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しばしの休息を挟んだ後。
「――作戦会議? ボクとアレンが?」
「はっ。本部の天幕にて、これより明日の対デーカスト戦の軍議を開きます。『優者』殿と、テイマー殿にもご同席願いたいとのことです」
迎えに来た兵士に、深月とアレンは本部の天幕へと案内されることになった。
「恐れ入りますが、そちらの使い魔の方々は……天幕が手狭ですので、ご遠慮いただけますか」
ぞろぞろとついてこようとする使い魔たちを見て、兵士がやんわりと同行を断る。
まあ、無理もない。ケンタウロスのアイリスに、下半身が巨大な蠍のネル。この二人が入るだけで、天幕は一気に埋まってしまうだろう。
「いや、確かに全員は無理だろうけどさ。作戦会議ならボクも使い魔のみんなと相談したいこととかでてくるだろうし、何人かは連れて行っちゃダメですか?」
「いえ、上からはお二方だけを連れてくるようにと……」
兵士さんには悪いが、まだこの世界に完全に慣れていない深月としては、作戦会議のなどという重大な場には誰か一人でも、深月にとっての絶対的な味方が欲しい。
「私たちはみんな心配性ですから、誰も連れて行かないとなると勝手に着いってしまうかもしれません」
「そうだな。特にこのような戦地では、とても深月様を1人で歩かせるなどできん」
「ソウダゾー、心配性ダゾー」
「深月ちゃんはこんな可愛いから、他の兵士さんたちが血迷っちゃうかも知れないしね」
深月たちが渋ってごねて、最後にネルが兵士の前に立ちカチカチと鋏を鳴らすと、案内役の兵士は困り果てた末に折れた。
「……で、では。亜人種方のお一人だけでしたら」
アイリスと蘭が「いえーい」とハイタッチしている。
仲良いな、お前ら。
この辺の深月の意図を察して、直ぐに行動するチームワークは、我がパーティながら流石である。
流石にサイズの問題で、アイリスとネルを連れていくのはダメだったか。
「やった、ありがとうございます。じゃあレーベ、来い」
「はっ。深月様の御身、この身に代えても」
選ばれたレーベが、恭しく頭を下げて、深月の斜め後ろに付き従う。
残されたアイリスたちには、天幕の外で待っていてもらうことにした。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。……くれぐれも、揉め事だけは起こさないでくださいね?」
「善処する」
「うーん、その返事は信用できないなー」
アイリスの、じっとりとした視線を背中に受けながら、深月は天幕をくぐった。
中は、想像していた以上に、慌ただしかった。
中央には、砂漠一帯を描いた大きな地図が広げられ、それを囲むように、シュテルジュ、マーカス、その他の参謀らしき騎士たちや、ギルドの職員が詰めている。
「――北東の斥候より報告。本隊の速度に変化なし」
「第三魔法中隊、魔力残量が規定を下回っています。ローテーションの再編を」
「東の水源の確保は?」
あちこちで報告が飛び交い、地図の上に駒が置かれ、動かされ、意見が交わされていく。統率された、しかし張り詰めた空気。九十一年ぶりの災厄を前にした、最前線の指揮所そのものだった。
――まるで映画みたいだな。
場違いなほど呑気な感想を抱く深月をよそに、天幕に入ってきたアレンの姿を認めて、シュテルジュがゆっくりと顔を上げた。
「来たか、『優者』」
そして、その傍らに立つ深月を一瞥すると、口の端に薄い笑みを刷いた。
「ギルドマスターからは此度の害虫駆除、その主役の座を、そちらに譲ってほしいと言われている。だが、どうだろう」
わざとらしく深月の方へ視線を投げる。
「実際に戦場をその目で見てみて、その考えは変わらんかね? ……見たところごく普通の、か弱き婦女子殿には、少々刺激が強すぎたようにお見受けするが」
どうやら先程のデーカストキングにビビって顔面蒼白になっていた、深月のあの醜態を。しっかり見られていたらしい。
周囲の騎士や兵士たちから、くすくすと、押し殺した嘲笑が漏れる。
か弱き婦女子。
ほーん、また随分と言ってくれるじゃないか。
「――深月様」
斜め後ろのレーベが、感情の一切こもらない声で、静かに囁いた。
「殺りますね?」
許可を求めるでなく、確認口調。
「今は言わせておけ」
深月は表面上あくまで冷静に、短く返した。
もちろん、腹の底は煮えくり返っている。だが、ここで激昂して見せれば、それこそ相手の思うつぼだ。「感情的な小娘」という評価を、自ら裏書きしてやるようなもの。
――どうやってこいつを、土下座させて無様に謝らせてやろうか。
結果で黙らせる。この場にいる全員の前で、こいつに一泡ふかせ、掌をひっくり返させてやる。
この鼻持ちならない貴族が、地べたに頭を擦り付ける姿が今から楽しみで仕方ない。
深月の思考は怒りを通り越して、もはや前向きな作戦立案に突入していた。
「もちろん、変わりませんよ」
深月が黙っているうちに、アレンが穏やかに、しかしきっぱりと口を開いた。
「ランクこそ低いですが、深月さんは間違いなく一流の冒険者です。それはオレが保証します」
「ほう?」
シュテルジュは、興味深げに眉を上げた。
「では聞かせてもらおうか。その一流の策とやらを」
シュテルジュは地図の一点、砂漠の彼方を指し示した。
「敵本隊がこの前線と接敵するのは、明日の日の出と同時、といったところだろう。第一陣は我が魔法騎士団と、冒険者どもの練り上げた大規模魔法で、まとめて吹き飛ばせる。……問題は、その後だ」
指が、地図をとん、と叩く。
「大規模魔法の後、次の魔法の一斉射には、どうしても魔力を練り上げ再詠唱の間が空く。その隙に、後続の本隊がなだれ込んでくる。次の準備が整うまで貴様らはこの津波のごとき虫の群れを、どうやって食い止める?」
当然の問いだ。
これこそがこの討伐戦の肝。大きな魔法と魔法の隙間時間をいかに繋ぐか。そこが崩れれば前線は容易く食い破られる。
アレンは迷いなく答える。
「深月さんの使い魔が、大勢の敵を一挙に『恐慌』状態に陥れる魔法を使います」
天幕の空気がわずかに動いた。
「最前線のデーカストは、恐慌に呑まれて我先にと逃げ出す。ですが、後方の本隊は、それを知らずに前へ突撃してくる。逃げる群れと、押し寄せる群れ。これがぶつかり合えば、敵陣は同士討ち同然の大混乱に陥ります」
深月は内心で頷いた。
これはあのキャラバンでの移動中に、アレンとみんなで練り上げた作戦だ。レーベの『神気』ーー周囲すべてを恐慌に叩き込む、あの力を真正面から戦術に組み込んだもの。
虫型モンスターであるデーカストに『神気』が通用するのも確認済み。
「そこへ近接部隊で突撃をかけます。混乱して足の止まったキングを狙い撃ちにして、確実に数を減らす。そして、魔法部隊の再詠唱が整い次第、こちらは一気に後退。すかさず二度目の一斉射を叩き込む。これを繰り返します」
「なるほどな」
シュテルジュは腕を組み、目を細めた。
「本当にそんな都合のいい魔法が使えるのならば、こちらの被害は劇的に減る。恐慌で逃げ散った小型の討ち漏らしは、相当数出るだろうが……本隊の大部分は、それで挽き潰せよう。実現できれば有効な一手だ」
思いのほか正当な評価だった。
この男、傲慢ではあるが戦術を見る目は確かなのだろう。使えるものは使うという現実主義。だからこそ実力主義で弱者を見下す。
シュテルジュはなおも思案げに、地図を見下ろしていた。討ち漏らしの処理を、どう配分するか。撤退のタイミングをどう計るか。彼の頭の中では既に、細部の詰めが始まっているのだろう。
だが。
そのそつのない作戦を、深月はあっさりとちゃぶ台返しした。
「いーや」
深月の一言に、天幕の視線が集まる。
「そんな回りくどいことしない。――可能な限り、全滅させる」
「……え?」
隣で、アレンが目を丸くした。作戦を一緒に立てた本人ですら、聞いていない言葉だ。
「ほう?」
そして、シュテルジュが。
出会ってから初めて深月を、正面からまっすぐに見据えた。
今までの女子供を見るような蔑みの視線ではない。値踏みする、一人の相手として。
「全滅、と言ったか。数百万の群れを?」
「言った」
深月は退かない。
ここへ来たのはそのためだ。『神獣』が、『不死の王』が、Xランクという規格外の力が、この世界に確かに存在すると。――それを全世界に証明するために。
出し惜しみはしない。本気でいく。そう決めた。
「レーベ」
深月は、傍らのベヒーモスを振り返った。
「できるよな?」
その問いに、レーベは。
まるで水を飲むかと訊かれたかのような、当たり前の顔でこともなげに答えた。
「深月様がお望みならば。私に否という返事はございません」
その微塵の気負いもない、即答に。
そのごく自然体の姿に天幕の中の何人かが、ごくり、と喉を鳴らした。
深月は地図の上に指を滑らせた。前線から、砂漠の奥へと。
「一回目の一斉射が終わったその後、敵本隊はボクたちに任せてほしい。ボクの使い魔たちが全部片付ける。あんたらはボクたちの間をすり抜けて、町の方へ逃げようとするデーカストだけ狩ってくれればいい」
しん、と。
張り詰めていた天幕が、今度は別の意味で、ざわりとどよめいた。
数百万の災厄をたった数体で片付ける。そのあまりに現実離れした宣言に、参謀たちが顔を見合わせる。正気か、と。
「実に面白い話だ」
だがシュテルジュだけは笑っていなかった。深月を見つめたまま、低く言う。
「面白い話だが。本当にそんなことができるのか、にわかには信じられんな」
「できる」
深月は鼻で笑い返してやった。
「今から掌返す準備しとけよ」
その、身の程知らずとも言える挑発に。
シュテルジュは、数秒、無言で深月を見つめ――やがて、くっくっ、と喉を鳴らして笑い出した。
その隣で、アレンが「深月さん、それはさすがに……」と、はらはらした顔で深月を見ている。言い過ぎだ、とでも言いたげだ。
「いいだろう」
ひとしきり笑った後、シュテルジュは鷹揚に頷いた。
「どのみちこれは長丁場の戦だ。そこまで大口を叩くのなら、一番槍はくれてやろう。存分にやってみるがいい」
だが、と。彼の瞳が、すっ、と冷たく細められた。
「もし。貴様らが、あの虫の津波を押し止められぬと、俺が判断したその時は。躊躇わん」
現場の総指揮官である男の手のひらの上に、見せつけるように、ちらりと、火の粉が散った。
「貴様らごとまとめて焼き払う。それでも構わんな?」
「上等」
深月は即答する。
「せいぜい吠え面かかせてやるよ」
ふん、と鼻を鳴らすと、もう話は終わりだとばかりにひらひらと手を振った。
「行け。明日を楽しみにしている」
「言われなくても」
深月はくるりと踵を返し、アレンとレーベを連れて天幕を後にした。
その背が完全に消えるまで。シュテルジュは、じっとその場所を見つめていた。
◇
深月たちが退出し、天幕に静けさが戻ると。
「……よろしかったのですか」
傍らに控えていたマーカスが、控えめに口を開く。
「あのような大言を真に受けて。もし失敗すれば、前線に大穴が空きます。あの者たちに一番危険な先陣を任せるなど」
「マーカス」
シュテルジュは地図に視線を落としたまま、静かに遮った。
「キャラバンに同行した者の報告によれば。あの女本人か、使い魔のどれかは、確かに周囲を『恐慌』に陥れる魔法を使えるらしい」
「は……、それは先ほどの作戦の」
「そしてこれは、あの場では言わなかったがな」
唇が皮肉げに歪んだ。
「その逆もだ。虫けらどもを、自らのもとへと引き寄せる魔法。『誘引』の力も持っているらしい」
「誘引……ですか?」
マーカスが訝しげに眉を寄せる。
「敵を恐慌で追い散らす力と。敵を誘い寄せる力。……その正反対の二つを、あの女は両の手に握っている」
ようやく顔を上げて、見えたその瞳は暗く鈍く光っている。
「その二つを巧みに使い分け、あのギルタブリルの膂力、『優者』や『氷の男』ほどの手練れの冒険者が数人がかりで支えるとなれば。……あの女の言う『全滅』とやらも、あながち絵空事とは言い切れまい。無論、途方もない時間はかかるだろうがな」
「なるほど……そのようなからくりが」
マーカスは得心したように頷いた。
深月自身が聞けば「ミツキフェロモンは魔法じゃねえよ」と突っ込んだであろうが、生憎、その誤解を解く者はこの場にはいなかった。
「なに、案ずるな」
再び地図へと目を戻し、事もなげに言い放った。
「所詮は害虫駆除だ。この日のための備えは、何年も前から積み上げてきた。いざとなれば我が騎士団だけでも、如何様にもなる」
シュテルジュは天幕の外――深月たちのいる方角へとひどく冷淡な一瞥を投げた。
「それに、だ。かの魔法が虫の誘引剤にもなるというのなら、これほど格好の囮もあるまいよ」
「そうならないことを祈るばかりですな」
「そう悲惨な結果にはなるまいよ、奴の能力が本物であるとするならな」
もしあの女テイマーが使う魔物を『恐慌』にさせ追い散らす能力と、『誘引』の能力。2つが本物であるのなら使い方次第で非常に強力な武器になる。
それこそ強力なギルタブリルを捕まえる事もやり方次第でできてしまう。
新しく開発した魔法なのか、あの女だけが使える血統魔法なのか。もし後者ならば、
ーーーーその能力と血、我がラッシュホード公爵家に欲しいな。
非常に小さなその呟きは、慌ただしい天幕の喧噪に紛れて、誰の耳にも届かなかった。
◇
「—―っくちゅん!」
「深月様、風邪ですか?」
「いや、なんか急に寒気が……」
初めてレビューをして頂きました。
すごくすごく嬉しいです、ありがとうございます。
エタらないよう頑張ります。まだしばらく書き留めがあるので安心してください。
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今後ともよろしくお願いいたします。




