敵側の初登場補正は時たま異常に強いって話。
「……着身を確認、戦力評価を開始する」
「っ……!」
「落ち着いてシルウィアさん!テトラの時にみたいにチャンスを作れば元に戻せる筈!」
「……すみません、取り乱しました。時空加速、十倍速!」
「気持ちはわかるけどまずは土俵に立たないと何もできないよっ! 時空加速、十倍速ッ!」
……テトラが言っていたように戦うしかなくても元に戻す事はできる筈。だからまずは彼女を一度倒さねばならない、最初から時空加速を使い速攻で勝負を決めにかかる。
「対応される前にっ!」
時空加速は先に発動した側に絶対的な優位がある、それは私が最初に弍乃さんと戦った時のように詠唱させる隙を与えず攻めかかれるからだ。だからこのまま……!
「……想定内」
「なっ!?」
……しかしデバイスに狙いを定めて放った槍の一撃は合わせて振るわれた剣に弾かれた。それは彼女ももう時空加速を発動しているという事に他ならない、一体いつ詠唱を……いや。
「自動詠唱……!」
「無詠唱はデメリットがあるのがテンプレでしょっ!?」
「迎撃、開始」
「んなっ、弾幕!?」
続け様に仕掛けようとした八雲さんに向けて放たれる光弾の嵐。推定弾丸、光線、連射、追尾、速射、砲台の六重詠唱、普通に使おうとすれば詠唱時間がネックになる多重詠唱をノータイム、ノーリスクで放てる……敵にすると此処まで厄介な機能はない、母さんと父さんが全身全霊を賭して仕上げた決戦兵器をこんな事に使われるなんて……!
「シルウィアさん、ケレスっ!」
「詠唱もしてないのに時空加速が始まってる!?」
「相殺します!三重詠唱、光線、砲台、追尾!」
「ありがとうウェヌスっ、にしたって無茶苦茶だ……!」
遅れて時空加速を発動した三葉さん達も合流、八雲さんを執拗に追っていた弾幕をひとまず相殺できたのはいいが……
「……次」
「っ、三葉さんっ!」
「なっ……そこにはディアナが居た筈、ぐうぅ!?」
『転移と交換の二重詠唱だ!弍乃の……いや、ユスティアの射程は理論上無限と思え!』
「滅茶苦茶にも程がっ、次はこっち!?」
次に繰り出してきたのは位置交換による奇襲。紗七さんと入れ替わって三葉さんに剣を振り下ろし、防がれたと判断した次の瞬間五葵さんと入れ替わって八雲さんに次撃。
「……次」
「やらせませんっ!」
「落ち着いてください五葵さんっ!下手に攻撃すれば入れ替わりで逆に……っ!」
……厄介な事に此方は「瞬時に位置を入れ替えられる」事を見せられている。下手に光線なんて使おうものなら即座に入れ替わられてフレンドリーファイア、対してあちらはノーリスクで奇襲可能。この瞬間彼女に対しての遠距離攻撃は封じられたも同然になった。ただ……
「入れ替わらず直接転移……ですがっ!」
「……通用しない、か。想定より対処される」
「本来の貴方に比べれば……ワンパターンなんですよっ!」
「っ……本来?」
奇襲で振り下ろされた剣の一撃を槍で弾きあげカウンター、これが弍乃さんならカウンターを想定して入れ替えを行っていた筈……やはり今の彼女は膨大な戦闘経験がリセットされている、クロノデバイスのスペックと生来のセンス頼りでしか戦っていない。なら、勝機はある。
「そうか、君達は本来の私を知っているのか?なら……いや、それは違うな」
「ええ、だから戻って……」
「それはできない、少なくとも世界を守るためというタルタロスの大義名分は正しい事だと、合理的だと私は判断している……だから、本来の私より、そちらを優先する」
「だからといって他の世界を犠牲にする事が正しいとっ!」
「結果論だ。肉食動物が草食動物を捕食するように、あるいは草食動物が穀物を摂取するようにヒエラルキーは何処にでも存在する」
「そんな理屈っ!」
口論を交わしながら大剣と槍で打ち合う、三葉さん達は入れ替わりを見せられているせいか見に留まってしまっている。判断的には正しい、テルスが対処法を見出すまで下手な攻撃は利敵になるだけだ……だからそれまで私が時間を稼ぐ!
「それにこれは仕方のない事だ。何もしなければまたケイオスは滅亡の危機を迎える、それに対抗する手段が侵攻しかないというのならやむを得ない事」
「それ以外の方法を探していたのがお父さん達ですっ!でもタルタロスは無かったことにしようとしたっ!」
「……今初めて聞いたな。事実なのか、代案足り得なかったのか」
「さあねっ、ただ少なくともタルタロスは信用に値しない事は確かです!関係のないこの世界まで巻き込んで、貴方まで記憶改竄した上で手駒にしてっ!」
「……それは、違う」
「え?」
時間稼ぎの口論が続く中初めて彼女の声に表情が付いた。動揺で少し手が緩むがなんとか立て直す。
「……私はケイオスの裏路地で目覚めた。身に付けた衣服以外に持っていたものはない、自分を証明する物もない、私は私が分からなかった」
「それ、は」
「だから探した。私の証明を、自分の名を。けれど、無駄足だった」
「……っ」
これが記憶改竄された結果なのか本当なのかは私には分からない。だけど、彼女の気持ちは私には理解できる。
「そんな私を拾ったのがバッカスだ。彼女にはその恩がある、今やっている事はその借りを返しているだけに過ぎないのかもしれない」
「だったら……!」
「分かっている」
「っ!」
「適合率100%、クロノデバイスの適性、記憶喪失、偶然にしてはでき過ぎている。それでも……今の私の証明は、これしかない」
「私は……私は本当の貴方を知っています!だからっ……!」
『連鎖攻撃だ!交代で打ちかかれば入れ替わりの被害は最小限に留まる!』
「分かったテルスさんっ!シルウィアさんも、合わせてっ!」
「はいっ!」
無事テルスは攻略方法を考えだしたらしい、だったら後は合わせるだけ。打ち合いに専念して呪文に思考を割けない今がチャンス……!
「……そして」
「行きますよ三葉さんっ!」
「はいっ!」
そう、思っていたのだけれど。
「時間稼ぎは終わった。この戦いも、終わる」
「今……」
時間凍結、Ⅻ
解放
三葉さんとスイッチしようとした次の瞬間。
「カ……ハッ……」
「っ……ぁ……」
「あぐ……ぇ……?」
「何……が……」
「離れてた……のに……」
私たちは、全員地に伏せていた。
「……付き合ってくれて助かった」
時間凍結、デバイスに圧縮した魔力を解放し一時的に時間の流れそのものから外れる必殺。圧縮中は一切の呪文が追加行使できないという欠点こそあれど、発動すればほぼ勝ちの奥義。しかし停止できる時間はⅫで60秒、バレないように時間稼ぎをどうするかが課題ではあったが……こうして愚直に付き合ってくれるのであれば楽に終わる。
「厄介ではあれど障害ではない、戦力評価、終了」
「時間……凍結……」
「気づいていたか、いや、このデバイスを知っているのなら当然か」
まあ60秒もあれば5人程度戦闘不能にするのは造作もない事だ。一度種が割れた以上次はこうも行かないだろうが……だったらその前に戦力を減らしてしまえばいいだけの事。
「……まずは、1人」
「っ……」
「シルウィア……さん……!」
最優先で排除すべきはカオスデバイス。目の前の魔導士……ユピテルを抹殺すべく、剣を振り上げ。
「恨むなとは言わない、これも仕事だ」
「動け……動いて、身体っ……!」
振り下ろ……
「……?」
「え……」
……そうとしたところで、手が止まった。無理矢理動かそうとしても微動だにしない、何故だ?
「……私の、記憶?だが、それでは説明が……」
分からない、無理矢理身体を動かそうとすればするほど逆に強張っていく。殺してはならないとでも言うように警鐘が鳴っている。
「……理解、不能」
「何が、どうなって?」
目の前の彼女と記憶を失う前の私は知り合いだったのかもしれない、だがその程度の関係で無意識に身体が拒否することなんてあるのだろうか?それこそ家族くらい親密な関係でなければ……まさか姉妹とでも?あり得ない、だとしたらもっと……
「二重詠唱、錬成、弾丸!」
「二重詠唱、閃熱、追尾!」
「っ……」
……思考の海に没頭していて油断した。ウルカヌスがまだ残っている……いや待て、あれは……アポロ?
「エンネア……!」
「テトラ、なんで貴方まで……」
「細けぇこたぁいい!さっさと退くぞ!エンネア!」
「分かっている!全員掴まれ!」
「逃すと……」
あっという間に5人を回収していく2人を止めようとするが身体は強張ったまま。何を躊躇している私の身体、あれは敵だ、少なくとも今は……!
「二重詠唱!」
「転移、追跡!」
……やっぱり身体は動かず、目の前で撤退する彼女らをむざむざと見逃す結果となった。バッカスを笑えない大失態だ、何をやっている、本当に……!
「……記憶」
確かに私は私を知りたい、自分の記憶を取り戻したい。けれどそれはそれこれはこれ、今為すべきはケイオスの滅亡を回避すること。己の欲と世界の命運、どちらを優先すべきかは明白、だというのに。
「……そこまでして、私は私を取り戻したいのか……?」
……思考が纏まらない、ケイオスに戻るのはやめよう。何処かで……思考を整理しなければ。




