表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/64

ー17ー

 


 三日後。

 それぞれの準備を整えて、深月たちは再び聖域に集まった。

 この三日間、深月たちはノエルの魔力を回復させるためひたすら宝玉集めに奔走した。

 その甲斐あって二体ものサンドドラゴンを討伐し、ほぼ完璧な宝玉を二つ手に入れることができた。

 さらに余った素材を売り払った金で粗悪品の宝玉を二つ買い足す。合わせて四つ。


「宝玉を持つモンスターって、意外といねーんだな」

「そりゃそうですよ」


 深月のぼやきにアイリスが呆れ顔を向ける。


「宝玉なんて、Bランク以上のモンスターしか持ってないんですから。三日で二体も遭遇できただけ幸運です。……いえ、普通に考えたらとんでもなく不運な話なんですけどね」

「そりゃそーなんだけどさ。ほい、これ」


 深月は集めた四つの宝玉をノエルに手渡した。


「ありがとうございます、深月」


 宝玉を胸に抱いてノエルが微笑む。


「これで短い時間かもしれませんが、足を引っ張らずに戦えるはずです」



 そこへ女官を二人引き連れたアムテプが、うやうやしくやってきた。


「御使い様。どうか、これを」

「ん? ありがと、……なにこれ?」


 差し出された布を深月は反射的に受け取ってしまう。上等な白い布地だ。


「この神殿に古くから受け継がれる、神事の衣装にございます」


 アムテプの声が熱を帯びる。


「ただの布ではありません。邪気を跳ね除ける金羊毛に、最も強靭と謳われるエボルバーク種のアラクネの糸。そこへ魔力通りのよいミスリルの糸を、ふんだんに織り込んでおります。

 さらに歴代の神官や一流の付与術師たちが、何世代にもわたって魔力と祈りを込め続けた逸品。治癒と魔除け、矢避けの加護。此度の戦いでも、必ずや御身の助けとなりましょう」

「……そんな貴重なもん、いいのか?」

「もちろんです。これは御使い様にこそ相応しい」


 アムテプの目には一点の曇りもない。純粋な善意と崇敬だけが宿っている。ここまで言われて突き返すのも野暮か。


「……わかった。ありがたく使わせてもらうよ」

「我ら神官一同、望外の喜びにございます。では、さっそく」


 見ればいつの間にか、女官たちの手で一人用の小さな天幕が張られていた。手回しがいい。


「あそこで着替えてくりゃいいんだな。何から何まで、悪ぃな」

「勿体ないお言葉ですっ!」


 アムテプが歓喜に打ち震える。深月は苦笑して天幕へと足を向けた。

 と、アムテプが女官へ、すっ、と合図を送る。

 女官の二人が深月の着替えを手伝おうと当然のように後をついてくる。


「いや、いいって! 一人で大丈夫だから!」

「しかし」

「恥ずかしいんだよ!」


 高貴な身分の人間には当たり前の作法なのかもしれない。だが根が小市民の深月には他人に着替えを手伝われるなどと、どうにも気恥ずかしくて仕方がない。


「……かしこまりました。入り口の外に控えておりますので、何かございましたらお声がけを」



 しばらくして。

 着替え終えた深月の声が天幕の中から響いた。ただし、その声は微妙に震えている。


「なぁ……。これ、渡す服、間違えてねぇよな?」

「もちろんですとも、御使い様! さあ早く! そのお姿を!」


 なぜかアムテプの鼻息が荒い。

 やがて天幕の布がおずおずと開いた。

 深月が顔を真っ赤にして姿を現す。怒りと羞恥が綯い交ぜになった表情で。


「おおっ!!!!」

「わー! 深月ちゃん、可愛いー!」


 アムテプが感嘆の声を上げ、倉木が黄色い歓声を飛ばす。

 深月が身につけていたのは、白と黄金で仕立てられた、古代エジプトを思わせる衣装だった。

 胸元だけを覆う白い短衣。引き締まった腹と細い腰が惜しげもなく晒されている。腰から下に巻かれた白い長衣は両脇に深い切れ込みが入り、歩くたびに健康的な生足がちらりと覗く。青と金の首飾りに腕輪、腰を彩る金のチェーンベルト。


「まさに建国の(みぎり)、バステト様の御前で披露されたあの踊り子の姿そのもの!」


 アムテプが感涙にむせびながら深月の前にひれ伏した。


「踊り子の衣装なんじゃねーかテメー!!」


 深月の絶叫が聖域に轟く。


「お似合いですよ、巫女さま」


 女官がうっとりと微笑む。


「巫女さまぁ!? ボクは女じゃなくて、男だ!!」

「「え??」」


 アムテプと女官が、揃ってきょとんとした。心底意味がわからない、

 という顔だ。

「はっはっは、御使い様、ご冗談を!」

「何が冗談なんだよ……っ。ボクが男だと、そんなにおかしいか? あぁん?」


 深月のこめかみがぴくぴくと痙攣している。


「あ、なるほど!」


 アムテプがぽん、と手を打った。


「此度は無性、もしくは両性として顕現なされたのですね! さすが御使い様! 人知を越えた神秘の美しさ!」

「そんなびっくり生物なわけねーだろが!!」


 得心顔でひれ伏すアムテプの脇腹に、思わず放った深月の蹴りが突き刺さった。


「ありがとうございますっ!!」


 なぜか恍惚の表情を浮かべるアムテプ。もう何を言っても無駄らしい。


「ふふ。よくお似合いですよ、深月」


 ノエルまでもが口元を押さえてくすくす笑っている。


「もう着替える!」


 深月が拗ねて天幕に戻ろうとする。


「えー! せっかくそんなに可愛いのに! この世界、写真がないんだから、せめてもっと堪能させてよー!」

「ネー! 深月、カワイイゾ!」

「からかうな!!」


 倉木とネルの無邪気な追撃に、深月の羞恥は限界を突破しそうだった。


「でも、深月様」


 と、アイリスが真面目な顔で口を挟む。


「その衣装に込められた魔力と加護は本物ですよ。私が見ただけでも、はっきりわかるくらいすごいです」

「いや、でも、この格好はっ」


 深月がなおも渋っていると。


 そこへアレンとアーザード、それに『砂時計』の面々が連れ立ってやってきた。


「深月さんっ、その格好は!?」

「おや。なんとも、妖艶な衣装だねぇ」

「ぎゃーっ! 見んじゃねー!」


 深月が慌てて身を隠そうとする。だが隠しきれるような露出面積ではない。


「その、なんというか……目のやり場に、困ると言いますか」


 アレンが真っ赤な顔を背けた。手で顔を覆ってはいるが、指の隙間からしっかり覗いている。


「変な言い方すんな!」

「い、いや! でも、すごい魔力ですねっ!」


 アレンは慌てて話を逸らした。


「衣装のインパクトで最初は気づきませんでしたけど……。これ、下手したら国宝級の装備ですよ」

「マジかよ。脱ぎづらくなったな」

「えっ、脱ぐんですか!?」


 アレンが食い気味に声を上げる。


「そのっ、勿体ないというか! これからの戦いで、少しでも生存率を上げるためには、安全策を取るべきというか! そもそも、装備の重要性というのは、普段の冒険でも極めて大事でして――」

「あー! わかった、わかったから。……はぁ。着とくか……」


 早口でまくし立てるアレンの正論に、深月は根負けしてこのまま踊り子の衣装を着替えるのを諦める。


「でも、めちゃくちゃ似合ってますよ! これは嘘じゃないです!」

「……嘘であってほしかったよ、ボクは」


 冗談をまず言わない、生真面目なアレンにそう言われると、怒るより先に心に来る。深月はがっくりと肩を落とした。



「……気ぃ取り直して。最後の作戦会議といこうか」


 深月が場を締めると、アーザードがキセルをふかして話を切り出す。


「先に言っておくが、残念ながら冒険者ギルドからのサポートはそう多くはできない」


 眉をひそめながら続ける。


「本部にナラシンハのことを調べてもらった。結論から言うと、『ナラシンハ』って個体名の記録はなかった。だが神話の時代の悪魔についての記録は、いくつか残っていたよ」


 アーザードの唇から紫煙をゆっくりと吐き出される。


「そのナラシンハとやらが、記録に残る他の悪魔と同等の力を持つと仮定する。……その前提でギルドマスターや幹部連中と話し合った結果でね。この討伐に参加できるのは、最低でもAランク以上と決まった」

「最低でもAランク以上ね……」

「ですので」


 と、アレンが後を引き取った。


「今回、冒険者ギルドから戦闘に参加するのはオレ一人となりました。ギルドマスターも参加したがっていましたが……、どうしても間に合わないそうで」

「うちの支部にも、一人だけAランクの冒険者はいたんだがね。肝心な時に連絡が取れないのさ。今頃、どこで、何をしてるんだか」


 アーザードがため息を吐き、肩をすくめる。


「俺たち『砂時計(サンドグラス)』や他の冒険者は、万が一バステト様の結界が破れて、モンスターどもがこの街に殺到した時のために、避難誘導と、迎撃の態勢を整えて待機する。……そっちが俺たちの役目だ」

「この国の王族と大神官たちにも、ギルドマスターが話を通した。返ってきた言葉はこうさ。ーー『この国は、バステト様と共にある』」


 その言葉にノエルが静かに目を閉じた。

 二万年。名を変え、姿を変え、たった独りで守り続けてきたこの国。

 その想いが今、確かに彼女へ返ってきている。

 その横顔はなんとも言えず穏やかだった。

 深月はその姿を見て拳を握る。


 ――絶対に、被害なんか出させねー。


 こいつが守ってきたものを、こいつごとボクが守る。改めてそう心に誓った。



 たとえ、この恥しかない踊り子の格好のままでも、だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ