ー18ー
まずノエルは、サンドドラゴンの宝玉を一つ手に取った。
翠の瞳を閉じて念じると、宝玉が淡く輝いて砕け散る。同時に聖域の空気がぶわりと揺れた。
「……なあ、ボクの勘違いじゃないと思うんだけど」
深月は周囲を見回して眉をひそめた。
「この空間、さっきよりすげぇ広くなってねぇか?」
確かにそこは聖域だったはずだ。
だが今や天井は遥か高く、地平が霞むほど遠い。まるで屋内にいながら荒野のただ中に放り出されたようだった。
「はい。よくお気づきで」
ノエルが微笑む。
「ここは元々、封印のために私が創り出した一種の異世界のようなもの。強化すると同時に、被害が出ないよう広げておきました」
「世界を広げる、のか……」
さらりと言ってのけるが、人の理を完全に超えた芸当である。
深月は改めてこの元・子猫の格を思い知った。
さすが、Xランク。
「これでこの空間は外界から隔離されました。中で多少暴れたところで、外に被害は及びません」
続いてノエルは粗悪な宝玉を一つ、宙に放った。
それが砕けると、深月とアイリスを覆うように半円状の淡い光の膜が張られる。
「範囲を狭め、対象をナラシンハに限定して強度を高めた結界です。この中にいる限り、深月たちの安全は私が保証します」
「ありがとな。……でも、よかったのか?」
深月は少し疑問と申し訳なさを覚えた。
「貴重な宝玉を、ボクたちの結界なんかに使っちまって」
元々はテイマーとしての深月のXランク昇格クエストだったので、現場で自分が指揮を執らねばならない。
だが相手は神話の悪魔。こんな規格外の戦いで、自分が出しゃばったところで、足手まといにしかならない。悔しいがそれが現実だった。
「気になさらず」
ノエルは首を振った。
「この結界はナラシンハ以外の出入りを自由に設定してあります。長期戦になった時や、負傷者の退避先。そういうセーフゾーンとして、どのみち一つ、置いておきたかったのです」
「深月様。どうかご安心を」
傍らのレーベが胸に手を当てた。
「何があろうと、この私が必ずお守りいたします」
「まぁ、いざとなったら、お姉さんが肉の楯になってあげるから大丈夫!」
「ネルモ、ガンバル!」
倉木も軽い調子で拳を掲げ、ネルも鋏を打ち鳴らして意気込んでいる。
心配はするが正直なところ、この頼もしい仲間たちがいる限り負ける気はしてしない。
二万年前だってノエルと『ティアマト』という二体で封印ができたのだ。
今回『ティアマト』ではないが『ベヒーモス』と『不死の王』、『ギルタブリル』とX ランクに最も近いと言われる冒険者がいるのだ。
総戦力は昔より今の方が揃っているはずだ。
そこへサティが駆けてきた。
「アーザード支部長。冒険者の皆さんの配置、完了しました」
「ああ、わかった。ありがとうよ」
「ただ、一つ……。懸念というほどではないのですが」
サティが少しためらいながら告げる。
「神官や貴人だけでなく、大勢の民が避難せず、神殿の周りに集まっているんです。皆で、祈りを捧げています。聖獣様の勝利を、聖獣さまと共に、と」
「はっ! 聞いたかい、あんたたち! この国の未来は全部まるっとあんたらに懸かってるってさ!」
アーザードがニヤリと笑い声を張り上げる。
その報告を受けて。
「本当に……。手のかかる、民たちですね」
ノエルがぽつりと呟いた。呆れたような、それでいてどうしようもなく愛おしそうな声で。
二万年守り続けた者たちが、今は彼女のために命をかけて祈っている。その響きは深月の耳にも確かに届いていた。
「これはますます、負けらんねぇな!」
深月は一つ、ぱんっ、と強く頬を叩いた。
「気合い入れていこうぜ、みんな!」
深月の檄に応え、レーベの姿が変わる。
黒い鉱物が全身を這い、漆黒の鎧となって彼女を包む。
本気モードのベヒーモス。
周囲に圧倒的な『神気』が満ちていく。
大地そのものが唸りを上げるような、根源的な力の波動だった。
ノエルもまた一つ、サンドドラゴンの宝玉を砕き、魔力を自身に注ぎ込む。周囲の神気がさらに一段と、濃く強くなった。
「では――封印を、顕現させます」
アーザードと『砂時計』が待避したのを確認し、ノエルが杖を掲げた。
「次元をずらし、この世界から遠ざけて隠し続けてきた封印を、ここに」
空間が、歪む。
何もなかった前方の空間に輪郭が滲み出す。
最初はぼんやりと、蜃気楼のように。それが徐々に像を結び、ゆっくりと重々しく姿を現した。
巨大なピラミッドだった。
見上げるほどの威容。古びた石が積み上げられ、表面には見たこともない文字がびっしりと刻まれている。それを見た瞬間、深月の背筋を冷たいものが走り抜けた。
「うっ……。でけぇ、いつの間に。なんだあれ……、ピラミッド?」
思わず尻込みする深月。
「最初からここにあったのです」
ノエルの声は静かに、しかし集中している。
「ただ見えず、触れられなかっただけで。この地に二万年もの間ずっと」
レーベが、ネルが、倉木が、アレンが。それぞれに、魔力を練り上げていく。
空気がびりびりと震え、決戦の張り詰めた気配がその巨大な空間を満たした。
ノエルがピラミッドを鋭く睨み据える。
「さあ。……二万年にも渡る、長い長い決着を、つけましょうか」
杖が振るわれた。
「――ナラシンハ!」
その声とともに、ピラミッドに、亀裂が走った。
ぴしりっ。
罅割れた隙間から何かが漏れ出してくる。
それは『神気』とは根本から違うものだった。
レーベの神気が大自然の偉大さ、生命の頂点が放つ圧だとすれば。このピラミッドから溢れ出すそれは、まるで違う。理解できないものへの、本能的な拒絶と嫌悪。魂の奥底がこれに関わるなと悲鳴を上げる、根源的な恐怖だった。
「……ひっ」
結界の中でアイリスが小さく喉を鳴らした。深月も膝が震えるのを抑えられない。
この衣装による加護がなければ立つことさえ出来なかったかもしれない
そして。
――ドォンッ!!
魔力が爆発した。
ピラミッドの封印が内側から粉々に吹き飛ぶ。無数の石片が光の粒子となって砕け散る。
その崩れ落ちる封印の中心から。
雄叫びが、上がった。
「――――ゴアアアアアアアアアッ!!!」
大気が震える。空間そのものが悲鳴を上げた。
現れたのは人の形をした災厄。
背丈はレーベの倍は軽くある。全身は干からびて黒ずんだ皮膚に覆われ、古い傷跡のような呪印が脈打つように蠢いている。頭部には獅子を思わせる鬣。落ち窪んだ眼窩の奥で金色の双眸が爛々と燃えていた。
そして――六本の太い腕。その一本一本が、それぞれ錆びついた古の武具を握りしめている。剣、槍、斧、鎚。
異なる得物は六方から鈍い光を放つ。どれも刃こぼれし、赤錆に覆われている。だが、その一振りが、山をも断つのだと、本能が告げていた。
悪魔『ナラシンハ』。
二万年の眠りから覚めた神話の怪物がそこに立っていた。
そろそろ第三章クライマックスです。
ストックが無くなりつつあるので、今四章をかいているのですが、
登場してほしい、仲間になってほしいモンスター娘のご意見があれば、よろしければ参考にさせてください。




