を練る暇などない。
『なら…………危険だけど、高速詠唱しか…手は………』
いくら精神世界とは言え、ここで本当に死んでしまえば現実世界にも影響を及ぼすと玲奈は強く豊姫たちに聞かせた。
もちろん彼女も重々承知だ。
しかし、高速詠唱をこの状況で習得するしか道はない。
『日を跨いで舞香さんに………ダメ、舞香さんは今アメリカなんだ……』
アーデルトという選択肢もあったが、昨日の彼女の様子を見る限り未来の瑠璃から託された永久幻術の解読で忙しく、豊姫の話など聞いている暇もないだろう。
『やっぱりやるしか……』
その時、豊姫は震えてしまった。
「あっ!」
己の恐怖が術式に影響し、盾となって防いでくれていた魔術障壁がペガサスの光弾によって突破されてしまったのだ。
「げほっ!げほっ!立たなくちゃ…!」
6メートルほど吹き飛ばされた豊姫は足に力を入れて立ち上がる。
ペガサスは豊姫が立ち上がるのを待っているのか、空中で静止してじっと彼女の事を見ている。
「大丈夫。まだ私はやれるよ。私ともう一度勝負してくれる?」
ペガサスはそれに応えるかのように美しい翼を大きく羽ばたかせて舞い始める。
「防ぐ事だけに集中すれば練る事も出来るかもしれない……高速詠唱は最後にしよう」
失敗を恐れた豊姫は、まず障壁を維持する事だけにしてもう片方では別の魔術を練るという、高等技術である加重魔術操作をやる事に決めた。
「失敗しても片腕だけで済む……!」
豊姫は発動に入った。
左手を前に突きだし障壁を生み出す。右手では、紫色の術式が腕にリングのようにぐるぐると回転している。
「ペガサスは聖属性。なら、弱点である闇の上に位置する暗黒……うっ…!」
黒よりも深い闇色に変わったリングが豊姫を締め付けた。
これは暴走一歩手前の状況であり、豊姫の額に脂汗が浮かぶ。
「まだ…まだ大丈夫……」
自分を落ち着かせて暴走を徐々に抑えて制御して行く。
数秒すると、腕を締め付けていたリングが解かれてまた豊姫の腕をぐるぐると回りだす。
「私はあんまり暗黒系は得意じゃないんだけど…ね!」
豊姫は後ろに一歩下がると同時にわざと魔術障壁を解いて光弾を地面に着弾させる。
砂埃が舞う事により、豊姫の姿を視認する事が出来なくなったペガサスは、彼女の出方を窺う形となった。
「そこッ!!」
ペガサスの背後に炎の塊が迫る。
しかし、ただ振り向くだけでこれを無効化してみせた。そしてすぐペガサスは声がした下を見るが、豊姫の姿がない。
「これもさっきの続きで、私万能とか言われているけど、実はただ使えるだけであって実用化には程遠いんだ」
再び背後から声がしたのでペガサスは今度光弾を放ちながら振り返った。
「だからホント舞香さんは尊敬しているんだ。あんなに豊富な魔術が使えて、どれも一級品。私は天才だからって言っているけど、陰でいっぱい努力した事くらい私には分かるよ」
次は四方八方から聞こえてくる。
ペガサスはどの方向を向けばいいのか分からなくなってしまい、挙動不審な行動を繰り返す。
「だけど、私だっていつまでも苦手なままにしておくほど馬鹿じゃない!」
ペガサスは天を見た。
そこには巨大な魔法陣が幾重にも浮かんでおり、色はどんな黒よりも深い闇。
それを見るなりペガサスは翼を広げて攻撃態勢に入る――――
「遅いよ!!行って!私の全力!ダークネメシス!!」
この魔術を発動するには時間をかけねばならなかった。
先ほどの加重魔術操作では限界があり、このままではやはり暴走すると悟った豊姫は障壁を捨てて相手を騙す幻術を用いることで、完成までの時間を稼ぐことに成功した。
豊姫の声と共に発動が解かれた魔術は、一斉にペガサスに襲い掛かる。
龍の息吹に等しい暗黒の奔流は幾重の魔術が重なり膨大なエーテルの塊と化す。
上級の上の最上級に位置するダークネメシスは豊姫が使える最強の魔術の一つである。
伊達に学校では万能万能言われていないのだ。
何故彼女がこんな大がかりな最上級魔術が使えるのか、それは母親の存在が大きい。
家ではおっとりとした性格でどこか抜けているような母親だが、魔術師の才能は最高クラスである。
そんな彼女が豊姫に渡したのが代々豊姫家に受け継がれてきた秘術であるこの魔術だ。
一般的に最上級魔術は魔術師が使える限界の魔術とも言われており、世の中にはまだ数種類の術式しか知られておらず、この豊姫の扱う術式はとても希少なものでもある。
「お願い!!倒れて!!」
2度目はない。
ペガサスの能力により、2度目の攻撃に対し耐性を持つようになる事は豊姫が一番よく分かっている。
だからこそ、この一撃に全てを賭けていた。
聖属性に対する唯一の弱点である暗黒。そして自分が放てる最高の魔術。
欠点を挙げるとすれば、自分が暗黒が得意な魔術師ではない事くらいだろうか。
ダークネメシスの発動限界に達すると、最初から何もなかったかのように術式は虚空に消えていく。
豊姫は地上に着地するなりペガサスがいる砂埃が立つ場所を凝視する。
自分が持つエーテルの大部分をこの術式に込めてしまった。これでダメならば豊姫は負けである。
もう一度現実に戻って作戦の練り直しから始めなくてはならない。
だからこそ、この一撃で決めたい。
そして砂埃が止んだ先には――――……
「嘘……」
身体から血を噴き出すペガサスが立っていた。
翼もボロボロになり、あの美しい姿からは想像もできないほど傷だらけだった。
しかし、それでも天馬は倒れず豊姫をただじっと見ていた。
「ダメだったの……」
豊姫はその場にへたり込んでしまった。
そんな彼女を見たペガサスは近寄り、前足の蹄を鳴らす。
「え…?」
ペガサスは喋る事は出来ない。
しかし、豊姫には彼が何を言いたいのかしっかりと理解する事が出来た。
「もう少しで私を倒せるって…?」
天馬は頷くと、もう一度蹄を鳴らす。
「分かった……私、出直してくるね。次はあなたを倒すから」
ペガサスはその回答に満足したのか、ボロボロの翼を青く輝かせる。
すると、豊姫は奇妙な浮遊感と共に視界が暗転した。
凪咲ちゃんの後に真面目な展開を盛り込んでくる、と。
やっぱり私ってギャグ展開書くの苦手なようです。ま~これからも何度か挑戦していきたいと思います。
真面目な展開ばかり続くのはつまらないと思うのです。




