ー14ー
そして翌朝。
打ち合わせのため再びギルドに集合した深月たちを、思いがけないというか、予想通りというか、深月たちに訪ねて人が来ていた。
「なんか派手な連中がいるな」
ギルドの一角に、白と金の荘厳な装束をまとった一団が居並んでいた。
物腰は静かだが、纏う空気には明らかに他の冒険者とは違う格式がある。
「神殿の、神官様たちですね」
サティが緊張した面持ちで小声で告げた。
彼女にとっては信仰の対象に連なる人々だ。自然と背筋が伸びている。
その一団の中から、代表らしき初老の神官が、進み出た。
「昨日、サンドドラゴンの宝玉を奉納された冒険者の方々でしょうか」
しわがれた、しかしよく通る声だった。
「確かにそれはボクたちだけど」
深月が声を挙げると、神官たちの視線が一斉に集まった。品定めするような、しかし、どこか、期待のこもった目だ。
「おお……。あなた方が」
神官は深々と頭を下げる。
「昨日、奉納いただいたあの宝玉。……我々も驚きました。あれほどの大きさ、あれほど澄んだ宝玉は、近年記憶にございません」
「まあ、うちの連中が頑張ったからな」
「つきましては」
神官は顔を上げ、まっすぐに深月を見た。
「あれほどの宝玉をもたらされたあなた方を。……我らが大神官様が、是非神殿へお招きしたいと仰せです」
「おおっ」
深月は思わずアレンやレーベと顔を見合わせた。
「やりましたね深月さん」
狙い通りだ。宝玉を餌にしたら、神殿への扉が向こうから開いた。
まさかここまで上手く行くとは。
込み上げる笑みを抑えながら、深月は努めて平静を装って頷いた。
「わかりました。ボクたちでよければ喜んで、お邪魔させてもらいます」
こうして深月たちはこの国の核心たる大神殿へと、足を踏み入れることになった。
◇
大神殿はこの砂漠の都のまさに心臓だった。
テーベリスの街並みを見下ろす高台に、白亜の巨大な建造物が、荘厳にそびえている。天を衝く列柱、精緻な彫刻で埋め尽くされた壁、磨き上げられた石床。一歩足を踏み入れれば、外の喧噪が嘘のように、深い静寂と、ひやりとした神聖な空気が、身を包んだ。
「すっげぇ……、綺麗だ」
深月は口をあんぐりと開けて天井を見上げた。
その壁面には見事な壁画が所狭しと描かれている。天地が生まれ、大地と海が分かたれ、様々な生き物が地上に満ちていく、雄大な創世の光景。
その情景の中に、それぞれ違った姿の幾柱もの神々が描かれていた。
「あれは……」
「あの方々がこの世界を造られた、原初神さまたちですよ」
隣でアイリスがそっと解説を添えてくれる。
「神話の時代、四柱の原初神さまが力を合わせてこの世界を造ったと伝わっています。まず大地と大気を全員でお造りになられ、それからそれぞれの神さまが手分けして、生き物を生み出していった、と」
「へー。たった四人で、ねぇ」
「はい。草木や虫を造られた神さま、海と魚を造られた神さま……色々といらっしゃいます。その中でも、この国で特に篤く信仰されているのが――私たちの創造神でもある、あちらの原初神様です」
アイリスが指し示したのは、壁画の中央に、一際大きく描かれた神だった。数多の獣や、見たこともない魔物たちを従えるように傍らに侍らせている。
「あれが動物や獣人、そして魔物の祖、アイネロウス様。……ベヒーモスであるレーベさんを直接この世に生み出した神さまと言われています」
「この世界に来てから、何回か名前だけは聞いてるやつな」
深月はちらりと後ろのレーベを見た。当のレーベは、自分の生みの親の壁画を、無表情にも、思案しているようにも見える複雑な面持ちで見上げている。
「その隣に描かれているのが人と亜人を造り出した原初神ホモンルアス様」
アイネロウスと並んで大きく描かれている神様、周りには多くの人やエルフ、ドワーフなどが描かれている。
「そして、おそろく」
アイリスの視線が、アイネロウスとホモンルアスのやや下に描かれた、一体の獣の姿へと移った。
しなやかで、気高く、猫にも獅子にも見える聖獣。
「あれが例の……聖獣バステト様、か」
「そうでしょうね。アイネロウス様に遣わされ、この地を守っているとされる守り神。……こうして見ると、本当に、大切に祀られているんですね」
アイリスの言う通りだ。
バステトの像は原初神たちと同じように、あるいはそれ以上に、丁寧に、そして敬虔に飾り立てられていた。バステトの像の前には無数の供物が捧げられ、灯明が絶えることなく揺れている。この国の人々がいかにこの聖獣を敬い、慕っているか。
それがよくよく伝わってくる。
「……はにゃぅっ!?」
深月の頭の上でノエルが、その像を見上げて小さく鳴いた。
その声がなぜか、焦りの色が混じった様に聞こえたのは気のせいだろうか。
案内の神官が大きな、荘厳な扉の前で足を止めた。
「ここから先は神殿の奥の院となります。大神官様のおわす、神殿の中枢でございます」
「お、いよいよか」
「恐れ入りますが……。この先へお通しできるのは、あなた方の代表者、お一人のみ。それが我らの掟にございます」
「一人だけ、ねぇ」
深月は後ろを振り返った。
ずらりと並んだ我が愉快な仲間たち。
まあこんなカオスな面子をぞろぞろ引き連れて神様の御膝元に踏み込むのは、確かに、色々と問題がありそうだ。
「わかった。じゃボクが行く。……お前らここで待っててくれ」
「深月様。何かあればすぐにお呼びください。壁ごとぶち抜いて参りますので、ご遠慮なく」
「絶対そういう事態にはすんなよ」
物騒なレーベに釘を刺して、深月は一人、奥の院へと足を踏み入れた。
と、思ったのだが。
「にゃっ!」
頭の上に、まだいた。
「あ、こら、ノエル。お前は待ってろって」
だが、ノエルは頑として深月の頭から降りようとしない。それどころかぎゅっと髪にしがみついてくる。
「いてててっ。しょうがねぇな。まあ、猫一匹くらい、いいか」
深月は、苦笑して、そのまま進むことにした。
奥の院はしんと静まり返った、厳かな空間だった。
進んでいくと、二人の人物が深月を待っていた。
一人は白い髭を長く蓄えた老人。深く刻まれた皺と、穏やかで、しかし芯の通った眼差し。おそらくはこの神殿の主、大神官その人だと、静かな威厳を纏っていた。
もう一人は対照的に若い。二十代半ばほどの美しい顔立ちの神官だ。だがその端整な顔には、深月に対する明らかな警戒の色が浮かんでいる。
「よくぞ、参られた」
老人がゆっくりと口を開いた。
「儂がこの大神殿を預かる大神官、メンフィスじゃ」
「どうも。冒険者の緒方深月です」
「そしてこれなるは」
「アムテプです」
若い神官が硬い声で深月に名乗る。
「大神官様の補佐を務めております。……申し上げておきますが、私はあなた方のような余所者を、易々と神殿へ招くことには、反対でした」
「アムテプ」
「……失礼いたしました」
メンフィスに窘められ、アムテプが口をつぐむ。
だがその鋭い視線を深月から離さなかった。
めっちゃ警戒されてんな。
まあ無理もない。信仰の中枢に、モンスターをぞろぞろと引き連れた、素性の知れないモンスターテイマーが乗り込んできたのだ。
この生真面目そうな青年からすれば警戒するのが当然なのだろう。
「そう睨むなくても。なにもしねーって」
「……」
取りつく島もない。深月は肩をすくめた。
「時に冒険者殿」
と、メンフィスの視線が深月の頭の上で止まった。
「その頭の上の……仔猫は?」
これは猫一匹とはいえ、さすがにまずかったかもしれない。
「あ、いやっ、すいません。こいつ、どうしてもついてくるって聞かなくて。もしダメならすぐに仲間の元へ返しますんで」
「いやいや、待ちなさい」
メンフィスは深月の言葉を静かに制した。
穏やかな口調だが、その目はノエルに釘付けになっている。
「……その毛色、毛並み。翠の瞳……」
メンフィスが震える声で、呟いた。
「バステト様と、まるで瓜二つですな」
「え?」
「大神官様?」
アムテプも怪訝な顔でノエルを覗き込み、そして、息を呑んだ。
金色の輝く毛並み。エメラルドのような澄んだ瞳。それは確かにこの神殿に祀られた、聖獣バステトの姿と、驚くほどよく似ていた。
「確かに、ここれは……」
「捨て置けぬ」
メンフィスは深く頷いた。
「何か導きの様なものを感じる。よかろう、その子はそのままで構わぬ」
「お、おう。……よくわかんねーけど、助かるわ」
なんだかよくわからないが、お咎められるような事態にはならなかったらしい。
「さて冒険者殿。……本題に入ろう」
メンフィスは居住まいを正し、深月を真っ直ぐ見つめる。
「昨日、そなたが奉納してくれたあの宝玉。あれは実に見事なものであった。あの様な素晴らしい品、市井に流せば莫大な富を得られたであろうに。神殿へと納めてくれたこと、改めて礼を言う」
「いえいえ。お役に立ったなら、何よりなんですが」
「そこでじゃ。……一つ、そなたに頼みがある」
大神官メンフィスの声がわずかに真剣みを帯びていく。
「もし出切るなら、これからもあのような質の高い竜種の宝玉を。可能な限り、この神殿に納めてはもらえぬだろうか」
「はぁ、宝玉をですか?」
「うむ。もちろんあの様な品が早々手に入るとは思ってはおらぬ。しかし今は少しの可能性にも縋らねばならぬ」
「そりゃ、いいですげど。大神官様言うように、すぐにお渡し出来るとは限らないですよ? そもそも宝玉を持つようなモンスターに出会えるかも、運の要素がけっこう。差し支えなければ、理由を聞いても?」
深月が問うと。
メンフィスとアムテプの間に、僅かではあるが緊張が走った。
「……それは」
「言えぬ、ということだ」
アムテプが硬い声で割り込んでくる。
「神殿の内事に余所者が立ち入るべきではない。宝玉が必要だと、大神官様が仰せなのだ。それで十分だろう」
「アムテプ。……言葉が過ぎるぞ」
「申し訳ございません」
メンフィスが困ったように髭を撫でる。
――これはやっぱり、何かあるな。
言えない理由。
神殿が竜種の宝玉を密かに欲しがっている。この国を取り巻くモンスターの凶暴化。そしてこの神殿の奥深くに眠るという、悪魔の封印を守り、国を厄災から守護しているという聖獣。
何かが繋がりかけている。その確かな手応えがあった。
「……わかりました」
深月はあえて、深くは追及せず頷いた。
「宝玉のことは引き受けます。どれだけ用意できるかは保証できませんが」
「おお……! 感謝する」
「その代わり、と言っちゃなんですけど」
深月はここぞとばかりに切り出す。
「ボクたちにこの神殿を見学させてもらえませんか? 仲間も連れて。……せっかくこんな立派な神殿に来たんだ。色々と拝ませてほしくて」
もちろん本当の狙いは調査だ。この神殿のどこかに異変の原因が隠されている気がする。それをこの目で確かめ調べていきたい。
「見学、か。……うむ、それくらいなら構わぬだろう」
メンフィスは鷹揚に頷いた。
「そなたは、無下にはできぬ。神殿の中は、好きに見て回るがよい。……ただし」
メンフィスの声が厳かなものに変わり、奥の院の更に奥へと視線を向けた。
「この、奥の院の、さらに奥。……聖域だけはならぬ」
「聖域?」
「バステト様が鎮座されておられる、最奥の間じゃ」
アムテプも部屋の最も奥にある、固く閉ざされた巨大な扉へと視線を向け、頭を下げている。
「あの中にはこの儂ですら、年に一度、決められた儀式の日にしか立ち入ることを許されておらぬ。神聖にして不可侵の領域。……あそこだけは何人たりとも近づけぬ。よいな?」
「……はぁ。まあ、神様の寝室ってことか。わかりましたよ」
残念だがそこだけは無理らしい。
だが深月の勘はそこに何かあるのではないかと言っている。
ここで揉めるよりも、後で何らかの方法で侵入しよう、今は素直に引き下がろうとしたその時だった。
「――にゃあっ!」
突然。
深月の頭の上でじっとしていたノエルが、弾かれたように飛び降りた。
「うおっ!? ノエル!?」
ノエルはまっすぐにあの固く閉ざされた聖域の扉へと駆け寄ると。
「にゃあ! にゃあっ! にゃあーっ!」
前脚で扉を必死に引っ掻き始める。何かを訴えるように。中へ入れてくれと、懇願するように。
「な、なんだ!? どうしたノエル!」
「こ、こら! 聖域に何をする!」
アムテプが血相を変えて捕まえようとする。
「その猫を止めろ! 聖域は不可侵だと言っている!」
「わ、悪ぃ! おいノエル、やめろって! 戻ってこい!」
深月も慌てて駆け寄り、ノエルを捕まえようとするが、小さな身体はするりと深月やアムテプの手をすり抜け、なおも扉を掻き続ける。
「にゃあーっ! にゃあーっ!」
「大神官様、いかがいたしましょう!」
「……これは、一体……」
バステトに似た猫に乱暴するわけにもいかず、メンフィスもこの異常な事態に戸惑いを隠せない。
『――よいのです』
どこからともなく。
静かで慈愛に満ちた、女性の声が。
その場にいる全員の頭の中に、直接響き渡った。
「――!?」
深月が、はっと、顔を上げる。
アムテプが凍りついたように動きを止める。
そしてメンフィスが、震えながらその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「このっ、御声は……! ま、まさか……」
『その子は、私が遣わした、化身。……長き旅を終えて、ようやく、帰ってきてくれたのです』
声は優しく続く。
『そこにいる冒険者は、我が半身を慈しみ、遠い地より、ここまで連れ帰ってくれた、大切な恩人。……どうか、中へと、私の元へ入れてあげてください』
しん、と。
奥の院が静まり返る。
突然のことに誰も言葉を発せなかった。
ただ深月は呆然と、その固く閉ざされた扉を見つめていた。




