第9話 王都の政治が揺れる
辺境から戻った翌日。
王都の空はどこかざわついていた。
人々の声も、騎士たちの足音も、いつもより落ち着きがない。
そんな中、王宮に戻った篝たちの耳に、
驚きの報せが飛び込んできた。
**第二王子アレクシス、侯爵家に婿入り。
王位継承権を正式に放棄。**
王都中が騒然となった。
政務棟の廊下は、いつもより人の動きが速い。
書簡を抱えた官僚たちが走り、
騎士たちが慌ただしく配置につく。
(……継承権放棄って、そんな簡単にできるものなの?)
篝は戸惑いながらも、
アレクシス殿下の執務室へ向かった。
扉を開けると、
殿下はいつものように落ち着いた笑みを浮かべていた。
「来たか、篝。シアも」
シア様は殿下の隣に立ち、
どこか誇らしげに微笑んでいる。
「殿下、本当に……継承権を?」
レイモンドが確認すると、
アレクシスは肩をすくめた。
「脅威が消えたからな」
「脅威……?」
「隣国の王位継承者が、俺の親友に決まった。
あいつが王になるなら、戦争の心配はない」
殿下は淡々と続ける。
「それに、スタンピードも片付いた。
王位を継ぐ理由がなくなった」
「……殿下は、王位に興味がなかったのですか?」
篝が恐る恐る尋ねると、
アレクシスはあっさりと言った。
「王位なんて、面倒だ。
俺はシアと静かに暮らしたい。
それに──」
殿下は口元をわずかに歪めた。
「表に立つより、陰で好き勝手動かす方が性に合っている」
(……この人、本当に腹黒だな)
レイモンドは呆れたようにため息をついたが、
その表情にはどこか安堵も混じっていた。
アレクシスが継承権を放棄したことで、
王位継承順位は大きく変わる。
第一王子派は勢力を強め、
第二王子派は“侯爵家”へと軸足を移す。
その変化は──
王都の政治にとって、決して小さくない。
政務棟の奥では、
第一王子派の重鎮たちが密談を始めていた。
「第二王子が継承権を放棄……?
これは好機だ」
「だが、問題は侯爵家だ。
あそこには“篝”がいる」
「侍女ひとりに何を怯えている」
「怯えているのではない。
**あれは脅威だ。**
本人が自覚していないのが、なお悪い」
「……次の手を打つべきだな」
静かに、しかし確実に、
王都の闇が動き始めていた。
政務棟を出たあと、
レイモンドは深く息を吐いた。
(殿下が継承権を放棄した……
これで、篝が政治の渦に巻き込まれる可能性は減った)
だが同時に──
第一王子派の強硬派がこちらに何か仕掛けてくる可能性が強くなる。
レイモンドは拳を握りしめた。
(篝が巻き込まれないように俺が守る)
その決意は、
王都の風よりも冷たく、鋭かった。




