第10話 そして、篝の人生は勝手に決まった
辺境から戻った翌日。
伯爵家の居間には、妙な緊張感が漂っていた。
篝は正座していた。
背筋を伸ばし、膝の上で手をぎゅっと握りしめている。
目の前には祖父母。
その横には、なぜかレイモンドも正座していた。
(……なんでこの人まで正座してるの?)
篝は混乱していたが、
祖父の表情は真剣そのものだった。
「篝。お前の結婚相手、決まったぞ」
「えっ」
祖父は厳かに告げた。
「レイモンド殿だ」
「えええええええええええええええええええっ!?」
篝の叫びが伯爵家に響いた。
レイモンドは穏やかに微笑む。
「よろしく頼む、篝」
「よ、よろしくじゃなくて! ちょっと待ってください!?」
祖母が優しく、しかし容赦なく言う。
「篝。あなたは、もう三十なんだから」
「ぐっ……!」
(そこを突かれると弱い……!)
こうして──
篝は押し切られ、
公爵家次男と婚約することになった。
幼馴染の結婚式の招待状を見てため息をついた日から、
わずか数週間後のことである。
その頃、王宮の政務棟では、
アレクシス殿下と第一王子派の穏健派が集まっていた。
「……篝が婚約した?」
アレクシスは書類を置き、目を細めた。
「はい。相手はレイモンド殿下の幼馴染であり、
公爵家次男レイモンド・フォン・グランツです」
「ふむ……」
殿下は口元をわずかに歪めた。
「これは使えるな」
穏健派の重鎮が頷く。
「第一王子派の強硬派は、隣国に戦争を仕掛けたい。
しかし、第二王子殿下が継承権を放棄した今、
強硬派は“戦争の大義名分”を失っています」
「そこで──」
アレクシスは指を鳴らした。
「篝とレイモンドの婚約式を“餌”にする」
「餌……ですか?」
「強硬派は必ず動く。
篝を排除しようとするか、
レイモンドを利用しようとするか……
どちらにせよ、尻尾を出す」
殿下は楽しそうに笑った。
「婚約式に罠を張る。
強硬派を一網打尽にする絶好の機会だ」
レイモンドは王宮に呼び出された。
「殿下! 俺の婚約式なんですが!!」
レイモンドが叫んだ。
「知っている」
「知っているじゃなくて!!
篝に危険が──」
「大丈夫だ。篝は強い」
「そういう問題じゃ──!」
「むしろ強硬派の方が危険だろう」
「それは……そうですが……!」
レイモンドは頭を抱えた。
(なんで俺の婚約式が政治の罠になるんだ……!)
だが、殿下は容赦なく続ける。
「安心しろ。
篝の両親も呼んでおく」
「……それは安心なのか、逆に危険なのか……」
「強硬派が何か仕掛けた瞬間、
辺境の村が王都に降臨するぞ」
「それは絶対に避けたい!!」
レイモンドの悲鳴が政務棟に響いた。
こうして──
篝とレイモンドの婚約式は、
- 第一王子派の強硬派
- 第一王子派の穏健派
- 第二王子アレクシス
- 公爵家
- 侯爵家
- そして篝の両親(戦力:王都壊滅級)
が入り乱れる、
**政治戦の舞台**として準備されることになった。
篝本人はまだ知らない。
(……なんで私の婚約式にこんな偉い人が来るの…?)
その疑問が解けるのは、
もう少し先の話である。




