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「本格的な大規模クエストの開始は2週間後ですね」


 アレンがピースサインを作りながら教えてくれる。


「目的地の砂漠までは馬車で約2日ほどの距離がありますから、ギルドがクエスト開始日に間に合うように、冒険者用の乗り合い馬車と人員を何人か出して簡易のキャラバンを作り向かうそうです。

 深月さんたちは、それについていく形にした方がわかりやすいかもしれません。もちろん現地であらかじめ地形の確認や大規模魔法の下準備をされるなら先に現地に行くこともおすすめします」

「馬車か。大勢で行くんなら迷わなくていいな」

「といっても、深月さんの場合はアイリスさんがいますから馬車に乗る必要はないでしょうし、大きな荷物だけでも載せて貰えるように伝えておきますね」

「あ、それは助かる。長距離の移動の時の荷物って何気に困るからな」


 人数分の食料や水って意外と多くて大変なのだ。


「じゃあ移動の時はアイリス頼むな」

「フフン、まかせてください!」

「くっ、私が深月様を背負って差し上げたいっ!」

「コッチノ背中ニモ乗ッテイイヨー!」


 名前を出されて得意げに馬の胴をぶるりと震わせるアイリス。

 なにやらアピールしているレーベとネルは置いておく。

 アイリスの背中はは乗り合い馬車よりよほど速くて快適な、深月しか乗せない専用の足である。


「で、なんか気をつけることとかあれば教えてほしいんだけど、バッタ退治なんて初めてだし、装備とか用意した方がいいものとか」

「そうですね。せっかくなので、経験者としていくつかアドバイスを」


 アレンは人のいい笑みのまま、指を一本立てた。


「まず一つ。虫除けは必ず持っていってください」

「虫除け?」

「今回の大規模クエストは大人数で長期間、交代しながらのものになると思います。デーカストキングを優先して狙いますので、小型の普通のデーカストは結構な数が討ち漏らしがでると思います。

 あいつらは休憩中だろうと寝ていようとお構いなしにたかってきますので、小型の虫形モンスター専用の虫除け香を焚いておくと、多少はマシになるかと思います。ギルドの購買で売ってますよ。

 例年でも準備を怠った冒険者が仮眠中に顔を囓られる被害はよく発生しています」

「うえー、顔にもたかってくんのか……、想像したくねー」


 深月は自分の顔面にバッタがびっしり張りつく光景を思い浮かべて、うっとえずいた。


「二つ目。装備は、とにかく全身をしっかり覆えるものを」


 アレンは続ける。


「デーカスト一匹の攻撃力なんて、たかが知れています。噛まれても、せいぜい虫刺され程度ですが」

「数が数だから、チリも積もればってやつか」

「そういうことです。一匹の被害は小さくても、それが何百、何千と群がれば話は別だ。チェーンメイルなど簡易なもので構いませんので肌の露出は極力減らして、顔もせめて丈夫な布か何かで覆うのが鉄則です。動きやすさより、隙のなさを優先してください」

「なるほどな。要は完全防備で挑めってことか」

「ええ。あとは――」


 アレンはそこで、少し言い方を選ぶように間を置いた。


「網ですね。デーカストは大規模魔法で焼き払うのが基本ですが、焼き漏らしを一匹残らず処理するのが、実は一番の重労働なんです。逃げ足の速い個体を追いかけて、まとめて捕らえる。だから網はできるだけ大きくて、目の細かい、丈夫なものを。安物だと一発で食い破られますからね」

「バッタでもFランクのモンスターだもんな。普通のバッタと同じにしちゃだめか」

「ええ、ギルドでもアラクネの糸で作られた網など推奨していますし、購買でもこの時期なら取り扱いがあると思います」


 さすが冒険者ギルド。なんでもあるな。


「あとは細かいことですが……履物は、砂に足を取られにくい丈の高いものを。それとかなり水は多めに。砂漠は日中と夜の寒暖差が激しいので、防寒対策も用意してください。討伐そのものより、環境で消耗する新人が毎年けっこう出るんですよ」

「なるほど、勉強になるわ。めっちゃ助かった」


 深月は素直に頭を下げた。

 こういう時、経験者の言葉は素直に聞いておくものだ。なんとかなるだろうと出たとこ勝負をした結果、痛い目を見た記憶は地球にいた頃から山ほどある。


「みんな聞いてたか? 完全防備だってよ」

「はっ。お任せください。深月様の御身はこの身に代えても必ずお守りいたします。髪一本触れさせません。虫けら如きが深月様の玉体に触れようなどと、必ずや絶滅させましょう」


 いや、今ボクはみんなの心配をしていたんだが。ずれた答えが帰ってきた。


「深月ちゃん、私ゾンビだから虫くらい平気だよ。触れたそばから生命力吸っちゃえるし、ちょっと囓られるぐらいでしょ? 生きてた時にお腹食い千切られたこと考えたら全然へっちゃら!」

「後半の話必要あったか? 食い千切られた本人が笑顔言っているのがちょっとホラーなんだが」

「ネル、砂漠出身ダカラ砂漠得意。任セテ、デーカストヨク食ベタ」

「頼りになる発言だけどなんかやだな」


 美少女がお腹食い千切られるとこも、美少女がバッタを貪っているとこと想像はしたくなかったな。


「私はフルプレートとはいかなくてもある程度の馬装具揃えないとですね。深月様の装備と一緒に後で買いに行きましょう」

「またお金が必要になるな。あ、そういや前のダンジョンで見つけたお宝の報酬って、いつもらえんの? あれ、けっこうな量だったろ。今ちょっと金欠気味で困ってるんだけど」


 装備を新しく新調するには心もとない金額しか深月たちは持っていない。


「宝物庫の中身はうちの職員と鑑定士で回収と目録作りを進めているところでね。ギルドの調査がすべて終わり次第、正式に査定して、後日きちんと支払われることになっている」

「マジかー。しゃーない、適当なクエスト受けて稼ぐしかないか」

「今回は色々が想定外が続いたこともあるし、Xランクへの昇級もこちら側から提案させて頂いたことだから、昇級試験に伴うある程度の必要経費はギルドで負担しようじゃないか」

「マジ!? やった!」

「あくまでも必要経費だからね。必要以上に高価なものや、今の君たちが使いこなせないような装備は却下するよ」

「わかってるって! アイリス、一番いい装備選ぼうぜー!」


 深月たちが思わぬ幸運に喜び勇んで武器屋に飛び出していこうとしたところを、ローワンが苦笑しながらひきとめる。


「ちょっと待って深月さん。実は最後に一つ、渡しておくものがあってね」


 ローワンが紅茶を一口飲み、引き出しから取り出したのは、鈍い銀色をした、装飾のない無骨なブレスレットだった。


「なにそれ?」

「ギルドマスターからの贈り物だそうです」


 ローワンはそれを、そっとテーブルに置いた。


「これは、装備した者の魔力を一切外に漏らさなくする代物さ。本来は――そうだね、あまり気持ちのいい用途じゃない」

「ていうと?」

「敵対した魔法使いや、罪を犯した術者を捕らえたとき。その魔法を封じるために使う拘束具さ。着けている間、術者は自分の魔力を体の外に出せなくなる。魔法使いにとっては、手足を縛られるようなものだね」

「うっわ、物騒。そんなの、なんでボクに?」


 深月が眉をひそめると、ローワンは少しだけ困ったように微笑んだ。


「ギルドマスターが言うにはね。『自分でコントロール出来るようになるまで、これを着けていればその厄介な呪いをある程度は抑えられるだろ』と」

「……呪い?」

「彼はそう言っていたよ」


 ローワンは、あくまで伝言だとばかりに肩をすくめる。

 呪い。厄介な呪い。――ミツキフェロモンのことだ、と気づくのに、そう時間はかからなかった。

 運動や興奮で分泌され、人間以外のメスを問答無用で魅了してしまう、この体質。自分でもコントロールできず、望んでもいないのに周囲を巻き込む。

 確かに――呪い、と呼ばれても、否定できる立場ではなかった。


「魔力を封じる道具で、ボクの体質が抑えられんの?」

「詳しい理屈は、僕にもわからない。ギルドマスターがそう見立てたのなら、そう外れてもいないだろう。あの人は勘が異常に鋭いというか、こういうことに関してはまず間違えない人でね」


 深月は、無骨な銀のブレスレットを手に取ってまじまじと眺めた。

 ひんやりと重い。まるで手錠のかけらのようだ。

 これを着ければ、少しは――今まで散々振りまいてきた「魅了」を、抑えられるのかもしれない。

 悪い話ではない。むしろ、ずっと欲しかったものかもしれない。

 なのになぜだろう。深月の胸の奥で、ほんのわずかに、何かがちくりと痛んだ。

 ――抑えられる、ってことは。

 ちらり、と背後を見る。レーベが、アイリスが、ネルが、蘭が、当たり前のように深月の後ろに控えている。

 もしこの「呪い」がなかったら。こいつらは、そもそもボクの傍にいてくれたんだろうか。


「……深月様?」


 黙り込んだ深月に、レーベがそっと声をかける。


「あ、いや。なんでもねーよ」


 深月は、ぱっと表情を戻して、ブレスレットをポケットにしまった。

 考えても仕方のないことだ。今は。


「ありがたく使わせてもらうって、ギルマスに伝えといて」

「ああ、伝えておこう」


 ローワンが、紅茶を片手に穏やかに笑った。

 なかなか、話のわかる支部長である。



 ◇



 そして、冒険者キャラバン出発当日。

 朝の冷たい空気の中、ギルドが用意した乗り合い馬車の周りには、すでに大勢の冒険者が集まっていた。


「うっわ、すげー人だな……」


 深月は、その光景に思わず声を漏らした。

 武装した男たち。魔法使いのローブをまとった者。獣人、亜人、さまざまな種族が入り交じり、それぞれに得物を担ぎ、出発の準備を整えている。

 遠く離れた場所にはこの国の騎士団だろうか、同じフルプレートの装備で身を固めた一団が準備しているのがみえる。

 まさに王都総動員、といった様相だ。


「そりゃそうですよ。何せ、九十一年ぶりの悪魔の年ですから。腕自慢の冒険者は、こぞって集まってきますって。稼ぎ時でもありますしね」


 アイリスが、深月を背に乗せたまま解説する。


「稼ぎ時?」

「今回のデーカストキングの討伐には討った数だけ報酬が出る出来高制なったそうです。通常のデーカストを減らすだけでも報酬が出ますし数が多いってことは、それだけ稼げるってことでもあるんですよ。命がけですけど」

「なるほど、さすが冒険者だ」


 そんな話をしていると。


「よう、そこにいんのは深月坊やじゃないか!」


 人混みの中から、聞き覚えのある声が飛んできた。


「あ、イリーダさん!」


 飄々とした笑みを浮かべて近づいてきたのは、大楯を背負った獰猛な美貌の女以前ダンジョンで一緒になった冒険者『女神の楯』のリーダー、イリーダだ。

 彼女の後ろには他のパーティメンバーも揃っている。


「聞いたよ? あんたたちら、支部長からえらい大役任されたんだって。今回の大規模クエストは深月たちパーティを軸に進められるって」

「え、そんな噂になってんの!?」

「この業界は狭いからね。あっちゅう間さ」

「勘弁してくれよ……」

「ま、頑張りな。期待のルーキーさん」


 深月がげんなりしていると、イリーダはバシバシ背中を叩いて去っていく。

 そして少し離れたところから、また別の声がかかった。


「よぉ! そこにいるのは噂の鬼畜変態テイマーじゃねぇの!」

「あ゛ぁっ!?」


 聞き捨てならない声に振り返るとそこにいたのはからからと笑っているアルザだった。

 夏休みの少年のような大きな虫取り網を持っている姿が似合わなくて笑える。


「なんだよ、おっさんも今回のクエストに参加すんのかよ。他の『昼の影』のメンバーは?」

「おっさん言うな! 他の奴らは向こうでクエストの手続き中だ。俺は弟子を見つけたからちょっと声かけに来ただけだ、ありがたく思え」


 アルザにはこのクエスト開始までの期間もデーカストキングを想定しての訓練をして貰っていた。


「ま、うちは広域殲滅魔法なんか使えないから主にキング狙いだな」

「そんな近所に虫捕りに行くような装備で大丈夫かよ、バッタ囓られて死ぬとか洒落になんねーぞ」

「アホか、普通のデーカストが寄らないようにちゃんと対策ぐらいしてるわ。生意気な弟子め!」


 アルザはそう言ってがっしりとヘッドロックのように肩を組んで深月を抱え込み、耳元で小声でぼそりと、


『今回不死王の穣ちゃんのアンデットやキメラ作成は止めとけ、あれはまだこの国のお偉いさんには受け入れられねぇよ』


 思わずチラリと蘭を見る。

 たしかに国にとって死んだ仲間すら利用される不死の無限の兵隊など脅威でしかない。


「なぜか知らんが、今回ギルドが意図的にお前に注目いくように噂を流してやがる、せいぜい気を付けるこったな」


 深月をパッと解放し言うだけ言ってアルザはヒラヒラと手を振りながら自分のパーティの元へ戻っていった。

 なんだかんだ面倒見のいいおっさんなんだなと思う。


「……なあアイリス。ボク、けっこう有名人になってね?」

「悪い意味でですけどね」

「うっさい、わかってて言ってんだよ」


 深月のツッコミに、アイリスがくすりと笑う。

 その時、隊列の先頭で、ギルド職員が高らかに号令をあげた。


「――全員、揃ったか! 時間になったのでこれよりデーカスト討伐クエストを開始する! 目的地は南方砂漠! 隊列を乱すな、遅れる者は置いていくぞ!」


 ゴゴゴ、と馬車の車輪が軋みをあげて動き出す。

 大勢の冒険者たちが、それに続いて南へと歩き出した。

 壮観である。


「よし、ボクたちも行くか。アイリス、頼むぞ」

「はいはい、しっかり掴まっててくださいよ」

「深月様、人が多くて邪魔な様でしたら半分程度に減らしましょうか?」

「やめろ! 本格的にお尋ね物になるだろ。やるなよ、絶対やるなよ!」

「ヤルゾーー!」

「ネルちゃんテンション高いね。久しぶりの里帰りみたいなものたもんね!」


 わいわいと騒がしいパーティを連れて、深月を乗せたアイリスが軽やかに駆け出す。

 九十一年ぶりの悪魔の年へ。

 袖の中の冷たいブレスレットと一緒に抱えたまま、深月は砂漠へと向かうのだった。


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