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砂漠へ向かうキャラバンは、順調に南進を続けていた。
馬車の車輪が土を噛み、冒険者たちの足音と話し声が、乾いた風に混じって流れていく。
その隊列の中ほどで、アイリスの背に揺られながら、深月はじっとりとした居心地の悪さを感じていた。
視線だ。
あちこちから値踏みするような視線が、ちらちらと突き刺さってくる。
噂の鬼畜テイマー。金で高ランクモンスターを捕まえたボンボン。ギルマスに大役を任された低ランク冒険者。聞こえてくる言葉はどれも好意的とは言いがたい。
「……えーい、鬱陶しい!」
深月はたまらず、小さく吐き捨てた。
好奇の目にせよ、疑いの目にせよ、こうも四方八方から見られていては気が休まらない。元の世界で人目を引くのは慣れているつもりだったが、これはまた種類が違う。
「深月様」
斜め後ろを歩いていたレーベが、すっと身を寄せてきた。
「あの不躾な視線ども、『神気』で散らしますか?」
「もちろんダメだけど」
即答してから、深月はふと気づいて、レーベを見上げた。
「……お前にしては、ずいぶん穏便な解決方法を選んだな。いつもなら『まとめて消し飛ばしますか』とか言うだろ。偉いぞ」
「――っ」
撫でるように褒めてやると、レーベの表情がぱっと華やいだ。
澄まし顔は保っているつもりらしいが、背後で尻尾がぶんぶんと嬉しげに揺れているのは相変わらず丸わかりである。
「深月様にお褒めいただけるとは……この身に余る光栄」
「はいはい。その調子で、これからもできるだけ穏便にな。物騒な提案は控えろよ」
「はっ、了解しました」
うやうやしく頷くレーベを見て、深月は少しだけ肩の力を抜いた。
こいつも少しずつ手加減というものを覚えてきたのかもしれない。まあその基準はまだだいぶズレているが。
そんなやり取りをしていた時だった。
「失礼、そこの。此度の討伐を中心となるテイマーの一団だな?」
ギルドの職員に先導されて、隊列の脇から一人の男が近づいてきた。
若い男である。金髪碧眼、仕立ての良い外套に、腰には装飾過多な儀礼剣。冒険者のそれとはまるで違う、磨き上げられた身なり。その後ろには、揃いのフルプレートに身を固めた騎士が数名、影のように付き従っている。
――王国の騎士団を率いている身分の高い人間。
ひと目でそうと知れる佇まいだった。
「……なんの用ですか?」
深月の声が自然と警戒の色を帯びる。
だが男は深月の問いなど耳に入らなかったかのように返事もしない。
代わりに、値踏みするような冷たい視線を深月の周りに控えるモンスター娘たちへと、ゆっくりと這わせていく。
ネル、レーベ、アイリス、倉木、一人ずつ。まるで市場の家畜でも品定めするように、無遠慮に眺め回す。
その不快な視線に、深月の眉間の皺が深くなる。
「あのギルドマスター直々に、今回のデーカスト駆除の大役をギルドに任せてほしいと言われてな。いったいどれほどのものかと、わざわざ足を運んでみたのだが」
男は、鼻で笑う。
「なんだ。たかがAランクのギルタブリルが一匹と、あとは亜人と獣人を数匹侍らせているだけの女だとはな」
匹、女。
その言葉に深月の頭の中がカチンとなった。
亜人も獣人も、人と同じように言葉を話し、笑い、深月の大切な人たちである。それを「匹」と。
しかもよりにもよって女扱い。
深月の地雷ツートップだ。
「……はぁ?」
深月はわざと聞こえよがしに低い声を出した。
「今なんつった? もう一回言ってみろよ」
アイリスが、慌てて深月に耳打ちする。
「深月様、落ち着いてくださいっ。あれはこの国の貴族です。ここで揉め事を起こしたら、面倒なのは私たちの方ですから……! お願いですから、穏便に」
アイリス自身、「獣」と切り捨てられた側だというのに。それでも彼女は深月の袖を引いて必死に諫めようとする。その姿が余計に深月の腹の底を熱くさせた。
だが当の貴族は深月の凄みなど歯牙にもかけなかった。そもそも聞いてすらいない。
「『冒険王』も耄碌したものだな」
男は深月を通り越して、独り言のように吐き捨てた。
冒険王。おそらくはギルドマスターの二つ名なのだろう。
「まあいい、せいぜい励むがいい。これで貴様らが失敗すれば、冒険者ギルドは我ら王国に大きな借りをひとつ作ることになる。それはそれで悪くない」
言いたいことだけを一方的に告げると、男はくるりと踵を返した。
騎士たちを従え、来た時と同じように、悠然と自分たちの隊列へと戻っていく。
最後まで、深月とは一度も目を合わせなかった。
「……斬首しますか?」
その背を見送りながら、レーベが平坦な声で囁いた。
冗談ではなく、本気で、深月が頷けば実行しかねない声音だった。
「しねーよ」
「何あれ、感じ悪ーい」
倉木も頬を膨らませて唇を尖らせている。
「あいつ殺しちゃっても、私が操ってしばらくバレないようにできるんじゃないかな」
「だからダメだって」
深月は大きくため息をついた。
「……アイリス。悪かったな」
「え?」
「あんなの聞き流せばいいのに。ボクが勝手にカチンときただけだ」
「いえっ!」
アイリスは、少しだけ驚いたように目を丸くして、それからふっと、馬耳を柔らかく倒した。
「私たちのために怒ってくれたんですよね。……ありがとうございます、深月様」
その、小さな声。
深月は照れ隠しに「別に」とだけ返して、ぷいと前を向いた。
◇
貴族の一件から、しばらく。
キャラバンが進み、あたりの土の色が少しずつ赤茶けて、乾いた砂混じりに変わってきた頃。
「深月さーん」
隊列の前方からアレンが小走りに向かってくる。
「先頭のあたりでそろそろデーカストとの遭遇が始まったみたいです。まだキングも見られず数もぽつぽつですが、砂漠が近い証拠ですね」
「お、いよいよか」
深月は好奇心をくすぐられた。
噂の悪魔バッタとやらの実物をまだ見ていない。どうせこれから嫌というほど相手にするのだが、どんなやつか本番の前に下見しておくのも悪くないだろう。
「せっかくだしちょっと見に行こうぜ。アイリス、頼む」
「見物ですか。まあ、敵を知っておくのは大事ですけどね」
アイリスが軽やかに歩き出し、深月を乗せて隊列の前方へと向かう。レーベたちもその後に続いた。
ほどなくして、先頭付近が見えてくる。
そこでは数人の冒険者たちが、大きな網を手にして、何かをせっせと捕獲している最中だった。
「お、やってるやってる。どれどれ」
深月は、その手元に目を凝らした。
網の中で、跳ね、もがいているもの。
それを見た深月は、固まった。
でかい。
バッタだ。確かにバッタなのだが、一匹一匹が、異様にでかい。三十センチはある。深月の前腕ほどもある巨大なバッタが、ぎちぎちと羽を鳴らし、無数に群れて跳ね回っている。
そのおぞましい大きさと数に、深月の背筋を、ぞわりと悪寒が駆け上がった。
「何あれっ」
嫌な予感を、言葉にしてしまった時点で、もう遅かった。
「ムリムリ無理無理ッ!!」
深月の想像をはるかに上回る嫌悪感のあるフォルム。見知った昆虫がただでかいというだけでここまで受け入れられないのか。
思わず、腹の底から悲鳴を上げてしまった。
わずか一瞬。心拍数なのか興奮なのか恐怖なのか。
『ミツキフェロモン』の分泌条件を深月は満たしてしまっていた。
ぶわり、と。目に見えぬ「魅了」の波が、深月から放たれる。
次の瞬間。
視界に映るデーカストの、およそ半数が。
――――一斉に、深月めがけて殺到した。
「うぇええええええッ!? なんでこっち来んの!?」
「いやあああああッ! 来ないでっ! 来ないでくださいッ!!」
深月と、同じく虫が死ぬほど苦手なアイリスが、二人揃って絶叫する。三十センチの巨大バッタの群れが、真っ黒な塊となって押し寄せてくる光景は、控えめに言っても地獄だった。
「深月様に、寄るな虫ケラどもがァッ!!」
真っ先に動いたのはレーベだった。
深月を守るのよう背を向け前に立ち、目にも留まらぬ、視認できない速度で振るわれた手刀。そこに魔力を乗せ生み出された衝撃波。迫るバッタの群れを空中で一掃する。ドンッ、という風圧が深月の頬を叩く。
「いくら深月ちゃんが魅力的だからって、群がるなんて。ちゃんと距離を保ちなさい!」
続いて倉木が、ぷくりと頬を膨らませたまま、すう、と息を吸い込んだ。
『不死王の息吹』
彼女の唇から吐き出された、黒い瘴気。それが扇状に広がると、触れたデーカストが片端からみるみる腐り落ちていく。生あるものを死へと引きずり込む、不死の王の権能。
「オレも手伝いますよ! ――風よ、切り裂け『ウインドトエッジ』」
アレンが呪文と共に剣を一閃すると、鋭い風の刃が巻き起こり、群がるバッタをまとめて吹き飛ばしす。
そして。
「コレハ、デーカスト」
混戦の中、討ち漏らしの数匹をネルが尻尾の先で貫き、鋏で器用に掴み取った。
しげしげとそれを眺めると、ぱくり、と口に運ぶ。
「ンー……。懐カシイ味ダナー」
「ネル!?」
故郷の味とばかりにしみじみと咀嚼するネル。砂漠育ちの彼女にとっては、これはご馳走なのかもしれない。深月は色々な意味で気が遠くなった。
「深月様! いったん撤退しましょう! このままだと、キリがないですっ!」
パニックから立ち直ったアイリスが、背中の深月を振り仰いで叫ぶ。
それは、正しい判断だった。レーベたちがいくら薙ぎ払っても、悲鳴を上げた深月に引き寄せられて、後から後からデーカストが集まってくる。フェロモンが出続けている限り、この地獄は終わらない。
「っそうだな、撤退するぞ! いったん下がって仕切り直しだ!」
だが、深月が指示を出しかけたその時にはもう、周囲は跳ね回るバッタで埋め尽くされつつあった。撤退どころか、囲まれかけている。
「深月様、『神気』の仕様許可をお願いします」
レーベは淡々と超絶技巧で深月の前のデーカストの群れを吹き飛ばしながら深月に問う。
そ深月は迷わず頷いた。
「レーベ任せた!」
瞬間。
レーベの全身から、圧倒的な「格」の波動が放たれた。
周囲すべてを恐慌状態に叩き込む、神話の気配。
その効果は、劇的だった。低ランクのモンスターにすぎないデーカストたちは、格上の存在から発せられる根源的な恐怖に耐えられるはずもなく。
次の瞬間には、我先にと、蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ出していった。
あれほど群れていたバッタが、みるみる視界から消えていく。
「はぁ、はぁ。えらい目にあった……」
バッタの気配が完全に去ったのを確認して、深月はアイリスの背の上で、がっくりと項垂れた。
まだ、大規模討伐は始まってすらいない。その前哨戦で、この有様である。
――このままじゃ、まずい。
深月は懐に手を入れ、ずっとしまい込んでいた、あの無骨な銀のブレスレットを取り出した。
同じことを、討伐本番で繰り返すわけにはいかない。悲鳴を上げるたびに数百万匹のバッタが押し寄せてくるなど、想像するだけでも悪夢だ。
「……着けるか」
迷いがなかったと言えば、嘘になる。
これを着けるということは、『ミツキフェロモン』を抑えるということ。もしそれがなかったら、こいつらはボクの傍に、なんて。あの問いは、まだ胸の奥でくすぶっている。
だけど今はそんなことを言っている場合じゃない。
深月はひやりと冷たいブレスレットを自分の手首にはめた。
かちり。と。
それはまるで手錠が閉じるような小さな音を立てた。
特に何かが変わった実感はない。フェロモンが抑えられているのかどうかも自分では分からない。
ただ手首に残る、金属の重みだけがやけに現実だった。
「……ま、気休めでも、無いよりマシか」
深月は顔を上げ、あたりを見回した。
レーベの神気の余波は、逃げ惑うバッタだけに留まらなかったらしい。
少し離れた場所では、居合わせた冒険者たちが腰を抜かして震え、繋がれていた馬車馬たちが白目を剥いて棹立ちになり、キャラバンはちょっとした騒然とした状態に陥っていた。
「……あー」
深月は、乾いた笑いを漏らした。
「アレン、すまん。任せてもいい?」
深月が行っても何もできないだろうが、冒険者として一流の実績をもつ『優者』アレンであればみんな落ち着きを取り戻すだろう。
「これはさすがにオレが行かないとまずいですね。先程のは今回のクエストの秘密兵器だとか何とか言って誤魔化してきますよ」
苦笑しながらキャラバンへ戻っていくアレンの背中を感謝を込めて見送る。
まだ砂漠にも着いていないというのに。
さすが九十一年ぶりの悪魔の年。前途多難という言葉の意味たっぷりと教えてくれるじゃないか。
本日2話目の投稿です。
第三章の終わりまでだいたい書き貯めているので、推敲、修正しながら投稿します。
リアクションボタンのおかげで読んでくれている人がいるとわかって励みになります。




