ー9ー
「……堪らなくあちぃ。この道、本当に合ってんのか?」
暑さで半ば溶けてしまっている深月は、アイリスの背の上で揺られながら誰にともなく愚痴をこぼす。
見渡す限り、砂、砂、砂。
目印になるようなものは何一つなく、地図に描かれた道らしきものと、目の前の景色が本当に一致しているのか、まるで自信が持てない。
「深月様。どうぞ」
言うとレーベは、どこからともなく大きな葉扇を取り出し、深月の横から優雅にぱたぱたと扇ぎ始めた。できた従者だ。
「おー、悪いなレーベ……。しかし、暑いなー」
その一方で、
「はぁ……っ、はぁ……っ。くっ、馬車を引くより、キツいですよぉ……」
ギルドの職員から渡された地図を片手に、深月を背に乗せたアイリスは、一歩進むごとに四本の脚を砂に取られ荒い息を吐いていた。
硬い地面なら時速九十キロを誇る俊足も、この砂の海では宝の持ち腐れ。
ずぶずぶと沈む足場に、体力を根こそぎ奪われている。
「アイリス、大丈夫か? 無理すんなよ」
「大丈夫っ、……じゃない、ですけど。深月様を乗せる名誉は、譲りませんからねっ……!」
意地でも降ろす気はないらしい。
健気なやつである。
「ネルハ快適ダゾー」
その隣で砂漠出身のネルだけが、けろりとした顔で、しゃかしゃかと軽快にステップなんか踏みながら砂の上を進んでいた。
八本の脚が砂地でも見事に体を支えている。地元の強み、というやつか。
「いいなぁ、ネルは涼しそうで。……あー、それにしても暑い」
もう何度暑い、と口にしただろう。
うんざりと空を見上げる深月。
じりじりと照りつける太陽が容赦なく肌を焼きにきている。
「こうも日差しが強いとさぁ、私、うっかりゾンビじゃなくてミイラになっちゃいそう。深月ちゃんそれでも愛してくれる?」
と、汗ひとつかいていない倉木が、けらけらと笑いながらとんでもないことを言う。
「笑えねーブラックジョークやめろよ。つーか、蘭は暑さ感じんのか?」
もう死んでるじゃん、と続く言葉は飲み込む。
「気分の問題だよ、気分の。ふふっ」
相変わらずマイペースな奴である。
ふと、深月は王都に置いてきた小さな仲間のことを思い出した。
「ノエルのやつ、大丈夫かなぁ」
突然の出発となってしまったため、連れてくることができなかったので、今回はギルドの職員に頼んで宿で世話をしてもらっている。
「うにゃー、って拗ねて鳴いてる顔が浮かぶわ。……早く迎えに行ってやらねーとな」
人見知りしないタイプだから平気だとは思うが、留守番を拗ねて、またマンドラゴラたちを追いかけまわしていじめていることだろう。
そういえばマンドラゴラーズも宿に置いてきてしまった。……色々大丈夫だろうか?
「深月様は、本当にノエルを可愛がっておいでですね」
「まあな。あいつ、なんか放っとけないんだよ」
自分でも不思議なくらいに。あの子猫のことは、妙に気にかかる。
「……あ、深月様! 地図によるとそろそろこの先にオアシスがあるはずです!」
地図を覗き込んでいたアイリスが疲れも忘れて声を弾ませた。
「マジか! オアシス! 水と日陰!」
「はい! もう少しの辛抱ですよ! ひ、日陰っ……水浴びっ……!」
オアシスという救いの言葉に、一行の足取りが俄然速くなる。
灼熱地獄に差した一筋の希望であった。
やがて。
砂丘の向こうに、青々とした緑と、きらめく水面が見えてきた瞬間。
「――あったぁーっ! オアシスだ!」
深月はたまらず叫ぶ。
もう我慢の限界である。
「アイリスっ、ラストスパート! 行けーっ!」
「了解ですっ! ……最後の力を、振り絞りますよぉーっ!」
疲労困憊のアイリスが、それでも気力を振り絞ってオアシスめがけて駆け出す。逸る心のまま、一行がその水辺へのゴールテープに向かっていく。
突如、ザバァッ! と。
オアシスの畔の砂が大きく盛り上がった。
中から飛び出してきたのは、砂と同じ色をした、巨大な蛇のようなモンスター。
全身を鎧のような鱗で覆い、大きく裂けた口には、鋸のような牙がびっしりと並んでいる。
「深月様!」
砂に潜み、水を飲みに来る獲物を待ち伏せする、狡猾な砂漠の捕食者である。
それは突然現れた深月たちを新たな獲物と見定め、鎌首をもたげて威嚇する。
――が。
深月にはそのモンスターを恐れる余裕など、微塵もなかった。
「どけッ! 今、ボクは一秒でも早くあの水で涼みてぇんだよッ!!」
深月の心からの叫びを的確に汲み取ったレーベが、すっと前に出て片手を無造作に薙いだ。
ドンッ、という衝撃波。それだけで、巨大な砂蛇は、まるで小枝のように吹き飛ばされ、砂丘の彼方へと消えていった。
「よくやったぞレーベ! これで邪魔者はいなくなったな! 行くぞーっ!」
「あの……今の、それなりに強いモンスターだったと思うんですけど……」
アイリスの至極まっとうなツッコミも、涼を求める深月の耳には届かない。
「ぷっはーっ! 生き返るぅーっ!」
オアシスに辿り着いた深月は、真っ先に水辺に駆け寄り、両手で掬った清水を、勢いよく顔にぶちまけた。
冷たい。
全身に染み渡る。
木陰に腰を下ろし、火照った体を冷ましていると、ようやく人心地がついてくる。
「はー……。天国か、ここは」
「お疲れさまでした、深月様。お水をお持ちしましたよ」
「アイリスもお疲れ様。お前が一番頑張ってくれたろ。ゆっくり休めよ」
仲間たちと、束の間の休息を分かち合う。
灼熱の砂漠を歩いてきただけに、この一杯の水と、一片の日陰が、どれほど贅沢なことか。
と、のんびり癒しを堪能しているそんな時だった。
「――やあやあ、そこの旅の御方! 先ほどは見事なモンスター退治でした! 助かったよ、本当にっ!」
大きな声とともに、何か大きな生き物に乗った一人の男がこちらへ近づいてきた。
その男が乗っていたのは深月の背丈よりも大きな、四つ足のトカゲだった。ずんぐりとした胴体に、太い尾。鈍そうに見えて、その足取りは砂の上でも意外にも軽やかである。
荷物を大量な満載にした背には、色とりどりの布や壺が括りつけられている。
「あんたは……?」
「私はサジル。しがない行商人さ。この砂漠を渡り歩いてあちこちで商売をしているんだ」
サジルと名乗った男は、トカゲからひらりと降りると、人好きのする笑みを浮かべた。
「いやね、実は私もさっきのあの砂蛇の野郎に、このオアシスへの道を塞がれて往生していたんだよ。
喉はカラカラ、この相棒も水を欲しがるしで、どうしたものかと。……そこへ、あんたたちが、あいつを退治してくれた。おかげで助かったよ。この通り、礼を言う」
「あー、あれな。退治したっつーか、ぶっ飛ばしたつーか。死んでるかどうかはわかんねーから、また来るかも」
「はっはっは! 何にせよ、恩人には違いないさ」
サジルは快活に笑っている。悪い人間ではなさそうだ。
「そのお礼と言っちゃなんだが……。あんたたち、見たところこの辺りの人間じゃないだろう? もしかして、これから南の国へ向かうのかい?」
「お、よくわかったな。そうそう、ラシュダールって国に行くんだ」
「ラシュダール! ならなおさら、いくつか教えておいてあげよう。あの国はあんたたちのいた場所とは、だいぶ勝手が違うからねぇ」
サジルは自分の水筒から一口水を含むと、語り始めた。
「まずね。あの国はとにかく暑い。この砂漠のさらに奥だからね。水も緑も貴重で、生きていくだけでもなかなかに厳しい土地さ」
「うへぇ、ここよりまだ暑いのか……」
「そうさ。だからね、あの国の連中はモンスターとやたらと仲がいいんだ」
「モンスターと?」
深月は意外そうに聞き返す。
リーカーシャでは、モンスターは問答無用で討伐され、狩られる対象だった。それを「仲がいい」とは。
「ああ。こんな厳しい環境じゃあ、人間だけの力で生き延びるのは難しい。だから砂漠に強いモンスターの中で、人に害をなさない個体を選別し、手を組んで、共に暮らす道を選んだのさ。
荷運びも、水探しも、身を守るのも、モンスターの力を借りる。この砂漠を走るオオトカゲモンスター『ダブダブ』の相棒みたいにね」
サジルは隣で大人しくしているトカゲの首を、愛おしそうに撫でた。
「へー……。同じモンスターでも、国が違えば、扱いも全然違うんだな」
深月は少しだけ、感心した。
こないだ自分たちのいたリーカーシャ王国では、モンスターは人の敵対者として恐怖され駆逐するべき対象、時に娯楽の道具のように残酷に扱われていた。
だが、そういう国ばかりじゃない。
モンスターと人が当たり前に隣り合って生きる場所もちゃんとあるのか。
それはなんだか、少しだけ救われるような話だった。
「そうそう。それにあの国にはね、こんな伝説もあるんだよ」
サジルはもったいぶるように、少し間を取り続ける。
「神話の時代、はるか昔からこの砂漠の国を守り続けている、聖なる獣がいるとね。人々はその獣を『バステト様』と呼んで、それはもう、大事に大事に崇めているのさ」
「バステトね……」
どこかで聞いたような。
「そういやアイリス。前に、なんか言ってなかったか? バステトがどうとかって」
「え? あ、言いました言いました」
水を飲んで一息ついていたアイリスが、深月から話を振られ、記憶を辿るように頷いた。
「確か以前ちらっとお話ししましたよね。この世界に何体か存在する、Xランクのモンスター。その中に、『バステト』という名の個体がいる、と。詳しいことは私も伝説程度にしか知りませんけど」
「あー、それそれ! なんか聞いた覚えあると思った」
Xランクのモンスター。レーベや、蘭と、同じ格の存在。
それがこれから向かう国に伝説として祀られている。
「ふーん……。その聖獣様に、会えたりするのかな」
「さあねぇー、何せ伝説だからね。本当にいるのやらいないのやら。……ま、その辺は行ってみてのお楽しみ、ってやつさ」
サジルは、いたずらっぽく肩をすくめた。
ひとしきり話し込んだ後。
「さて、と。私はそろそろ行くとするよ。長々と引き止めて悪かったね」
「いや、こっちこそ。色々教えてくれてありがとな、食料もいっぱい売って貰って。助かったわ」
「なにただの商売と恩返しさ。あんたたち、いい連中だ。ラシュダールでも達者でな!」
サジルは再び大トカゲモンスター『ダブダブ』の背にまたがると、軽く手を振って砂漠の彼方へと去っていく。
その背中を見送って、深月は大きく伸びをする。
「いいタイミングで、いい人に出会えたな」
改めてオアシスをぐるりと見回した。
揺れる水面、心地よい木陰、頬を撫でる涼やかな風。
灼熱の砂漠の中にぽつんと存在する、奇跡のような楽園。
「砂漠に戻りたくねーなー」
木陰にごろりと寝転がる。
「先を急ぐのも大事だけどさ、今日はもうここで一泊してかね? どうせ日も傾いてきたしさ」
「いいですね! みなさんもデーカスト退治でかなり疲れていますし、無理に夜の砂漠を進むのも危険ですからね!」
アイリスが疲れた足を休めながら、いの一番に同意する。
「いや、私は特に疲れてておりませんが」「ネルモー」「私も平気だよー」などという声は意図的に無視する。
「よし、決まりだ! 今日はここをキャンプ地とする! 」
こうして一行はオアシスでの一夜をのんびりと過ごしていった。
◇
翌日。
「うおおおっ、水がつめてぇーっ! 気持ちいいーっ!」
深月はオアシスの水辺で、盛大に水浴びを楽しんでいた。
昨日の灼熱が嘘のように、澄んだ泉の水は、冷たくて心地いい。バシャバシャと水を掛け合って、はしゃぎ回る。
「深月様! こちらの魚、焼けましたよ!」
「お、サンキュー! いい匂いだな!」
畔では昨日サジルが「これもお礼です」と格安で分けてくれた食材を使って、レーベがせっせと火を熾し、豪快なバーベキューを繰り広げていた。
串に刺した魚や、香辛料をまぶした肉が、ぱちぱちと音を立てて、香ばしい匂いを漂わせている。
「ンー! コレ、ウマイ!」
「あはは、ネルちゃん、口の周りタレだらけだよー」
ネルは大量の肉に舌鼓を打ち、蘭はのんびりと木陰で果実をかじる。
完全にバカンスであった。
「はー……最高だな、これ。異世界に来て一番楽しんでるかもしれん」
冷たい水に足を浸し、焼きたての魚を頬張りながら、深月は心の底から寛いでいた。
「深月様、こちらもどうぞ」
「なにこれ椰子の実!?」
レーベから差し出された、椰子の実に刺されたストローのに口を着ける。
「んー、そんなに甘くないな。でも乾いた身体に染みるっ。だんだんクセになってくるな!」
厄介な貴族も、化け物扱いする視線も、ここにはいない。ただ仲間たちとのんびりと過ごす平和な時間。
水遊びをして、うまいものを食って、昼寝をして。
そうやって思う存分楽園を満喫しているうちに。
「あれ、もう夕方か」
気づけば空は茜色に染まり始めていた。
「うーん……。今から出発すんのも、なんか中途半端だよなー」
「深月ちゃん、それ、昨日も聞いたよ?」
「……もう一泊、するか!」
「賛成です!」
「ネルモー!」
こうして深月たちの「ちょっと一休み」は、二泊目に突入するのだった。
◇
それからさらに2日が経過し、朝。
三晩をオアシスで満喫し、すっかり英気を養って、なお養っている一行が優雅に朝食をとっていた、そんな朝。
「あ、 深月さん! よかった、追い付――――んん?」
砂丘の向こうから、大量の荷物を背負い、汗だくで駆けてくる白い剣携えた人影。
アレンだった。
彼は一瞬深月たちの姿を認めて、ほっとしたように顔を綻ばせたが、途中で表情を固まらせる。
アレンの目の前に広がっていたのは、水辺で貝を拾う不死王、湖畔で水浴びをしながら毛づくろいをするケンタウロスと、肉の刺さった串を持ったままうたた寝しているギルタブリル。そしてその中心では、パラソルの下で寝っ転がり、神獣に大きな植物の葉で扇がせて、実にくつろいだ顔をした深月だった。
どこからどう見ても、完全にリゾートを満喫している一団の図であった。
「どうしてっ、まだ、ここにいるんですかっ!?」
アレンの悲痛な叫びが、朝のオアシスにこだました。
「え、だって、ここ居心地良くて」
「オレは! ほとんど寝ないでデーカスト駆除の後処理をし、ギルドの代表でもないのになぜかボクが窓口役をさせられっ、国の貴族どもに散々怒鳴られ嫌味を言われて、そんな中でも深月さんたちが見知らぬ土地で困っているだろうと思って、
Xランクへの昇級を薦めた手前、何か手伝えることはないかと必死に追いかけてきたんですよ!?
なのにまさかこんな、砂漠の入り口で優雅にリゾートしてるだなんて思わないじゃないですかっ!」
「あー……。まあ、色々あってさ。アレンも一緒に朝飯食ってく? 魚、うまいぞ」
「……いえ、食べますけど! そうじゃなくてですねっ!」
頭を抱えて嘆くアレンを見て、深月は流石に申し訳なくなってくる。
こうしてわざわざ追いかけてきてくれるこの人は、本当にお人好しでお節介な、いい男である。
『優しき者』の二つ名に間違いはない。
「いや、ごめんて。お前がそんな大変だったなんて知らなかったんだよ。飯食ったらちゃんと出発すっからさ。……な?」
「いや、別にいいんですけどね……。オレが好きでやってることなんで」
力無く拗ねるアレン、深月はそっと差出来立ての魚串を差し出すのだった。
「ていうか、そんな大荷物抱えて徒歩で来たのか?」
「ええ。大概の乗り物より、走った方が早いので」
「……お前も大概人間やめてるよな」
お陰さまで少しずつpvも増えちょくちょく日刊や週刊にもランクインさせて貰えてます。
読んでくれる皆様のお陰でです。
これからも宜しくお願い致します。




