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「いやー、勝った勝った大勝利!」

「流石深月様です。見事な采配、まさに神算鬼謀かと」

「カッタデーー」

「レーベちゃんのせいで何回か死んだけど。楽しかったからまぁいっか!」


 深月に続いて、背筋を伸ばし尻尾を上機嫌に揺らすレーベ、丸太バットを担いだままのネル、鼻唄まじりにえげつないこと言っている倉木が、我が家のリビングにでも入るような気安さでぞろぞろと室内へなだれ込む。


「……みなさん、もう少し静かに入れませんか? ここ、支部長室ですよ?」


 最後尾の恥ずかしそうなアイリスがそっと扉を閉めた。

 部屋の主であるローワンは、そんな一団を穏やかな笑みで迎えると、いつものように取り寄せの紅茶を一口含んだ。深月たちが持ち込んだ喧噪など、庭先で雀が騒いでいる程度にしか動じない。さすが王都の冒険者たちを束ねる男である。

 その隣では、アレンが「賑やかでいいですねぇ」と苦笑していた。


「お、アレンもいるのか、報告お疲れさん、大変だなリーダー。また今度暇なとき一緒に『邪危宇』しようぜ」

「僕でよかったら喜んで。正直皆さんが羨ましかったです」


 深月はアレンに軽口を叩きながら部屋の中央まで進んでいくと、机の向こうに座っていたローワンが、深くため息をついた。

 その机の上には、書類が山のように積まれている。

 几帳面なローワンにらしくなく、乱雑に散らかった紙やペンを見るに今回のダンジョン調査の報告は非常に手間の多いものだったのだろう。

 冒険者ギルドの支部長というのもなかなかに大変らしい。毎日こんな紙切れの群れと戦っているのなら、モンスター相手の方がまだ気が楽なんじゃなかろうか。


「で、ボクたちの処遇は決まった?」


 勧められた来客用のソファにどかりと腰を下ろし、深月は足を組んで尊大に切り出した。

 ギルドの方針によっては最悪レーベや蘭に討伐隊が組まれたりもあるかもしれないと考えていたが、こうして町の中に入れたということは、とりあえず最悪はなさそうだ。

 あとはレーベや蘭を実験体として差し出せやら、深月自身を『ミツキフェロモン』の実験体にさせろなど、色々無茶な要求をされると考えてしまう。

 鬼が来ても蛇が来ても、こっちにはベヒーモスがいるんだぞ。

 たとえ国やギルドが相手でも逃げるぐらいは出来るだろう。

 つまり開き直ったやけくそともいう。

 ローワンは一度アレンの方を見た。

 アレンはいつもの人のいい笑みを浮かべながら、机の横に立った。


「先に結論から言いましょうか」

「おう!」


 なんでもドンと来い。


「深月さんにはXランクになって頂きます」

「おう?」


 予想していた答えとはかなり方向性が違う。


「実はね、多忙を極める本部のギルドマスターと、ほんの少しだけ話す時間をいただけたんだ。あの人と連絡が取れること自体、年に数えるほどしかないんだがね」

「へー、そんなに偉い人なのか」

「偉いというより……まあ、規格外の人でね」


 なぜかローワンとアレンが同時に、遠い目をした。触れてはいけない何かを感じて、深月はスルーする。


「それで、そのギルマスがなんて?」

「ふむ。順を追って話そう」


 ローワンは指を一本立てた。


「まず君には、こちらが提示するいくつかのクエストで功績をあげてもらう。そのうえで本部での面接と会議を経て、正式にXランクへと昇級――つまり君のパーティが冒険者ギルドの中でしっかりと地位を固めたうえで、各国へと報告する。こういう段取りになった」

「回りくどいな。そんな面倒なことしなきゃだめ? レーベと蘭の実力は一緒にダンジョンへ向かった冒険者やそこのアレンが証明してくれると思うけど」

「順序が逆になると、面倒どころの騒ぎではなくなるからさ」


 ローワンの声のトーンが、ほんの少しだけ落ちた。


「いいかい、深月さん。もし今この段階で『新人テイマーがXランクの神獣やモンスターを従えている』などと各国に漏れてみなさい。血相を変えた国が、まず何を考えると思う?」

「……まぁ、ボクからその神獣を取り上げようとか、それが無理ならいっそ討伐してしまおうとか?」

「そうなる確率は高いだろうね。むしろ深月さんたちを排除するだけならいい方で、神獣を信奉してる『レジオス獣王国』や、原初神ではなく唯一絶対の神を崇める西の『神国』がどう出るのか全く予想できない。下手したら世界中を巻き込む大きな戦争になるかもしれない」


 ローワンは静かに続ける。


「先に地位を固め、実績を積み、『あれはギルドが認めた冒険者であり、敵ではない』という共通認識を作る。そのうえで報告すれば、少なくとも問答無用で討伐隊が組まれる事態は避けられる。回りくどいだろう? だが、回りくどさこそが、君たちを守る盾になる」


 深月は、ふう、と息を吐いた。

 レーベや蘭が牢に繋がれたり、討伐隊に狙われたりする最悪の未来は、ひとまず遠のいたらしい。

 正直、ギルドなんてお役所仕事の権化で、面倒事は全部こちらに押しつけてくるものだと思っていた。しかしそうではなくきちんと所属している冒険者を守ろうとしてくれてる。


「ちなみにさ、ギルドの話し合いでは捕まえちまおうとか、今の内に討伐しようとか、そういう話は出なかったの?」

「出たよ」


 あっさりと肯定され、レーベの目が細くなる。深月がそっと手で制した。


「もちろん最初に候補には挙がったよ。だけど却下された」


 ローワンは紅茶を一口含み、なんでもないことのように言ってのけた。


「その話が出たときに僕がすぐ止めました。正直『ノーライフキング』である倉木さんだけならまだやりようがあるかもしれません。しかし『ベヒーモス』レーヴァイアさんと同時となるとまったく攻略方法が思い浮かばない。Xランクの底のない強さは直に対面した人間でないとなかなかわかりませんからね。

 一緒に冒険した深月さんたちと闘いたくないという個人的な感情を抜きにしてもXランクを二体まとめて相手取るなんて危険が過ぎる、と」

「とまぁ、最高の冒険者の1人である『優者』アレン・ルクランシェがこうも言っているんだ。

 人類全体で見るとXランクとして認定された勇者や騎士、冒険者も数人いるのだけれど、Xランクの強さは想定できないからね。

 仮にギルドが国が協力して最精鋭を総動員して討伐できたところで、こちらが払う代償に見合わない。君たちを敵に回すより、味方に引き込むほうが、遥かに安く、遥かに賢明だ。それがギルドの結論さ」

「……そりゃどーも」


 打算まみれの理由だが、こういう時はむしろそのほうが信用できる。情に訴えられるより、損得で「味方でいたほうが得」と判断してくれるほうが、裏切られる心配が少ない。

 深月の肩から、ようやく力が抜けた。


「つまりこれからテストってわけだ」


 深月がそう要約すると、後ろに控えていたモンスター娘たちが、途端に色めき立った。


「お任せください。深月様の名を高からしめる好機、この身に代えても果たしてご覧に入れます」

「ヤルゾー」

「深月ちゃんと冒険できるの楽しみー!」


 レーベは拳を握り、ネルは尻尾をぴんと立て、倉木は満面の笑みを浮かべる。テストと聞いて怯むどころか、遠足の前日のような盛り上がりようだ。


「いやいや、ギルドがXランクの判定に使うクエストなんて、不安しかないんですが……」


 アイリスだけが、げんなりした顔で頭を抱えていた。


「そりゃまあ、フツーの依頼で神獣の力を測れるわけないですし。とんでもないヤバいやつが来るに決まってるじゃないですか。私、平凡な冒険者なのに……」


 もっともな指摘であった。


「安心してください。第一のテストは、簡単ですよ」


 それまで穏やかに二人を眺めていたアレンが、助け船を出すように口を開いた。


「なにせほぼ全ての冒険者に受注を促す、恒例のクエストですから。当然、オレも参加します」

「へえ、アレンも出るのか。知ってる顔がいるんなら心強い」

「まずは反対意見が出ないようにしなくてはならない。そのためにも深月さんの実力を、多くの冒険者に直接その目で見てもらう必要があるんだ。ちょうどいい機会がある。もう少しすると、砂漠から七年ぶりにあの悪魔たちがやってくるからね」

「あーーっ、もうそんな時期なんですね。あれ苦手なんですよ、話にはもちろん聞いてましたが、行きたくないなー……」


 アイリスがますます沈んだ顔になる。どうやら彼女にとっては聞くのも憂鬱な代物らしい。


「悪魔?」


 すごく物騒な単語だが、この世界では魔物の一種か何かだろうか。

 砂漠から来るということで、昔砂漠に住んでいたネルの方を見る。


「ンーー?? ……ア、アレカッ」


 ネルの表情が、めずらしく渋くなる。


「ネル、アレキライ。砂漠中ノ獲物ヲ食ベ尽クスシ、空ガ真ッ黒ニナル」

「なんだそれ、わからん」

「順番に説明しますよ」


 アイリスが何処からともなく眼鏡を取り出し、指し棒代わりに近くにあったペンを手に取った。いつもの解説モードである。


「いいですか。約七年周期で、南の砂漠では『デーカスト』という小型のバッタ型モンスターが、とんでもない数、数百万匹というそれこそ空を覆い尽くすほど大量に発生するんです。地元では『悪魔バッタ』とも呼ばれてましたね」

「バッタかー」

「大群になると通り道の草も作物も一粒残らず食い尽くして、そのまま人里まで押し寄せてくるんです。放っておいたら、その年は確実に食料危機ですよ。だから発生期には、王都中の冒険者が総動員で駆除のクエストを受けるのが、恒例になってるんです。大規模魔法を連発して焼き払って、取り残しを網を持って追い駆け回ったり」

「なるほど……要は、7年に一度の害虫駆除の総力戦みたいなもんか」


 深月は元の世界のニュースで見た、砂漠を埋め尽くす蝗害の映像を思い出した。あれが魔物になって、しかもこっちに向かってくるというのなら、確かに笑い事ではない。


「バッタかー、ボクもカブトムシとかは好きだけどそんなに虫得意じゃないんだよなー」


 深月が呑気にぼやいていると、アイリスの顔がさらに一段曇る。


「……そのバッタ、約千匹に一匹という割合ではあるんですが、十三年周期で大型化してすごく凶暴な個体『デーカストキング』が出現するらしいんです」

「大型化?」

「体長がイノシシぐらいになって、性格も凶暴になる個体が交じるんです。強靭なバネの脚に、長距離を飛行できる翅、硬い外殻に、鋭い顎。デーカストはランクFですがキングになると一気にCまで危険度も上がります。だから昔の人は、その年のデーカストを『悪魔バッタ』って呼んで恐れたんです」


 ごくり、と深月が唾を飲む。

 イノシシの大きさのバッタとか恐怖でしかない。


「七年周期と十三年周期、バッタ退治がXランクのテストになる、まさかとは思うけど……」

「おや、意外と賢いですね」


 ローワンが、深月の言葉の続きを静かに引き取った。

 意外とはすごく余計だ。


「七年周期の大量発生と、十三年周期の大型化。その両方が――今年、重なった」

「いやーーーー! 最悪じゃないですかっ!」


 アイリスが泣き声混じりに叫ぶ。

 虫苦手だもんな。


「七と十三、両方の周期が合致するのは、実に九十一年ぶりだ。文献には残っているが、経験した人間の冒険者はもうほとんど生きていない。数だけでも脅威なのに、そこにそんな化け物が紛れ込む。文字通りの悪魔の年、というわけさ」

「最悪じゃん……。九十一年ぶりの悪魔の大群を、どうやって捌くんだよ。まさか冒険者総出で頑張ります、で済む規模じゃねーだろ」


 いくら千匹に一匹だと言っても、普通の個体が数百万匹もいるならば、上位個体のデーカストキングに数は万近くいるだろう。

 1万匹のランクCのモンスターと、さらにキングに率いられた数百万匹の兵隊。

 まさに災害とでも云うべき脅威だ。


「本来ならばこういう事態のためにこそいるんだよ。人類側の切り札が」

「切り札?」

「Xランクさ。人の身でありながら神話の領域に届いた、正真正銘の化け物さ。今回はギルドマスター本人が出張って、悪魔の年を捻じ伏せる手筈になっていた」


 深月が何よりも信頼し、憧れる強さを持つレーベ。

 人でありながらその境地に至っているなど到底理解が及ばない。


「へぇ、ギルドマスターねー……。人間なのにうちのレーベや蘭と同じXランクなんて信じらんねぇ」


 そちらのテストのつもりだろうが、こっちだって本当にギルドマスターがレーベや蘭と同じ強さを持っているのか見せてもらおうじゃないか。

 深月が息巻いていると、ローワンとアレンが揃って、なんとも言えない顔をしていることに気づいた。

 嫌な予感がする。


「そのギルドマスターがね」


 ローワンは、心底疲れた声で告げた。


「――『そのテイマーの連れてる神獣とやらが本物なら、そいつらにどうにかさせろ。俺が行く手間が省ける』と、こうおっしゃってね」

「はぁ!?」

「つまり第一のテストは、この悪魔の年のデーカスト討伐。君たちが『本物』かどうかを、王都中の冒険者の前で証明する舞台としては、これ以上ないだろう?」

「普通こっちに丸投げする!? 失敗したらどうするつもりなんだよ!」


 深月は思わずソファから立ち上がって叫んだ。

 もちろん頼れるしもべたちがバッタ如きに遅れを取るなんてまったく思わないが、何しろ数が数だ。相当数の内漏らしが出るかもしれない。

 九十一年ぶりの災厄を、新人のテスト会場にするな。


「私、やっぱり平凡な冒険者なのに……なんでこんなことに……」


 アイリスが涙目で天を仰ぐ。

 だが、その隣では。


「相手がたかがバッタというのが気に入らんな。深月様の御力を下々の者に理解させるには竜種が百万匹いてもでも足りん」

「ミンナニ、深月ノスゴサ、見セルゾー!」

「悪魔でもなんでも来ればいいよ。深月ちゃんの晴れ舞台、私が盛り上げてあげるからね!」


 モンスター娘たちは、むしろ嬉々として盛り上がっていた。深月の株が上がる機会とあれば、災厄だろうが悪魔だろうが知ったことではないらしい。

 その熱量に、深月は乾いた笑いを浮かべる。


「冒険者として最高位であるXランク。モンスターテイマーでXランクなんてまさに前人未到ですよ! 頑張ってください深月さん!」


 そんなアレンの言葉にふと腕を組んで考え込んだ。


「どうなさいましたか、深月様?」

「いやー……それはさ。レーベやネルや蘭の力が並外れたランクにあるのは間違いねーし、相応の扱いを受けてほしいとも思うけど。それに助けられてるボクがXランクになるのは果たしてどうなんだろうって、みんなの手柄を横取りしてるみたいにちょっと思ってさ」


 テイマーの力はテイムしたモンスターの力が反映される。

 理屈はわかる。けれど、それで胸を張れるほど、深月の心は単純にはできていなかった。

 モンスターを幼体の頃から何年もかけて育てた訳でも、身体をはって実力で高ランクモンスターをテイムした訳でもない。

 たまたま『ミツキフェロモン』でみんながボクに好意を持ってくれただけ。

 何より深月には彼女たちをテイムしている気は一切ない。

 そんな葛藤に悩んでいる深月をレーベは、まぶしいものでも見るように、ふっと目を細めたのだった。



『雪解けの王子様~完璧王子、異世界ではモブでした~』という作品も始めたので、

そちらも読んで頂けて感想頂けたら幸甚です。

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