第5話 レイモンド視点:篝の無自覚チートに胃が痛い
夜明け前の王都は、まだ薄暗い。
冷たい空気が肌を刺し、街灯の魔石が淡く揺れている。
静寂が支配するその瞬間──
**篝の魔力が、空気を裂いた。**
白い閃光が走り、
刺客の身体が石畳に叩きつけられる鈍い音が響く。
そして、篝の呑気な声。
「……あれ? 今の、何?」
(……いや、何じゃねえよ)
俺は額を押さえた。
刺客の気配を察知してから、篝が魔法を放つまでの時間──
**一秒もなかった。**
普通の侍女なら悲鳴を上げる。
騎士でも反応が遅れる。
暗部ですら、今のは避けられなかっただろう。
なのに篝は、
まるで虫でも払ったかのような顔をしている。
(……ほんとに自覚ないのか、この女は)
深いため息が漏れた。
篝は強い。
強すぎる。
剣も魔法も、天才の域。
それなのに本人は「村では普通でしたよ?」と本気で言う。
(辺境の“普通”は普通じゃねえんだよ……)
しかも、今日の篝は妙に元気がない。
理由は分かっている。
控室でシアから聞き出した。
──幼馴染の結婚式。
──子どもの頃の口約束。
──五歳下の女に取られた。
(……あの男、許さねえ)
篝を泣かせた時点で、俺の中では“敵”だ。
だが篝との縁が切れたのは行幸だ。
篝は気づいていないが、
俺はずっと、彼女の縁談を潰してきた。
だって──
(篝は俺のものだからだ)
心の中で呟き、俺は歩き出した。
篝の背中は、今日も無防備で、
そして誰よりも強かった。
レイモンドは侯爵家にシアと篝を送り届けたあと、
すぐに魔法通信で騎士団へ報告を送った。
その報告を受け、
王城騎士団・作戦室は夜明け前にもかかわらず騒然としていた。
「報告します!
第二王子殿下の婚約者であるシア様が帰宅途中、刺客が出現しました!」
「シア様は無事か!?」
「はい! しかし……」
「しかし?」
報告官は震えながら続けた。
「刺客は……侍女の篝殿が……一撃で……」
「一撃?」
「はい。光が走ったと思ったら、刺客が倒れていました。
篝殿は……“あれ? 今の何?” と……」
室内が静まり返る。
その沈黙を破ったのは、騎士団長ガルドだった。
「……またか」
「団長、ご存じなのですか?」
「知っている。
あの侍女は、剣も魔法も規格外だ。
本人だけが気づいていない」
騎士たちは顔を見合わせた。
「団長、スカウトは……?」
「何度もしている。全部断られた」
「なぜです?」
「“私、モブなので” と言われた」
作戦室に、微妙な沈黙が落ちた。
「……団長。
それ、どういう意味なんでしょうか」
「俺が聞きたい」
団長は頭を抱えた。
「だが一つだけ言える。
あの侍女が本気を出したら──」
ガルド団長は深く息を吐いた。
「王都の地形が変わる」
騎士たちは青ざめた。




