アイドルと不穏な風向き
「それで舞香、お前の弟子は決まったのか?」
学校帰り、俺と舞香、途中まで道が同じな豊姫と弟子二人の5人で街を歩いていた。
さっきの広場で舞香の姿を見なかった俺は、この機会に舞香へ訪ねてみることにする。
「ううん………やっぱりこういうのは龍一とセレナに聞いた方がいいかなって思って、まだ決めてない…」
「それが一番だな。俺は元から決まっていたとは言え、お前は立派な魔術師だ。もっと慎重に決めた方がいいにきまっている。それにセレナと龍一に考えて貰えば、俺から何もいう事はないしな」
「うん。正直、弟子なんていらないけど……これは規則だから仕方なく作ってあげるだけ………私から教わる事なんて何もないと思うのだけれど…」
「俺が言うのもどうかと思うが、お前の術式は基本工程をすっ飛ばしていきなり作り上げるからな、教わるも何も相手も同じレベルじゃないと話にならない」
「あ、そういうのを高速詠唱って言うんだよ。普通は大学の専門科に入って卒業するくらいに身に着ける技術なんだけど、舞香さんは才能があるから自力で習得したみたいだね」
俺の隣にいた豊姫が舞香の技術について詳しく説明してくれた。やはり豊姫は何かと情報通である。
「へぇ、だから舞香は一から組み上げることもなくいきなり魔術を使えるのか」
「分からない……気が付いたら覚えてたから…」
「高速詠唱には種類があって、まず舞香さんがやってのける高速詠唱は一番難易度の高い瞬間高速詠唱っていうモノで、頭の中で術式を構築してそれを現実に置き換える。すると一瞬で術式を構築したようになるからこういう名称が付いたんだ。でもね、これは本当に使う魔術に精通していなくちゃダメだから相当難しいの。それで二つ目は物質に予め使う術式を込めておく物体高速詠唱だね。これが一番ホピュラーな高速詠唱かな。これは高等部3年辺りで習う物で、エーテルを受け入れる事が出来る特殊な魔法石などを媒介にして、それに予め作っておいた術式を記憶させて使う時に一瞬で術式を取り出せるって事なの」
豊姫先生の解説に俺はなるほど、と頷き美波は目を輝かせる。その反面興味のない舞香と癒理はどこでも溢れている日常の雑音としか思っていない。
「とにかく舞香はとても高度な事をさも当然にやっていた、という事でいいんだな?」
「そうだね。瞬間高速詠唱は術式全てを頭の中で行うから、一つでも間違うと収束させていたエーテル粒子が身体の中で散って魔力の暴走を引き起こすの。魔力の暴走は言わずとも分かると思うけど、神経がズタズタになったり、身体がボロボロになっちゃうんだ。だから、瞬間高速詠唱を使う人は少ないし、いつも死と隣り合わせの行為だから本当に術式に精通してなければ使えない禁忌の技、と言ってもいいかもね」
「でも、舞香ならそんなヘマしないだろ」
「うん……今まで術式構成を誤った事もないし、初めて使う魔術も全部高速詠唱で終わらせている…」
「流石舞香さんだね。本当に魔術師としては舞香さんに敵う気がしないよ」
苦笑いしながら豊姫は舞香の言葉に感心している。基本的この二人は仲が良く学校で友達の少ない同士気が合うようだ。
「す、凄いんですね…!流石日本最年少にして世界から封印指定を貰った魔術師です…!」
まだ目を輝かせている美波は尊敬の眼差しで舞香を見ている。そんな様子に舞香は一瞬だけ視線を投げてから、またいつも通りのどこを見ているのか分からない舞香に戻る。
「あのね美波さん。封印指定はそこまで良いものじゃないんだよ。封印指定は行動に制限が出来るの。まずユニゾンの禁止、ユニゾン自体出来るパートナーは限られていてとても希少な存在だけど、それも禁止。それとA+以上の魔術使用の禁止。まぁ舞香さん自体魔術師としては破格のエーテル保有量に才能もあるからBランク程度の魔術でもAランクに届くくらいの威力は持っているからここは余り重要ではないかもしれない。あと無闇にパートナーを顕現させてはいけない。舞香さんのパートナーリヴァイアサンはとても大きいからこういう都市で顕現させると公共物を破壊してしまう可能性が出るの」
「でも、そこは俺がなんとかお偉いさんと掛け合って色々こっちも条件を出した。まず学校での使用を認めさせることと、家での顕現を許可させた。後は緊急時には担当の者に連絡をし、了承を得たら顕現を認める事になった。無闇に顕現出来ないとなるとまだ学生の身分でありながら封印指定を貰った身としては余りにも理不尽だからな。後は最後にVR空間での使用も許可されたぞ。あれは直接現実に影響を及ぼさないから特に問題はない、と言われた」
舞香の封印指定について喋っていると、道の曲がり角をもの凄い速さで車が曲がって来て俺達の前で止まった。
「あれ?このスカイブルー色の車は確か…」
「はぁい!紅くん!」
後部座席のドアが開くと同時に一人の少女が俺に抱きついてきた。
「っつ……って瑠璃か。久しぶりだな」
「うん!仕事終わってすぐ来たよ!」
身長は160cm程度で、膝まで伸びる髪は吸い込まれるような群青色。そして並みのモデルなど歯牙にもかけないようなスタイル。豊姫もかなりの美少女だと思うが、こちらはまた違った美しさがある。豊姫が清楚だとするとこちらは活発な、と言った所だろうか。
「あ、あの…だ、誰ですか…?この黒髪の人は…」
美波の声に全員が頭をかしげる。少し沈黙してから瑠璃は「はっ!」と声をあげる。
「ご、ごめん!普通私の姿をさらしちゃうと面倒な事になっちゃうから、自分に幻術かけてたんだった。え、えと?こちらの女の子は?名前が分からないと認識対象に出来ないんだけど…」
「瑠璃先輩、この子は私の弟子になった上条美波です」
すかさず豊姫が瑠璃に声をかけてサポートする。それに瑠璃は「オーケーオーケー」と答えて、数秒後美波は息をのんだ。
「え!?まさかこの人は!?」
「そ、この人は須野原瑠璃先輩。私たちの1個上の3年生で、もう気付いていると思うけど、アイドル活動も行っているよ」
キラン☆とウィンクして豊姫の紹介に乗る。しかし、腕に抱きつかれて歩きずらい。
「補足説明すると……お兄様と瑠璃は付き合っている…」
『なッ!?』
場が凍りつく。これは俺と瑠璃だけの秘密であり、誰にも言ってないのだが。
「まぁ師匠と瑠璃さんの事を見ていれば、私でも気づきます」
恋愛に鈍感な癒理でさ気付くとは、もしや豊姫まで――――
「え!?そうだったの!?」
気付いてはいなかったようだ。
「豊姫気付かないの……?会うたびにべたべたしてて気付かないとか……」
呆れた、とは言わずに舞香はさっさと歩いて今日発売するゲームを買うために街へ消えた。
グレネードを爆発させた後に残るのはもちろん沈黙。
その後誰も喋らず無言で帰り道を歩いていた。何故か豊姫の視線が痛い気がするが、彼女の表情は瑠璃と会ってから嬉しいのか、今まで見せた事のない笑顔だった。
しかし、顔が笑っていないのは俺の杞憂なのだろうか。
「そ、それじゃ私はこっちなので……さようならです、先輩方」
「私もこっち。それでは師匠、また明日…」
途中で気まずそうに去っていく美波といつも通りの癒理が俺達とは別の道へと歩いていった。
あの二人、仲はいいのだろうか。以前に俺は癒理に仲良くしておけとメールを送ったが、ちゃんと俺の命令、としてではなく自分の感情に従って付き合ってもらいたいな。
なんて思っているが、それを癒理に求めるのは間違っているかもしれない。あいつの趣味は修行修行修行修行――――暇さえあれば己の身体を苛めるような戦闘狂とも言えない程の人間?だ。
初めて会った時はあんな子ではなかったのだが、どこで変わったのかは思い出せない。
「はァ……美波さんに任せるしかないな。俺がとやかく言った所でお節介もいいとこだ」
「あ、紅哉くんが言ったんだ?さっき美波さんから癒理さんとお友達になれました!ってメールが来てね、ちょっと喜んでたんだ。癒理さんって余り喋らない人だから美波さんも話しかけずらいんじゃないかなって心配してたの」
「癒理ちゃんは本当に喋らないよね~。私にも喋ってくれるようになったのは最近だもん」
「あいつは元から無口だったわけじゃなかった気がするんだが……まぁ変わってしまったのは仕方ないな」
「紅くんのこと信用してるもんね。癒理ちゃんが紅くんに向ける目は信頼と尊敬が混じった瞳をしてるよ」
「瑠璃先輩って人を見る目があるんですね。私、そういうの全然分からなくて」
鞄を肩にかけ直しながら豊姫は瑠璃に賞賛を口にする。
「私は~ほら、芸能活動とかしてるから、番組のプロデューサーを見てこの人は今日機嫌悪そうだな~とか、お!この人は私を買ってくれる人だから精一杯頑張ろう!ってなんだか感じちゃうんだよね。そういう人の視線に敏感というか、勝手に覚えちゃったのかな?」
「視線に敏感なのは良い事だ。相手の殺気にも敏感になるし、索敵にも優れる」
うんうん、と頷きながら言うと女子二人から変な目で見られた。
「なんだよ、何か間違った事を言ったか?」
「いやぁ~なんというか」
「やっぱり紅くんだな~ってね」
共通意識があったのか、二人とも顔を合わせて、ねーと言っている。
なんだか負けた気がした俺は二人から視線を外して前を向くと自動販売機の下に手を伸ばしている一人の女性が目に入った。
「なんだあれ?お金でも落としたのか?――――――――まぁ、手伝うか」
豊姫と話している瑠璃に鞄を預けて俺はワイシャツの袖をまくって女性に近づいた。
「大丈夫ですか?良ければ俺が取りましょうか?」
「あ!すみません、ジュースを買おうとしたらお札が下に入ってしまって」
財布を開けて小銭ないアピールをする若い女性は立ち上がってもう一度すみません、と通過儀礼を果たす。
俺も「いえいえ」と言って自動販売機の下に手を伸ばすとそこで魔術の術式を組み上げる。
「風でいいか」
飛ばす突風を起こすのではなく、吸い込む小さな竜巻を起こして手の平にゴミやら全てを集めた。
「ん、これか」
一つだけ紙幣独特の触り心地が手の平に当たり、くしゃくしゃにしてしまわないように掴んで立ち上がる。
「これですね?」
「はい!ありがとうございます!お礼に何か好きなジュースを買ってあげましょう」
「い、いえ!お構いなく。お気持ちだけで結構ですよ」
本当に何か買おうと思っていた女性は紙幣を入れるのをやめて少しだけ残念そうに「あら、そうですか」とだけ言って財布にしまった。
「では、俺も友達を待たせているので」
頭を下げて身体に付いたゴミをぱっぱと手で払い、女性の横を通り過ぎると―――
「今日は火神崎舞香に会いに来たのだけれど、お生憎様留守のようだったわ。また会いに来るわね」
「え…?」
俺が女性の脇を通り過ぎると同時にふとそんな事を言われた。慌てて後ろに振り替えるとそこには微かでありながら強大な力を持ったエーテル粒子だけしか残されていなかった。
「なんだったんだ…?」
「紅くーん!行くよー!」
「あれ?紅哉くんって何してたの?」
先に行っていた二人が何してんだろう?と顔を見合わせている。
「お前らには見えてなかったのか?そこの自動販売機で女の人がお金落としてさ、それ手伝ってたんだよ」
「そうだったんだ。私に鞄寄越して自動販売機にジュース買いに向かったかと思うと、一人でなんか喋ってるし」
「うん。私もびっくりしたよ。紅哉くん、いきなり自動販売機の下に手を入れるんだもん」
「見えてなかったのか……」
「紅くんが嘘を言うと思えない。それに私を欺くほどの幻術使いなんて、そう多いと思えないから………もしかすると心当たりはあるかもしれない。紅くん、その人の格好とか特徴何か覚えてる?」
同じ系統魔術師として気になる所があるのだろう。俺はさっきの女性の格好や身長など覚えている範囲で言っていくと、それにつれて瑠璃の顔は疑い深い表情となっていく。
「こんな感じなんだが、って瑠璃大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」
「瑠璃先輩、汗が酷いですよ…?」
「う、うん。私は大丈夫……あり得ないよ…あの人は死んだはずじゃ…」
「死んだはず…?どういう事だ?」
「詳しい事は紅くんの家に帰ってからにしようか。豊姫ちゃんもここまで来たら気になるでしょう?」
「もちろんです。ここで何も聞かなかった、なんていきません」
「紅くんもそれでいいよね?」
「あぁ、ここで帰れって言っても帰る豊姫じゃないからな」
諦め風に言うと、豊姫は顔を輝かせた。本当のところは危ない目に合わせたくないのが本心なのだが。
「んじゃ!ダッシュで帰ろう!紅くん!ニルちゃん出して!」
「出番だってさ」
「オレは乗り物じゃないんだが……」
そう言ってニルは渋々了解し、巨龍となって俺、瑠璃、豊姫の順番で乗ったのを確認したニルは赤く染まった夕日の空へと飛翔するのだった。
『我が主、そろそろ夕飯のお時間です』
「うん……知ってる。お腹空いて来たしね…帰らないと…」
『テレポートの使用は禁止ですよ』
「そうだね……この前、お兄様に怒られたばかりだから…」
この前、うっかりテレポートの座標を間違って学校の一部を破壊してしまったときに、俺の許可なく使用するな、と言われたのだ。
「一万回にあるかどうかなのに……どうして座標を間違ったんだろう…」
『それは我が主が寝ぼけていたからです』
「あれ…?そうなの…?」
『はい、朱音様に起こされたのにも関わらず、二度寝をした主が焦って引き起こした事故です』
街から少し離れた河川をゲームの入った袋を持ちながら歩く舞香は辺りから見れば独り言をしている電波少女に見えるだろう。
「あ、お兄様のニルだ……どうしたんだろう…」
『ホントですね。急を要すことでも起きたのでしょうか』
我が家に向かって大空を羽ばたく漆黒の龍が見えた舞香は不思議そうに眺めていた。
「いたいた。あなた、火神崎舞香でいいのよね?」
舞香に声をかけてきたのは、さっきまで紅哉と話していた魔術師だった。貴婦人を思わせるような黒いドレスに毒を思わせる紫の装飾品。
そして桁違いの魔術師特有のエーテル放出。強い魔術師は身体に閉じ込めているエーテルが余りにも多いと溢れだすものなのだ。
舞香も常にエーテルを放出しているためによく魔物に襲われたりする。
「あなた……誰…?」
『我が主、戦闘準備を』
『うん。この人…見たことがある。私と同じ人……』
「そんな身構えないでくださいな。わたくしはただお話をしに来ただけですから」
手を振って敵意がない事を示すが、舞香は警戒心を解いてはいない。自分と同じ技量を持った者ならば高速詠唱を可能としているはずだから、何の動作もなく魔術を発動することも可能なのだ。
「私から……話す事はない…」
「つれないお人……わたくしはただ穏便に事を済ませたいのですが」
「リア……」
「はい、我が主」
不意を突いたリアの顕現。出現すると同時に強烈なブリザードを発生させて舞香の前方は目も開けれないくらいの吹雪に見舞われる。
「逃がしませんわ」
そして世界は暗転する。貧血に似たぐらつきと共に闇が広がり、目を開けるとそこは魔界の腐食林だった。
「固有結界……?ううん、これは幻想空間…」
「当たりですわ。わたくしもまだその領域には達しておりませんの」
足音のした方に振りかえるとそこにはヤギの骸骨を被り、まるで死神を模した骸骨の兵士が無数出現していた。
舞香はそれにひるむこともなく端末を取り出し日本政府の番号をに電話を掛ける。
「もしもし、限定解除をお願い……」
『え!?舞香さん状況を!』
「忙しいから手短に言う……対象、封印指定魔術師ナンバーⅣ影宮アーデルトとの戦闘により、一時的にユニゾンの許可を求める…」
『それ本当ですか!?わ、分かりました!いま解除します!』
話しの分かる男で助かった。彼の名は封印指定魔術師ナンバーⅦ担当の枯野広川と言う若い舞香を担当する政府の者だ。
「映像は……人工衛星から拾って…」
『了解しました!舞香さん!頑張ってください!』
ピッ!と通話を切り律儀に待っていてくれた相手の後ろの骸骨集団を凝視する。
「リア……」
「我が主の考えで当たっているかと思われます。彼女は影宮アーデルト、そして恐らくパートナーは死神ハーデスです」
「そう……」
「お話は終わったかしら?」
「終わった……とりあえず、あなたにやられるつもりはないから……」
小さい声で『ユニゾン…』と呟くと碧い閃光が暗い森の隅々まで光が迸り、舞香の身体に光が集まる。
光が収まるとそこには古代魔術師のような蒼いローブと右手に長く輝く鍵に似た黄金の杖を携えた一人の大魔術師が存在していた。
「あなたのユニゾンは情報が無きに等しいので、これはレアなものが見れましたわね」
アーデルトの声に反応せず舞香は頭上で黄金の杖を高速で回り始める。それは徐々に光を集めてやがて舞香はその名を呼ぶ。
「おいで……地獄の番犬ケルベロス、呪いをその身に刻みし邪龍ヴリトラ……」
「召喚士ですって!?」
たんッ―――杖を地面に突き刺すと黒い魔法陣と紫色の魔法陣が描かれ、そこから這い上がる魔物が姿を現した。
「グルルルルルルル……」
「グオオオオオオオオオン!」
体長が5mあるかと思われる3つ首の魔犬と漆黒の炎を身に纏うトカゲ状の龍が雄叫びを挙げる。
「う~ん!久しぶりにこっちの世界に来た気がするわ」
「ヴリトラ、今は目の前の敵を潰す事を考えるのだ」
綺麗な女性の声で久しぶりの現界を喜ぶヴリトラに、目の前にいる骸骨兵を睨みつけるケルベロスが野太い声で警戒をしろ、と言う。
「二人とも……久しぶり…」
人間よりも遥かに知能がある魔犬と邪龍に話しかける舞香はどこか楽しそうだ。
「ちょっと舞香、ここどこよ?」
「見て分からんのか。ここはあの魔術師の結界内だ」
「へぇ?なかなか強そうね。この景色は見慣れたものだけど、華やかさがないわ」
長い舌をチロチロと出して骸骨兵の奥にいるアーデルトを見据える。どうやらヴリトラにとってこの腐食林は見覚えがあるそうだ。
「舞香よ、結界内で戦うか」
3つ首の一つが舞香の方を向いてそう尋ねる。
「うん……リアが破壊可能か探ってくれたけど、他の魔術師とは格が違うみたいで……無理みたい…」
「なるほど。お気づきかもしれないが、周りの食虫植物共は全て敵だぞ」
「ケロちゃん流石……だから、触れないようにしてね……触れたらあなた達でもやられちゃうかもしれない…」
「それはアタシ達を見くびっているわけ?例えば、こういうのはどう?」
ダンダン!!4本の足を地面に固定したヴリトラは長い首を仰け反らせて、胸を膨らませる。
「主、耳を防がれよ」
「グオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアア――――――――」
「な、なんですか!?」
樹木を吹き飛ばすほどの咆哮が放たれ、骸骨兵は成すすべもなく吹き飛ばされて後は何も残らなかった。
「ソニックブレス……やるなら先に言って…」
龍の肺は異界と繋がっていると言われる程膨大でヴリトラの咆哮は超音波の域にまで上がっていた。
放たれた咆哮自体が城砦を破壊するほどの威力で、幻想種の頂点に立つ龍は伊達ではない。
ちなみに余談だが、ニルはこのソニックブレスを嫌っている。理由は実に簡単で『マスターに泣かれたからオレはやらん』の一点張り。カオスブレスを吐くよりも燃費がよく威力が高いし相手を拘束できるため、実に良い技なのだが、幼少の頃の紅哉がそれで泣いてから使っていない。
「ふ~ん……ダメのようね」
舞香の抗議の声を無視したヴリトラはそれよりも修復し始めた空間に思わず舌打ちする。
「ね……言ったでしょ…あなたはともかく、単純な威力ならリアが勝るのに、そのリアが無理と言ったんだから……」
「彼女は聖に属するからよ。この空間は邪に属するアタシやニルではないと破壊出来ないの」
「お兄様がいれば……」
おもむろに右手にぶら下がっているあと5つのカラフルなカギを見つめるとケルベロスは首を横に振って、それはダメだと無言で諭す。
「分かってるよ……私でも、この子達を扱うのは難しい…」
「確かに後もう1体の邪龍がいればこの幻想空間も破れる事が出来るわ。でも、そのカギに封じている邪龍は絶対に召喚してはダメよ」
ヴリトラからも言われて舞香はカギから視線を外す。
「ない物ねだりは…ダメ…」
「今は我らのみで道を切り拓く」
ケルベロスは地を抉るほどの脚力と共に骸骨兵が無数にいる敵陣へと駆け出した。ヴリトラも一声雄叫びを挙げると空中に飛びあがり、落下を生かして地面に潜って行った。
「ケロちゃん……頑張って…!」
目の前に水色の術式を詠唱を無視して作り上げると、そこから氷のレーザーが飛び出してケルベロスに襲い掛かろうとする骸骨兵を貫いて行く。
更に舞香は片手で追尾するレーザーを操作しつつもう片方の手で術式を作り上げる。
「混沌よ……深まれ…!」
「グギャオオオアアアアアア!!」
地面から一気に敵陣の中央に出現したヴリトラの炎が更に強さを増してドラゴン特有の敵を畏怖させるオーラが強まり、今の威嚇だけで周辺にいた骸骨兵は砕け散っていく。
「トルネードファング…」
舞香の声に反応したケルベロスはたちまち3匹に分かれて、風と共に消えるとそこには竜巻が巻き起こる。
それはケルベロスが駆け回り吹き荒れる暴風を起こしているのだ。
「ケルベロス!おまけよ!」
そこにヴリトラが黒炎を吐きだし、竜巻に当たるとそれはより一層範囲を増して竜巻からは火の玉が次々と吐きだされる。
「ケロちゃん…フィニッシュ」
竜巻の中で合体したケルベロスは咢を最大まで広げると、なんと竜巻を吸い込み始めた。
そして竜巻の全て飲み込んだケルベロスは、それを一気に解放した。
ゴウウウウウウウウウウ――――――――――現代に生きる風に属する魔術では到底敵わないような暴風は残っている骸骨兵もろとも吹き飛ばし、風の刃によって切り刻まれる。
風が止むとそこには何も残らなかった。周りの樹木はみな消えさり今は腐敗して粘着質のある地面が広がっている。
「流石ですわね。並みの魔術師ならば傀儡ですら倒すのが困難ですのに、あなたにはこんな小細工は効かないようですわ」
「当たり前だ。ランク落ちすらしているものの我らとて冥界の守護者。この程度の小物ではいくら来ようとも同じ事だ」
「そうよ。龍族を舐めないで欲しいわ。アタシは龍族の中でも曲がりものなのだけれど、それでも幻想種最強は伊達じゃないわ」
「そのようですね。ハーデスもこれは分が悪いと言っていますわ。1対1ならともかく3対1は身に余りますわ。あなたのユニゾンがまさか召喚士とは思いも寄らなかったのも誤算ですし、ここは引いておきましょうか」
「死神の王あろう方が姿を見せないなんて、案外小心者なのね」
「ヴリトラ、挑発はするな。死神の王は計算高きお方だ。勝ち目のない戦には消極的なのだろう」
唸りながら敵を挑発するヴリトラをケルベロスが窘める。
「ハーデスですか。ハーデスは人前に出るのが余り好みじゃないだけですわ。別に能力を使う程度でしたら姿を現さなくてもいいのですし、本当に危ない時だけしか現界してこない主義ですの」
自分のパートナーに呆れているアーデルトは深い溜め息が聞こえてきそうだ。
「で……もうやらないの…?」
「ええ、これ以上戦ってもエーテルの無駄ですわ」
「あなたは……何しに来たの…?」
「だから、話し合いに来たと言ったじゃない。あなたったら話も聞かずに帰ろうとするのですもの」
寂しそうな顔をするアーデルトに舞香は心底不思議そうな顔で答える。これにはヴリトラもケルベロスも思わず沈黙する。
「長いの…?」
「いえ、そこまで長くはありませんわ。わたくしからは本当に忠告するくらいでしたのに」
「なに…?」
「政府には気を付けなさい。わたくし達封印指定魔術師を利用しようとしていますわ」
「なんで…?」
「まだ分かりませんが、今はこれだけは覚えておいてください」
それだけ告げてアーデルトは影に沈んでその場から消えて行った。ほどなくして幻想結界が消滅すると夕焼けが眩しい河川場に戻った。
「やれやれ、小手試し程度だったけれど、それなりに楽しめたから今日はここいらで引いときますわ」
「うむ。それでは舞香。先ほどの言葉、案外虚ではないかもしれない。頭の隅に置いておくといい」
ケルベロスの忠告に舞香は頷き、ヴリトラとケルベロスは冥界に帰って行った。
それから舞香は家に帰宅すると、根掘り葉掘り紅哉と瑠璃に問い詰められたが、舞香はさっきのことを話す事はなかった。
影宮アーデルト。彼女は瑠璃の元師匠だった。ある日政府から封印指定をくらい、そこから行方を暗ました。その後、瑠璃には政府の者から死んだと言われそれを真に受けてしまい、今に至るという。
その様子をニルだけは下らなさそうに聞いていた事に気付いたのはリアだけだった。
「おい、舞香」
その夜、風呂に入ろうとして瑠璃が入っていた事に気付いた舞香はリビングで少し時間を潰そうとしたが、思わぬ先客に呼び止められた。
「ニル……その姿は久しぶり…」
ニルだった。しかし、龍の姿ではなく、年端もいかぬ幼い少女の姿、褐色な肌に腰まで届く艶やかな黒髪。そして白いワンピースを着ているだけの出立ちだった。
「瑠璃になれなれ言われて仕方なくなっていただけだ。それでお前、さっきの戦闘の事は言わなかったな」
ジロリとアイスを食べながらニルは舞香を流し目で見る。
「なんのこと…?」
「俺はヴリトラの見ている映像を見れるんだ。お前らが河川で戦っている所も会話も全部分かっている」
過去に紅哉とニルはヴリトラの呪縛を身に受け、その身体にヴリトラの刻印が未だに残っている。それを紅哉は逆に己の力として吸収し、ヴリトラの拘束の力も手に入れている。
ニルはどうやら邪龍同士パイプが繋がったのか、ヴリトラの見ている映像をリアルタイムで見ることが出来るそうで、これは紅哉には話してはいない。
まぁ逆にニルが見ている映像もヴリトラも見れるため、今も冥界でこっそりニルの行動をクスクス笑いながら見ている事だろう。
「ニル、我が主を脅すつもりですか」
殺気を立たせてリアは現界する。それにニルは面白そうににやりと笑うが、それは一瞬で次には首を横に振る。
「いや違う。オレはただ本当に一人でやれるのか、と言っているだけだ」
「探るだけなら……大丈夫」
「ふぅん。もし、それでお前が傷つくのならばオレではなくマスターが黙ってはいないぞ。やるのならば無傷で帰って来い」
それだけだ、と言ってニルはソファから勢いよく立ち上がり2本目のアイスを求めてリビングから消えた。
「あれはニルなりの心配ですね」
「そう…だね……ニルはやっぱりツンデレ…」
舞香は買ってきたゲームを取り出してゲーム機を起動するのであった。
なかなか忙しくてあげれない…




